箱入り娘の決意

 今日もただ見合い相手の写し絵を見る日々。

 貧弱そうな男、脂ぎった男、老人のような男。

 写し絵だからこれでもかなり美化しているんだろう…実物はもっと…。

 みんな男爵家や子爵家の次男や三男、中には妾としてと言ってくる輩までいる。

 本来、伯爵家に対していいよる身分の者たちではない。


 かつても、同じように見合いの話はいろいろとあったが、ここまで酷くはなかった。

 侯爵家の嫡男や、伯爵の跡取りなど、そうそうたる面々だった。もちろん全部断っていたが。

 その頃は父がいて、我が家がもっとも権力を持っていた。


 ため息がでる。


「どうですか?会うだけでも会ってみませんか?」


 目の前の母が私に問いかける。


「……。」


「はぁ…。あなたも今後のことを考えればならないのですよ?」


「……。」


「聞いているのですか?」


「……失礼します。」


「ちょっと、待ちなさい!クレアさん!」


 後ろから母の声が聞こえる、私は黙って自分の部屋に向かう。


「わかっているのですか!?フィードベルト家の血筋を守っていくためには!」


 後ろから聞こえる母の声も扉を閉めると聞こえなくなった。

 フィードベルト家の血筋、もう今では何の権威もない血筋だ。

 父がいた頃は栄誉ある血筋だったかもしれない。

 かつての四英雄の血筋で、父は国軍の第四師団長を任されていた。

 私もそんな父に憧れ、いつか跡を継ぎたいと考えていた。

 女性でも第二師団長のように実力さえあれば、跡を継ぐことはできる。

 けれど、父も母もそれを許してはくれず、私は護身術の延長としてサーベルによる剣術を習っただけだった。

 魔法も使えない。ただ一般の女性より少し剣術が使えるだけ、これじゃあ父の跡なんて継げるわけない。

 父も母も、私が闘いに出ることを望まず、結婚し、幸せに過ごすことを望んだんだろう。


 だが、その結果が今の有様だ。


 父が死に、跡取りとなる男児がいないことで、第四師団長は新興の貴族にとってかわられた。

 悔しかった。

 私が憧れ、父が務めていた名誉ある地位についたのは私と同じぐらいの年齢の男。

 平民から急に成り上がった奴だった。


 どんな奴かは知らなかったが、気に入らなかった。

 ただ、奴はすぐに父が亡くなった砦までを魔族から取り返し、一度目の遠征を成功させた。


 何もできなかった私はその報告を聞いて、奥歯を嚙み締めたことを覚えている。


 そんな時、母上から名誉ある第四師団長にとってかわるという話がきた。

 次に第四師団が遠征する際、第四師団を救助し、敵を打ち倒すことでとってかわろうという計画だった。

 そもそも第四師団が遠征に失敗しなければ成立しないが、間違いなく失敗すると、カム・テイルという男が言っていた。男は父の副官だった。

 私も顔ぐらいは知っていたが、あまり話したことはなかった。


 母はとても乗り気だったが、私にはわかっていた。

 カム・テイルとその背後にいる奴は私というフィードベルト家の旗がほしいのだ。

 でなければ、軍に関しては素人の私を頭に据える必要なんてない。

 けれど、そうとはわかっていても、私が軍を率いて敵を打ち破り、実力をつければ、父のような道が開けるかもしれないと思うと、心が躍った。


 そうだ、最初は奴らの操り人形かもしれない。

 けれど、カム・テイルとて私から見れば軍の見習うべき相手、教わることは数多くある。

 いろんなことを学び、努力すればきっと私にだって第四師団長は務まるはずだ。

 結果さえだせば周りも認めてくれる。


 そう思って、努力した。

 半端に習っているだけだったサーベルも、本格的に、実践的に学び、軍の運用に関しても書物を読んだり、副官に聞いたりしながらいろいろな知識を得た。


 だけど、失敗した。


 私達は初陣で破れ敗走。


 森の中を走った記憶、後ろから追いかけてくる絶望は今でも夢に見るほどだ。

 もうだめかと思った。

 死ぬのかと。


 けれど私は生きながらえた。

 昔の父の部下だった者に助けられ、私はそこで始めて奴と対峙した。


 父のような屈強な男でもなく、どちらかというとひょろっとした印象で、年も私と変わらないように見えた。身長は成人男性の平均より少し低いぐらい、年齢を考えれば妥当かもしれない。

 生前の父のような威厳はみじんも感じなかった。

 こんなやつが第四師団長?

 私は憤った。父の意志を継いでいるのは私だと言い切った。


 けれど、トリッシュ殿下にあっさりと言い負かされ、初陣とはいえ、自分が周りの状況を見ずに突っ走った結果、多くの兵士を死なせてしまったことを実感した。


 帝都へ送られる馬車の中でも私は自分のやった行いを見直した。

 冷静に見ればほとんどカム・テイルの助言に従っていただけ、私自身が状況を見て判断したものなどほとんどなかった。


 お飾りにされているのはわかっていたが、それでは私自身の成長はない。

 最初のいろんなことを貪欲に学ぼうと思っていた考えは、周りにちやほやされる中でいつの間にか薄れてしまっていたようだ。

 ただ、人の考えを自分の考えのように、まるで自分が決断して指示していたように錯覚していただけだ。

 戦場でも撤退以外、私が自分から指示を出したものなんてない。

 それどころか、撤退でも真っ先に逃げ出した。


 …父はあの砦で最後まで先頭に立って戦っていたというのに。


 それで意志を継ぐのは私だなんて…笑い話だ。


 屋敷に謹慎させられ、私はもう軍部とかかわることもできない。

 あとは母のいうように、言い寄ってくる男のところにいって静かに暮らすだけ。

 それもフィードベルト家の名を遺すこともなくだ。


 今頃になって、一度今の第四師団長とゆっくり話したいと思ってしまう。

 なぜあの時、感情的にののしることしかできなかったのか、私は命を救ってもらった礼すら言っていない。


 私のこれからは誰が見ても明らかだ。

 だから母も早く婚姻をと話をもってくる。

 それ以上にフィードベルト家の財政も問題なのだろう。

 …屋敷を手放し、つつましい生活をすれば十分やっていけると思うのだけれど、母にはそれが我慢できないらしい。

 私の人生も、先が見えたなと椅子に座ってぼおっと、サーベルを見る。


 今回の遠征にはもっていかなかったサーベル。


 遠征に先駆け、母が新たに作った装飾のある長剣は逃げるときに無くしてしまった。

 このサーベルは父が初めて私に贈ってくれたものだ。

 もらった時はなぜこんな剣なのか、父のような普通の剣じゃないのかと駄々をこねたが、父はうちの始祖様はサーベルをつかっていたのだと教えてくれた。


 始祖のように強く英傑であれと、暗にいってくれていたのかもしれない。


 そういった意味では、私が実力さえしめせば、父は私に第四師団長の座を譲ってくれていたかもしれない。

 …何もかももう手遅れだけれど。


 そんな私の思考を打ち消すように、急にサーベルが倒れこんできた。

 ガシャンと音を立てて床に転がる。


 その直後、私は確かに、父の声を聴いた。


「終わりは人が決めるものではない。自分が諦めたとき、はじめて人は終わるのだ。」


 はっとなって周りを見渡した。

 もちろん、父の姿はない。

 けれど私は確かに聞いた。

 生前父が私に言っていた言葉、当時の私は何を言っているんだと思っていただけだったが、今の状況になって、終わりかけている自分に気づく。


 やり直せるだろうか?


 今度は他人の力を頼らずに。


 転がったサーベルは何も答えてくれない。

 偶然と幻聴が重なっただけかもしれない。けれど、今この瞬間起きたことを私は信じよう。


 しばらくサーベルを見つめながら、考えをまとめる。

 甘い考えかもしれないが、やるなら今しかない。


 私はサーベルを腰に掲げ、母のもとに歩き出した。

 新たな一歩を踏み出すために、まずは母に示さねばならない。

 私の覚悟を。




 数日後


 第四師団ホーム横の調練場。

 シドの罵声が響き渡る。


「何をしている!もうへばったのか!そんなことではいつまでたっても正規兵とは言えんぞ!」


 叱咤され、走り続ける兵士。

 彼らは最後の特別徴兵によって第四師団に組み込まれた警邏隊見習いの者たちだ。

 以降は国軍を通した徴兵になるため、第四師団専属は彼らが最後になる。

 ざっと100名程度が応募し、厳しい調練と素行で20名がすでに脱落している。

 このままあと半月で一定の基準になったものから実際の警邏隊に配属されていく。


 警邏隊になれば毎月、希望者は1から3番隊の訓練に参加することが許され、そこで実力を示せば異動も可能となる。狭き門だが、参加希望者は多い。


 前は獣人や経験者ばかりだったが、最近では成人したばかりの者や傭兵になりたての者、冒険者だったものも多く、最後の徴兵に至っては男女比が同じという驚くべき結果だった。

 己が身体で生計を立て、不安定な生活をしているものからすれば、第四師団はとても魅力的な職場らしい。


「遅れるなっ!そんなものでは本隊に合流できんぞ!」


 訓練をシドとともに指導している教官役の兵士がだんだんと速度を落としてきている訓練生を叱咤する。

 訓練生は歯を食いしばり、速度を上げた。

 汗だくで泥まみれ、しかしその表情にあきらめの色はない。


 一瞬、シドはその姿を見て、どこかで見た顔だと眉を顰める。

 しかし、すぐに思い直し、訓練生なら自分は何度も顔を合わせているのだから不思議なことではないと苦笑した。

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