第93話 ヘイミング来襲
珀に案内されてきたのはヘイミング親子だった。
父親のイスプール・ヘイミングと、その娘、イリア・ヘイミング。
特に約束していた記憶はないし、何の用か・・・あまりいい予感はしない。
「すまないね、シンサ卿、突然に。」
「こんばんわ、アレイフ様。」
気安く手を挙げて挨拶するヘイミング卿に、なぜか臣下の礼をとったイリア嬢。
「大丈夫ですよ。ヘイミング卿。お久しぶりです、イリア様。それで、お二人揃ってどうしたのですか?とりあえず、お座りください。」
客間のソファーを進め、自分も対面に座った。
「レイ様、こちらを。」
すると、珀が隣に寄ってきて、紙を手渡される。
中身を読むと、金貨や布、家具、食器・・・銅像?なんだこれ?
「屋敷が完成したときいてね、微々たるものだけど、そのお祝いの品をね。それと娘が、シンサ卿の怪我を聞きつけて、お見舞いしておきたいといったので連れてきたんだよ。」
どうやら珀の渡してきた紙は目録だったらしい、にしても・・・これはすごい量じゃないだろうか?
こういうものか?という意味を込めて珀の方を見たけど、首を左右に振られた。
「すいません、高価なものをこんなに・・・。このあたりの礼儀に疎くて・・・。」
「いや、返礼はいらないよ。気にしないでくれ。私と君の仲じゃないか。」
なぜかヘイミング卿の笑顔はこちらの不安をあおる。
もちろん、懇意にしている相手だし、信頼もしている。けれどこういう笑顔のヘイミング卿は何か企んでいる気がする。
「それよりも、腕は大丈夫ですか?左肩や足も怪我をしているようですが。」
「はい、大丈夫ですよ。右腕はこの通りですが、あとは大したことありません。それより仕事が多くて忙殺されてます。」
そういって笑いながらイリア嬢に答えたが、内心は冷や汗を流していた。
右腕は見ればわかる。けれど左肩は第四師団の一部の人間しか知らないはずだ・・・そして何より足を怪我したのは今日の朝、ミアに抱きつかれて挫いたばかり。
なぜその情報を知っている!?
「それはよかったです。」
ニコニコ笑うヘイミング親子、さて、どうやって帰ってもらおうかと早くも考えていたところで、珀が恐ろしいことを言い出した。
「あの、よろしければお食事など如何でしょうか?お口に合うかわかりませんが、ゆっくり団欒されては?」
「よろしいのですか?」
何言ってんの!?と叫びそうになったが押しとどまった。
イリア嬢が嬉しそうに返答したからだ。
「はい、もちろんです。レイ様、よろしいですよね?」
「・・・も、もちろん。ゆっくりしていって下さい。」
「それでは準備してまいりますね。翠ちゃんも借ります、ここは別の者にこさせますので。」
そういうと、珀がまた俺に紙を渡して部屋を出ていった。
紙には、返礼の品を用意するので少しでも時間を稼いでください。とあった。
なるほど・・・確かに要らないといわれても、何も用意しないわけにはいかない・・・。
となる時間を稼ぐために夕食はもってこいだ。
・・・この時間に約束なしの来訪、祝いの品、本当に偶然だろうか・・・。
食事まで、当たり障りのない談笑をしていると、ヘイミング卿が笑いながら軍についての編成に触れてきた。
「そういえば、もうすぐ弓兵の三番隊を設立するんだったね。ぜひ式典には呼んでくれよ?」
「もちろん招待状は送りますが・・・大丈夫なのですか?普通あまり他師団の式典には顔を出したりはしないものでしょう?」
そういうものだとウキエさんに聞いた。
うちの式典で呼ぶのは南部の派閥貴族と、王城の誰か、たいてい姫か王子の誰かだ。
他の師団長クラスには招待状だけを出して、言葉をもらうか、代理で誰かに来てもらうのが普通らしい。
「娘の晴れ舞台は見ないとね。」
「お父様、気が早いですよ。」
嬉しそうに頬に手をやるイリア嬢、いや・・・確かに配属ではイリア嬢はうちの第三師団に配属予定だ。
三番隊かどうかまでは決めてないけど、たぶんそうなるだろう。
なんといっても彼女は弓の名手なのだから。
ただこの口調・・・彼女がまるで三番隊の隊長になること決まっているかのような口ぶりだけど・・・さすがに釘を刺しておこう。
「次年度からはイリア様にも力をお貸し頂くことになります。しかし、うちの隊長選抜は実力主義ですよ?」
「もちろんです。アレイフ様。でもお任せください。戦場の経験は未熟ですが、実力だけなら誰にも負けません。」
「・・・それは期待しておきます。そういえば、第三師団からかなり多くの弓兵がこちらに異動願いを出していますが・・・。」
イリア嬢は自信があるらしい、別にコネで隊長になろうと考えているわけじゃなさそうだ。
ということは実力で隊長を目指す?さすがに兵士として経験を積んだ者たちに、つい先日まで学生だった者が勝てるはずないと思うけど・・・。
この話題のついでに、第三師団からの大量異動についても聞いておこうと思い、ヘイミング卿に問うと、はじめて困った顔を向けられた。
「ああ・・・あれはね・・・先に言っておくけど、私の差し金ではないよ?本当に私は何もしていないんだ・・・ただ、イリアがね・・・。」
どういうことだろう?
ヘイミング卿の様子は本当に困っている風だった。
「あら、私は第四師団に希望を出したと、皆にいっただけですよ?」
「それだよ・・・。困った娘だ・・・。」
どういうことだろう?
首をかしげる俺に気づいて、ヘイミング卿が説明してくれた。
「いやね・・・実はイリアは昔から軍務に付いて回っていてね。客観的に見てもそこらの学生より戦場の経験もあるし、優秀なんだよ。何より一緒に行動していたうちの第三師団の中にはイリアが配属されると信じて、副隊長や隊長の席を空けていた部隊まであるぐらいで・・・。」
「それは・・・。」
意外だった。まさかお嬢様だと思っていたイリア嬢が実践経験済みだったとは・・・。
というかいきなり隊長や副隊長の席って、イリア嬢の人気すごいな・・・。
「そこにイリアが第四師団に入るって言いだしたからね・・・イリアを待ってた部隊が第四師団に異動願いをね・・・あれでもかなり止めたんだよ?さすがに部隊長だけじゃなく副官まで引き抜かれたらたまらないからね。」
「申し訳ありません、アレイフ様、もう少しで中枢メンバーも引き抜けるところだったのですが・・・。」
申し訳なさそうなイリア嬢に戦慄する。
これは意図して自分に好意的な父親の師団から第四師団に引き抜いたということを認めるようなものだ。
第四師団と第三師団では軍の構成が違うけど、うちでいうと、ウキエさんやカシムさん、ガレスさんを引き抜かれるようなもの・・・。
そんな副官まで異動させる気だったなんて・・・イリア嬢、おそるべし。
心強いと思える半面・・・気を付けないと恐ろしいことになる気がする。
「大丈夫、イリアは君の味方らしいよ。父親の私よりね。」
俺の表情を読んだのか、ヘイミング卿が苦笑いを浮かべていた。
「もちろんです、アレイフ様の味方ですよ?早く正式な辞令が下りないかと待ち遠しいです。」
にっこり笑うイリア嬢、優秀な人材なのは間違いないはずだけど・・・扱いは一度ウキエさんやランドルフに相談する必要がありそうだ。
私は、お客様の相手をレイ様に任せて応接室を出た。
さっきレイ様の陰から私の方に移動してきた翠ちゃんにはウキエ様を探しにいってもらった。
この時間から返礼の品を用意って!そもそも貴族同士とはいえ、あれだけの品物をもらった場合の対応がわからない。
普段のお茶会での贈り物と返礼とはわけが違う。
翠ちゃんがウキエ様を連れてくるはずなので、私は経理を牛耳っているヒム様の部屋を訪れた。
ウキエ様とヒム様、私と翠ちゃんで手分けして返礼の品を用意する。
今から手に入るものには限りがあるので、メインはムヒリアヌス様の商品だ。これなら珍しく、高価なので返礼にはピッタリとのことだった。
ただ、予定外の出費なので、あとで関係各所にフォローも必要になる。
本当に、急にいろんな仕事を持ってきてくれる人達だ!
レイ様達の食事も終わる頃には何とか準備もでき、目録も作ってレイ様に終わったことを告げると、それを見計らったように、ヘイミング伯爵様がそろそろお暇しようかな。とおっしゃられた。
目録を渡し、返礼を終えると、ほっとして主人であるレイ様と一緒に2人の来訪者を見送る。
レイ様とヘイミング伯爵様が何か話している間に、イリア様が私と翠ちゃんのほうに寄ってきて、話しかけてきた。
「突然ごめんなさいね。悪気はなかったのだけれど、手間をとらせてしまいましたね。えっと、珀さんと翠さんでしたか?」
貴族のご令嬢様が、私たち使用人の名前をきちんと憶えていたことに驚いた。
「はい、私がメイド長の珀、こちらが、アレイフ様付きのメイドで翠と申します。」
私と翠ちゃんが頭を下げる。
「双子なのですか?すいません、見分けが・・・頑張ってつけるようにしますから、もし間違っても気を悪くしないで教えてくださいね。」
イリア様は申し訳なさそうに私たちに笑いかけてきた。
お嬢様という感じがするけど、いい人みたいだ。
「大丈夫です。毎日会う人でも後姿などでは間違えられますから。お気になさらず。」
「けれど、この家の者になるなら、きちんと見分けがつかないと周りに恥をさらすことになるでしょう?」
私の気づかいは、驚きの一言でかき消された。
この家の者になる?
「あの・・・このお屋敷はアレイフ様のお屋敷でして、住んでいるのは住み込みの私たち使用人と、一部の近衛兵だけですが・・・イリア様は近衛兵になられるのですか?」
私の質問に、イリア様はふふっと笑って、左手を見せてきた。
細く、きれいな指、その薬指には指輪がはまっている。
価値はわからないけれど、きっと高いものなのだろう。
けれど、どうしてこのタイミングで指輪を?
私と翠ちゃんの困惑を感じ取ったのか、イリア様は笑顔を深めた。
「この指輪は遠征前にアレイフ様に頂いたものなのですよ?」
この国で指輪を贈ることには意味がある。
基本的には男性が女性に贈るもので、男性が女性の指に付けることで、自分の物だと主張するのにつかわれる。
例えば、右手は家族や親族が贈り、それをつけることで意味が生まれる。逆に左手は恋人や夫が贈ることで意味を持つ。
左手の薬指にはめられた指輪は恋人を表し、さらに人差し指に指輪を付けることで正室、中指が側室、小指が妾の意味合いを持つ。
側室や妾を持つのは貴族や大商だけなので、平民は恋人の薬指に指輪を贈り、結婚するときに人差し指に指輪を贈るのが習わしだ。
現在、イリア様の左手薬指にはきれいな指輪がはまっている・・・これが意味するのは・・・。
私も驚いていたが、翠ちゃんはそれ以上だったらしい、いつも姿勢を崩さす、マイペースなのに、目をまん丸に開いて、イリア様の指を見入っていた。
手に持っていた目録の写しも落としてしまっているけど、拾う気配もないらしい。
私だけじゃなく、翠ちゃんにも気づかれず・・・いったいいつの間に・・・。
驚く私たちをよそに、イリア様は幸せそうにほほ笑んで、去っていった。
翠ちゃんはまだ立ち尽くしている。
レイ様が声をかけても反応しない。
私は周りに気にしないよう告げて、翠ちゃんを部屋に運んで行った。
・・・しばらく、お休みを上げた方がいいだろうか?
翠ちゃんの歪んだ愛情を知っている私は、複雑な気分で部屋に戻る。
これで翠ちゃんが目覚めてくれたらいいけれど・・・いや、ないとは思うけど、変なことにならないよう気を付けないといけない。
不安を覚えつつも、私はかわいい妹を気遣った。
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