第90話 運命の出会い
寮の部屋の一室で、私はため息をついた。
「どうしたの?ため息なんてついちゃって。」
「え?ごめん。何の話だっけ?」
同室のシュルの声に私は急いで聞き返した。
ちょうどお昼前、これからどこかでご飯でも食べようかと同室のシュルと、いつも一緒のトルンと3人で相談している最中だった。
「ったく・・・あんたは最近様子が・・・あ、そうか。」
シュルが何かに気づいたという顔をする。
「そうそう。野暮なこといわないの。」
トルンも当然とばかりにニヤニヤしている。
これはダメだ・・・からかわれるパターンだ。
「な・・・なに?」
けれど私は聞き返す。
この時間を早く終わらせないといけない。
何日か前からずっとからかわれっぱなしなんだから・・・。
「愛しの師団長様が大怪我をして帰ってきた~。」
「会いに行きたい・・・けれど行っていいのかわからない・・・。ああ、師団の本部はあんなに近いのに、前まで行っては引き返す私・・・。」
手振り身振りに加えて芝居がかった口調の2人・・・私は恥ずかしさで顔が赤くなってきた。
「そ、そんなことしてないし!あれはお使いの帰り道だっただけで・・・そ、それに怪我だって大したことなかったって話だよ?」
「帰ってきたら会いに来てって言ってたのにねぇ・・・。」
「し、仕方ないよ・・・仕事が優先だし。」
「でも・・・まさか、忘れてるなんてこと・・・。」
「ア、アレイフは約束事を忘れたりなんて・・・。」
「これはこれは、お熱いことで~。」
「グレイン・・・そして多くの男子諸君、君たちは戦わずして敗戦した!」
ちゃかすシュルと、誰かに演説するようにのたまうトルン。
ここ数日ずっとこんな調子でからかわれ続けてる・・・。
「でもさー実際どうなんだろうね?ほら、なんだっけ・・・せっかく第四師団が停戦してたのに、この前出陣した軍がちょっかいかけて、せっかく奪還したリントヘイムもエスリーの砦も取られちゃったんでしょ?」
「なんとかって貴族が暗躍してたんだって・・・怖いよねぇ・・・貴族社会。同じ国でも足の引っ張り合いとか。」
「え・・・何その話。」
二人が話す内容は私がはじめて聞いたものだった。
そういえば最近、あまり情報を仕入れていない気がする。普段なら新聞を読むけど数日は読んでいない。
「あんた・・・何言ってんのよ。ほら、これ!」
シュルが何日か分の新聞を渡してくれる。
そこには、第四師団からの伝令を偽り、軍を派遣した上、停戦中の相手に戦争をしかけて敗走したという内容が書かれていた。
敗走した兵はほとんど戦死状態で、テレス砦まで後退しているらしい。
・・・え、これってけっこう大ピンチじゃないの?
昨日の新聞では、第四師団長が怪我が治らないまま、護衛及び、つなぎ役として王女や大使と共にテレス砦に向かったとある。
「なんであんたは怪我のことは知ってるのにこういうことを知らないのよ。」
「シュル、言わないでやって・・・愛しのアレイフ様の安否が気がかりで、それどころじゃなかったのよ。」
「・・・もういいから昼ご飯の話にしましょう!どこ行くの?シュル、なんかいってなかった?」
「えーもう少しこの話題で盛り上がろうよ?」
「いや、イレーゼの言うことも一理あるから・・・また昼からにしましょう。」
「乗った!」
「乗るな!」
私が声を上げるのと、ドアがノックされるのはちょうど同時だった。
コンコン。
再び叩かれるドア。
私達が顔を見合わせて、シュルがドアの方へ歩いていく。
「誰だろう?」
「グレインあたりからのデートのお誘いじゃない?」
「はーい、ちょっとまってねー。」
シュルはドアを開けると、何か話している。
少し離れているので誰が来たのかはわからない。
「誰だろう?」
「話し込んでるみたいだし、ルメットじゃない?」
この部屋は私とシュルの共同部屋なので、たまにシュルの恋人、ルメットが来ることもある。
「いいから、入って!入って!」
シュルが手を引くように連れこもうとしている。
「ほんとだ、ルメットみた・・・え!?」
トルンはそのまま驚いて固まってしまっている。
私も同じだ・・・正直驚いていた。
シュルに手を引かれて入ってきたのは、私の幼馴染のアレイフだった。
「あぁ・・・どうも。ご無沙汰しています。」
右手を吊った状態で、左手をシュルに引かれて部屋の中に入ってきた。
「ちょ・・・ちょっとシュル!?」
「おぉー噂をすれば!」
「いやーちょうど話してたとこだったのよ。まぁ座って座って!」
シュルがアレイフに座るように促している。
トルンも私の隣をあけてそこに誘導した。
隣にアレイフが座る。
「えっと・・・ただいま。」
「お・・・おかえりなさい。」
ぎこちない挨拶だけど、シュルとトルンの興味津々の目が痛い。
「ちょっとーそれだけ!?もっということあるでしょう?」
「そうそう。寂しかった!とか、なんでもっと早く来ないの!とか!」
シュルとトルンがまくし立てる。
ちょっと黙ってほしい。
「あの・・・その腕・・・仕事は大丈夫なの?」
「あぁ・・・ちょっと怪我を、骨折は治癒じゃ治らないから、しばらくかかるんだ。仕事は、とりあえず今は空き時間。」
「そ、そうなんだ・・・ごめんね、忙しい中。」
「約束だったからね、一応無事・・・ではないけど、生きてるよ。」
なんでだろう・・・ぎこちない会話しかできないし、間が持たない。
アレイフは普通にしてる?いや、ちょっと緊張してるっぽい。
「あぁー!じれったい!」
「ガキかっ!ガキなのかっ!」
なぜかシュルとトルンがキレた。
ビシっと私を指差し、シュルが吠える。
「そこは涙ながらに抱擁して熱い口づけでも交わせば言葉なんていらないのっ!」
追従するように、トルンもまくしたてた。
「そうだよ!せっかく来たんだよ?貴族が一人でだよ?普通ないよ?ほら、どうする!?どうしたいの!?初めからやり直す?」
なんでこの2人はこんなに盛り上がってるのか・・・アレイフも苦笑いを浮かべてる。
トルンがアレイフを立たせて本当にもう一度やり直そうとした時、再びドアがノックされた。
「もう!何!?」
ちょっとキレ気味に対応しに行こうとするシュル。
誰かわからないけど、怒鳴り散らしかねないと思って、シュルを押しとどめて私が応対しようと立ち上がった。
「ああ!まって、私が行くから!2人の邪魔なんてさせないから!」
「そうです、せっかく来てくださったんですよ?さぁ座って!」
「いや、すぐだから、アレイフちょっと待っててね。」
2人を無視してドアに向かって歩いて行き、ドアを開けると、そこには長身の男性が立っていた。
ガタイがよくて、ピシっとしているが、顔は見たことがない。誰だろう?
「失礼。こちらに主・・・いえ、アレイフ・シンサ卿がお見えではないですか?」
「え、はい、来てますが・・・。」
「申し訳ありませんが、少々上がらせて頂けないでしょうか?私はアレイフ・シンサ卿の近衛隊に所属しております、クインと申します。」
丁寧にお辞儀をする男性の頭に耳がついている。
獣人族?犬耳だ。
「えっと、どうぞ。こちらに。」
「失礼。」
そういってクインさんを連れて戻ると、アレイフが驚いた顔をしていた。
「クイン!?」
「主様、ウキエ殿が至急の用といっておりました。申し訳ありませんが・・・。」
「そっか、わかった。」
「それと、ユリウスが今日の護衛当番だったはずですが・・・まきましたね?泣きそうな顔で走り回っていましたよ?」
クインさんの問いに、目をそらすアレイフ。
あの表情は、イタズラを成功させて、問い詰められたときの表情だ。
「いや・・・だって、ユリウスは絶対に物々しい警戒態勢で付いてくるだろ?」
「・・・当然です。護衛ですし。」
「そうなんだけどさ・・・まぁいいや。ごめん、レーゼ、戻らないと。今度また改めて遊びに来るよ。」
アレイフが立ち上がると、ちぇーっとシュルがつまらなさそうにした。
なぜあなたが残念がる!?
「うん、ありがとうね。」
そういうとアレイフは笑顔になってクインさんと一緒に出て行った。
最後に部屋から出るときに、深いお辞儀をしていった。とても丁寧な人だ。
「さて、私達はどうする?」
「あーあ、せっかく面白くなるところだったのに・・・。」
シュルはつまらなさそうだ。
あれ?そういえば、トルンがさっきから黙り込んでドアの方をじっと見ている。
「トルン?どうしたの?」
「ん、どした?」
「・・・ぃい。」
「「ん?」」
トルンが聞き取れないほど小さな声で、何か呟いた。
私とシュルが聞き返す。
「イ、イレーゼ!あの人は誰?なんて名前の人?恋人はいるの?ユリウスって女性?どこに行けば会えるの!?」
トルンはバッと飛び上がり、私の両肩を掴んで前後に揺らしながら必死な形相で私に問いかける。
顔がかなり近い・・・そして息が荒い。
「た・・・確かクインさんって名乗ってた。第四師団の近衛隊に所属してるんだって・・・アレイフを迎えに来たんじゃないかな。ユリウスは知らないけど、近衛ってぐらいだからアレイフのいる師団本部に行ったら会えるんじゃないかな?」
あまりの迫力に私もちょっと驚きながら知っていることを話す。
「そ、そう・・・クイン様というのね・・・。」
「ど、どうしたんだ?トルン。」
「さ、さぁ・・・。」
私とシュルはトルンの変貌ぶりに驚いていた。
あまり異性に興味がないように思ってたけど、そうでもなかったらしい。
「私決めた。あの人と付き合うわ。」
「え?話してもないのに?」
「そんなの些細なことよ。運命には抗えない。」
私の質問に帰ってきたのは夢見がちな言葉だった。
「・・・恐ろしい女だな・・・一目惚れを運命と言い切りやがった・・・で、どこに惚れたんだ?」
シュルが聞きなおすと、その目を輝かせて、トルンが答える。
「たくましい身体、誠実そうな瞳、そしてなにより・・・犬耳!」
「そこかよっ!」
私とシュルはがっくりしてしまう。
まさか獣人の耳に一目惚れって・・・私達の世代ではほとんど差別はないものの、今でも大人の中には獣人差別する人は多い。
でも、たしかに逆に獣人が好きだという人も増えてきているらしい。
おもに、女性の獣人が好きだという男性は多いんだけど・・・逆はあまり聞かない気がする。
「運命には抗えない・・・とりあえず、告白するわ。イレーゼ、住んでるところの情報集めてくれない?」
「え、いきなり告白するの?ていうかなんで私が?」
「いいじゃないの!あなたもアレイフ様と話す理由ができてちょうどいいでしょう!ほら、早く!」
「イレーゼ、諦めろ、目が逝ってる。」
シュルが首を振りながら、私にすがりつくトルンを見ている。
「わ、わかったから、ちょっとまって、今日は用があるみたいだし、今度聞いとくから。」
「今度っていつ?明日?明後日?」
「えっと・・・10日位内・・・ひっ!わかった5日位内にはなんとかするからっ!」
私が10日と言った瞬間、トルンの目に殺意のようなモノを感じた気がする・・・。
だから半分の5日って言ったけど、トルンは何かブツブツと考え込んでいる。
服を買って、お化粧をして、エステや髪も切らないと・・・となると5日は妥当か?
ブツブツと言ってるけど、私と距離が近いので言ってることは筒抜けだ。
「わかったわ。よろしくお願いね。イレーゼ。」
最後にニッコリと微笑んだ。
さっきまでの狂気の目が嘘のような笑顔・・・私は引きつる笑顔でうなづくことしかできなかった。
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