第84話 鬼ごっこ

 王城にクレアからの交戦に入る旨の知らせが届いた翌日。

 急遽、ウサマイン・エンドック公爵が謁見の間に呼び出され、それに応じた。


 謁見の間には難しい顔をした国王、宰相、そして軍師として侍るイスプール・ヘイミングの姿がある。

 また、その場には第四師団に籍を置く、ウキエも参加していた。


「ではウサマイン・エンドック卿、事情を説明してもらおうか。」


「はて、事情といいますと?」


 ヘイミング卿の問いかけにとぼけるような声を出すエンドック卿。


「先ほど説明しましたが、あなたが派遣した部隊には不審な点が多すぎます。」


「それは第四師団の軍と鉢合わせていないところですかな?申し上げにくいが、出陣後は報告をもらっているわけではない。なので、そのような疑いをかけられても...偶然ではありませんかな?」


「誤報を流したと思われる者ですが、行方不明になっています。こちらも、あなたの家の者の紹介で王城に務めるようになったそうですが?」


「そうなのですか?それはなんという不幸な偶然か。しかしながら私は無関係ですな。」


「停戦が正しい情報だったそうですが、なぜかクレア様からは交戦に入るという伝令が上がってきています。これについては?もともと停戦であれば街の復興に尽力するという話ではありませんでしたか?」


「現場判断でしょう。何か起こったのかもしれませんな。」


「いい加減にされてはいかがですか、エンドック卿!」


「それはこちらのセリフですぞ?ヘイミング卿。いいですか?あなたは私が仕組んだかのように先程から責めたてておられるが、何か明確な証拠でもあるのですかな?」


「それは...。しかし!」


「状況証拠だけでは私を陥れようとするものこそあやしいと言えますぞ?」


 それはまさに今、疑いを向けているヘイミング卿のことを指しているのだろう。

 二人はしばらくにらみ合った後、そのまま言い合いをはじめた。


「両名とも、その辺にしておけ。」


 王の言葉でヘイミング卿とエンドック卿の二人が静かになる。


「宰相、どう思う。」


「今の問題は始まった戦争の終結をどうするかです。停戦が事実であれば、こちらからそれを破ったことになる。今後、魔国との友好的な関係は不可能でしょうな。」


「そもそも、停戦などできる相手ではないのだ。それに先に仕掛けてきたのはあちらではありませんか。」


 宰相の言葉にエンドック卿が乗っかった。


「そのことについてだが、ウキエ、説明を。」


「はい。」


 謁見の間で空気になっていたウキエが、今回の停戦に関して、軍同士のものであること。魔国が1つの国ではなく、いくつもの国があり、ひとまとめにするのが間違いであること、過去のオークの侵略に関しては今回の停戦相手である、ローレンス帝国もまた被害者であったことを説明した。


 ウキエの説明を聞き、エンドック卿が笑みを浮かべる。


「で、あれば尚更問題などないでしょう。停戦破りでもない上に、勝てばあちらの捕虜を元に有利な外交ができるのでは?」


「問題は勝てるのか。ということです。」


 エンドック卿の笑みを否定するように、ヘイミング卿が首を横に振る。


「なぜ勝てないと思うのですかな?相手はそれほどに大国だとでも?」


「第四師団の報告では多くとも500に満たない兵力のはずです。援軍がなければですが。」


「倍の兵力ではないか、しかも屈強な我が軍ですぞ?負けるなどありえない。」


「相手の指揮官はおそらく神格者です。第四師団長と同等かそれ以上の力を持っている。」


「神格者といえども1人で何ができると?お言葉ですが、戦争には数と質の両方が必要です。質だけでは勝利にはつながりません。仮の話ですが、ヘイミング卿がいくら優れていようと、1人で1000人には勝てないでしょう?」


 エンドック卿の言葉はある意味正しい。

 だが、彼がいっているのはヘイミング卿など、血筋で神格者と呼ばれている人物の評価だ。

 エンドック卿以外で今ここにいるものは第四師団長、アレイフ・シンサが蹴散らしたオークとの戦いぶりを記録石の映像で知っている。


「エンドック卿、貴殿の言うように、勝てば問題はない。しかしながら負けた場合、その責任はわかっているのでしょうな?」


 それまで黙っていた宰相が口を開き、エンドック卿がそれを受けて笑う。


「戦争に絶対がないことは存じ上げておりますが、まさかこれほどまでに臆病な者達がおるとは...。国王はそうでないと信じておりますが、いいでしょう。敗戦の場合は私が責任をもっておさめましょう。」


「おさめるとは...そんな方法が?」


 あまりに自信がありそうなエンドック卿に宰相が驚きの声を上げる。

 単に、負けるなどと思っていないから出たセリフだが、これがエンドック卿の失言となる。

 それは、ちょうどこの会話の後に来た伝令によってもたらされた。


『第四師団救援部隊、敵魔国との戦闘により敗走。激しい追撃を受け、現在、エスリーの砦まで後退。クレア・フィードベルト様は存命。カム・テイル将軍は行方不明。残存兵力は100を切っており、魔軍の追撃は続いている。救援を求む。』


『第四師団はクレア・フィードベルト及び、カム・テイルの連名による判断によりテレス砦に後退。現在は師団長の命令を継続し、待機中。』


 1つはエスリーの砦まで後退したクレアの軍から、そして2つ目の伝令は早馬を走らせ、テレス砦で力尽きた将校から状況を聞いたランドルフが追加で出した伝令だった。


「馬鹿なっ!」


 エンドック卿の悲鳴にも似た叫び声が謁見の間にこだました。

 そこには先ほどまでの余裕はなく、すでに顔は真っ青だ。


「ご、誤報だ!早く事実確認を...。」


「伝令はどこから?」


 取り乱すエンドック卿を無視して、ヘイミング卿が知らせに来た兵に問い合わせる。


「はっ!テレス砦にて駐留している第四師団の者が早馬で届けた模様です。」


「そ、そら見ろ、これは第四師団が情報を捻じ曲げて...。」


 エンドック卿のいうようなことは誰も得をしない。

 謁見の間にいる全員がわかっている。


「して、エンドック卿よ、どうおさめるのだ?」


 宰相の目が鋭くなり、エンドック卿を貫く。


「そ...それは...。」


「国王、兵を派遣しましょう。まずは第四師団長を招集するべきでしょう。」


 宰相が口ごもるエンドック卿を無視して話を進める。


「シンサ卿は...ウキエ。」


「昨日の遅くに目は覚めています。まだ体調は万全ではありませんが...。」


「緊急事態だ。すまんが連れてきてくれ。宰相、ヘイミング卿、シンサ卿が来次第、対策会議を開く。情報を集めてくれ。」


「「はっ!」」


 宰相とヘイミング卿が頭を下げ、退出していく。


「エンドック卿。」


 王の言葉にエンドック卿が肩をビクつかせた。


「対策会議にはお主も出てもらう。このまま王城に居れ。」


「...はっ!」


 エンドック卿が頭を下げるのを見て、王も退出していった。

 残されたエンドック卿はそのまま呆然と座り込んだまま動かなかった。





 暗い森の中をただひたすら走る。

 1000人いた兵士達もエスリーの砦に着く頃には100名を切っていた。

 そこでなんとか体制を立て直そうとしたが、逃げてきた兵士達はもう完全に心が折れていた。

 引き止めても逃亡を阻止できないだろう。

 それどころか、下手に戦うなどといえば、暴動すら起きかねない状況だった。


 だが、兵士たちの体力も限界。

 エスリーの砦で、無理にでも休息を取らせないと逃げ切れず力尽きるだろう。


 テレス砦まで戻れば、無傷の第四師団がいる。

 ...自分の考えに笑いがこみ上げてくる。

 必要ないと自らが追い払った軍が、今は唯一の希望なのだから。

 早馬だけを先にいかせ、エスリーの砦でけが人の手当や追撃の警戒を行った。

 もうこれ以上は追撃がこないことを祈りながら。

 もしかすると、テレス砦から第四師団が救助に来てくれるかもしれないという兵士達もいた。

 だが、おそらくそれはない。


 待機の命令を受けているといっていた以上、テレス砦からは動かないだろう。

 なんとしてもそこまで自力で逃げ延びる必要がある。

 距離にしてあと1日分もないはず。

 もうしばらくと、休息を願っていた私の望みは叶わなかった。


 遠くの方に篝火が見え、兵士達が悲鳴を上げて逃げ散ろうとする。

 必死に押し止めようとする私の前に、ダメ押しとばかりにあの女が現れた。


 中空に座るように浮いたまま移動する化物だ。


「あら、いけませんよ?撤退戦において夜襲は最も警戒すべきものです。もっと見張りを立てるか、この砦を囮にしてもっと離れた場所に野営しないと。」


 笑顔を向けながら私達に声をかける女。


「い、射殺せ!!」


 私の命令にとっさに反応した1人の兵士が矢を射掛ける。

 しかし、見えない壁に阻まれるように、矢はあっさりはじかれてしまった。


「いい狙いですね。しかしながら、ここは矢を打つよりも逃げるべきでした。」


 そういうと、矢を放った兵士に手を向ける。

 兵士が恐れからか後ろに一歩下がろうとして、爆発した。

 身体が一瞬で肉片に変わり、飛び散る。

 近くで見ていた私や他の兵士達にもその血や肉片が飛び散り、いっきに恐慌状態におちいった。


「あら、まだ逃げるのですか?では鬼ごっこといきましょう。」


 女は楽しそうに浮いたまま、逃げる私達を追いかける。

 途中逃げる兵士が、同じように肉片に変えられたり、氷漬けにされるのが目に入った。


 私も必死に逃げるが、足をもつれさせて転んでしまう。

 後ろを向くと、すぐそこに明確な死が近づいてくる。


「あら、運の悪い。転んでしまいましたか?泥だらけですね、せっかくの美人が台無しです。」


「ひっ...。」


「あなた、先ほどの振る舞いからも、そちらの大将ですか?」


 その問いかけは確信めいたものだったのだろう。

 女は何かを思いついたかのように、「そうだ。そうしましょう。」と呟いたかと思うと、私に向かって笑いかけた。


「あなたの顔、覚えましたよ。ほら、逃げなさい。私は鬼。逃げないと捕まって殺されてしまいますよ?」


「い、いやっ!」


 私は這いずるように離れながら立ち上がり、背を向けた逃げ出した。

 後ろからは楽しそうな声が聞こえてくる。


「あら?兵士と同じ道で逃げていいのですか?死体が増えますよ?」


 そんな声に反応する余裕はない。只ひたすらに、この女から離れようと残りの力を振り絞って走り出す。

 途中、足をもつれさせる兵士を追い越したが、その瞬間に短い悲鳴と倒れる音が聞こえた。


「可哀想に。ほら、鬼さんこっちらーとか言ってくれませんか?無言は面白くありませんよ?」


 全速力で走る私の背に声が掛かる。

 声からほとんど距離がないことがわかって、更に焦る。

 ダメだ、転けたら殺される、後ろを見るのも怖い、只々前に!早くテレス砦へ!


 どれぐらいの時間走っただろう。

 空が白みはじめた頃、周りに兵士の姿は見えず、いつの間にか森の中を走っている私がいた。

 後ろから聞こえていた声ももう聞こえない。

 逃げ切ったのだろうか?

 怖くて確かめられない。

 後ろを振り向いて、もしまだ近くにあの女がいたらと思うと恐ろしくて仕方ない。


 目の前に森の終わりが見える。

 やっと!そういう思いで走りきった私は、森をでてすぐそこにあった崖から転げ落ちた。

 身体を斜面に打ち付け、転がる。

 ゴロゴロと転がり、やっと止まったところで仰向けになり、息を整える。

 ...生きている。

 そう実感したときだった。


「おや、派手に落ちましたね。生きていますか?」


 絶望の声がすぐ近くで聞こえた。

 私はその声に、もうダメだと...今は亡き父の顔が思い浮かび、涙を流した。


「あらあら...泣いてしまいました...おや、どうやら鬼ごっこはここまでのようですね。」


 私はこちらに近づいてくる足音を聞きながら、絶望とともに目を閉じて、意識を手放した。

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