第79話 一騎打ちの結末

 いきなりの攻撃に私は尻餅をついてしまった。

 まさかまだ反撃する気力があるなんて・・・根性はなかなかあるみたいだ。

 さて、こうなったらどうやって終わりにしようか。

 だけど私の考えは、彼の呪文詠唱で打ち切られる。


「我、古の契約に基づき・・・」


 この詠唱は!

 私は急いで立ち上がる。追撃が来るとおもったからだ。


「来たれ英霊!我が名の元に。」


 しかし、私の予想は違った。

 いや、もっといけないものだ。

 この詠唱を私は知っている。

 駄目だ!その魔法はまだ彼には早い。

 それに魔力ももう残り僅かなはず。そんな身体で使えるようなものじゃない!


「守るべき者のために、古き竜に立ち向かいし心優しき英霊よ!」


 見ると、彼についている風の精霊も駄目だと叫んでる。

 暴走?追い込みすぎてしまった?

 私は後悔しながらも、気づいたら駆け出していた。

 この詠唱、特に彼が呼ぼうとしている英霊にも心当たりがあったからだ。

 血を飲んだとき、頭によぎっていた可能性が今確信に変わった。


 だからこそいけない。


 もしあの傷ついた、しかも魔力がほとんど残っていない身体でその魔法を使えばただではすまないはずだ。

 今更気づいた自分の愚かさに後悔しながら、私は彼の口を塞ごうと手を伸ばす。


 しかし、彼は残った手で私の手を払い、もう片方も顔をそらすことで空振る。

 私がもし冷静だったなら、魔法を当てるか、攻撃することで彼の動きを止められただろう。

 けれど、この時の私はそんなこと考えられないほど焦っていた。


 せっかく会えた古い友人とのつながりを失うわけにはいかない。


 呪文を完成させてしまえば、あとは初期に必要とする魔力から最後まで魔力を持っていかれる。

 足りなければ取られるのは生命力だ。


「竜の天敵!聖なる守護者!我が前に現れいでよ!」


 両手は既に避けられた、もう手はない。

 ・・・私は彼の口を見ていた。ウルガーン。その名を呼ばせてはいけない。

 そこで魔法は完成する。


 必死な私は、自分の口で、彼の口を塞ぐ行動に出た。


「ウルガっむぐ」


 彼の目が驚いたように見開かれる。

 私は逃がさないように、片方の手で彼の無事な方の腕を掴み、もう片方で頭を固定した。


 収束していた魔力が散っていくのを感じる。

 魔法は不発。それどころかキャンセルされた為、彼の身体からはほとんど魔力が感じられなくなった。

 念のため、もう少し・・・彼は予想外に全く抵抗しなかった。





 自分が何をされたのかわからないまま、かなりの時間がたった・・・気がする。

 いや、一瞬だったのだろうか?よくわからない。


 口づけされた?けれどなぜ?戦いの真っ只中で?


 とりあえず離れないと。

 そう思っても、なかなか離れられない。

 がっちり固定されてる。

 どうにかと力を入れようとして、口内に異物が入ってきたのを感じてそれどころではなくなった。

 そこからは・・・なんというか、抵抗なんてできなくなってしまった。


 口を自由にされたあとも、そのまま尻餅をついて座り込んでしまう。


「・・・なんで。」


 それしか声がでなかった。

 たぶん、顔は真っ赤になっている気がする。


「その魔法はいけません。その身体ではただではすみませんよ?」


「そうだよ!こんな場面で使うために教えたわけじゃないんだよ?」


 フィーが目の前に移動してくる。

 頭から湯気がでそうなほど怒っているらしい。


「いや・・・そうではなくて・・・。」


 だが、俺が聞きたいのはそこじゃない。


「さて、少し不幸な事故もありましたが、このあたりで手打ちにしましょう。引き分けで如何ですか?」


「・・・そちらの勝ちでは?」


 俺にもう魔力は残っていない。

 魔力回復薬は持っているものの、使ったところで今の状態だと無駄だろう。

 身体中に裂傷、右腕骨折。左肩には・・・たぶんヒビ。あと肋骨も折れてるかもしれない。

 なにより血を流しすぎた・・・いや、飲まれすぎた?


「途中、不適切な行動をしてしまいましたので、それを水に流して頂けるなら引き分けでかまいませんよ?」


「・・・不適切?」


「はい、もうわかっているかもしれませんが、私の種族は他人の血を飲みます。月に一度ぐらいで大丈夫なのですが、美味しい血が口に入ると、我を忘れる者も多いのです。」


「目潰しの時に?」


「そういうことです。同じ御使い同士でしょう?」


「・・・御使い?」


「あら、そちらでは呼び名が違いましたか?・・・神子?それとも使徒・・・今はなんというのでしょう?風の精霊を従える者のことを。」


「フィーが見えて?」


「フィーと呼んでいるのですか?可愛らしい姿ですね。妖精のようです。」


「え・・・同じって・・・。」


「気づいていないんですか?この子は水の精霊、特別な目を持つものを除けば、精霊の加護がある人間にしか姿は見えませんよ。」


 空からこちらを観戦していた龍がアウレリア殿下の周りをぐるぐると周り、手のところに頭をもっていく。

 そして頭を撫でられて嬉しそうに目を細めた。


「この子は水華(すいか)といいます。精霊同士は知っていたようですよ?」


 そういわれてフィーの方を見ると、テヘっと舌をだした。

 ・・・いや、ごまかされないからな。


「聞いていませんでした。まさかアウレリア殿下が。」


「そういうことで、一騎打ちはこの辺りで矛を収め、交渉を進めましょう。手当も必要でしょうし、私がそちらに伺いましょう。」


「・・・わかりました。あまり大きな権限はないので国としての対話はできませんが、まずは停戦からお話しましょう。」


「はい。それではとりあえず立って下さい。」


 そういうとアウレリア殿下は手を差し伸べてくれた。

 手に付かまり、立ち上がる。

 ・・・顔をじっと見られている気がする。


「何か?」


「いえ、少し教えて欲しいことがあるのですが。」


「なんですか?」


「あなたのご両親はご健在ですか?」


「・・・両親ですか?どうでしょう・・・孤児なので本当の両親がどうしたのかわかりません。」


「孤児なのですか!?」


「はい。それが何か?」


「いえ・・・あぁ、それとその失敗してる呪法。ついでに解いてあげましょうか?どうやら4元素の呪法みたいですけど、水だけ反転してますよね?」


「呪法・・・?」


 ピンとこない。

 だが、フィーが耳元で教えてくれた。

 神格者を作る儀式で用いた呪法のことらしい。

 確かに、水の印が改変されていた為に、あの呪法は失敗し、俺自身にも悪い影響が出ている。


「治せるのですか?」


「私なら簡単ですよ?しかし、そうですね。停戦の交渉とは別に少し個人的に取引も持ちかけさせ頂きましょうか。」


「取引ですか?」


「ええ、詳しくは後ほど。そんな無茶は言いません。ちょっとした情報交換だと思ってください。人族もこの森より南で起こっていることを知って損はないでしょう?」


「分かりました。よろしくお願いします。」


「一人で帰れます?」


「さすがに送ってもらうわけにも行きませんから。大丈夫ですよ。」


「そうですか。では、後ほど。」


 そして握手を交わしてから自分の陣地の方へ向かった。

 門からはライラ率いる近衛隊が走り寄ってくるのが見える。


 もう一度自分の身体を見下ろす。

 酷いものだ。足も捻っていたみたいで歩き方もおかしい。


「は、早く救護隊のところへ!ナット!」


「大丈夫。命に別状はなさそうだ。前の魔力回復薬の連続使用よりだいぶマシ。」


 駆け寄ってきたライラさん支えられ、ナットさんがざっと身体を見てくれた。

 他の近衛隊も心配そうに見ている。


「最後にちゅーする余裕があるなら大丈夫じゃにゃいかにゃ?」


「最後のあれ、どっちからなの?」


 ・・・若干、心配というよりはおかしな雰囲気の者もいるけど、ライラさんがまずは治療だと言ってくれているおかげでまずは治療に専念できそうだ。

 とりあえず、それまでに弁明を考えよう・・・いや、弁明?あれは俺が悪いのか?

 というかそもそも、なぜ俺が責められるんだ?


「よぉ、派手にやられたな。降参か?」


「引き分けってことになったけど、見てのとおり、完敗だね。」


 場上からニヤニヤしながらこちらを見るカシムさん。

 何が楽しいのか、嬉しそうだ。


「無敵の師団長殿よぉ、最後のあれ、俺達にも是非教えてほしいもんだ。どうやったら一騎打ちで相手の唇を奪えるんだ?」


「おいおい、やめとけよ?自分より強えぇ奴を嫁にもらうと大変なことになるぜ?」


「それはおめーの経験談か?」


「オウともよ。それによ、師団長様は貴族だから複数の嫁を持つのが普通だろ?それなら気の強いやつばっかり集まると、血ぃみるんじゃねーのか?」


「ちげぇねぇ。」


 そういって大笑いするカシムさんとガレスさん。

 いつの間にかカシムさんの隣に来たガレスさんまで話に加わっている。

 これは・・・マズイな。尾ひれや背びれのついた噂が一気に広がる気がする。

 いや、別に結婚しているわけではないからそこまで困らないけど・・・いや、困るか。困るな。


「ほら、早く医務室へ。ていうかなんでその傷で平気な顔してるんです!血まみれですよ!」


 ライラさんに急かされて医務室へと急ぐ。

 先にいったナットさんが色々準備してくれてることだろう。


 言われてみれば、この怪我で普通に歩いている自分はおかしいんだろうか?

 確かに痛みはもうすでにあまり感じていない。

 目に見える傷は魔法で治るだろう。だけど、折れた骨を治せるほどの治癒師はなかなかいない。

 うちの師団にもいないはずだ。

 動かない右腕に軋む肩や肋骨。たしかに重症だ。


 思えば、今の地位にいる原因になったあの儀式を受けてからか。

 痛みに鈍感になったのは。

 今までさして気にはならなかったけど、こういう時は便利かもしれない。


 呪法を解くことができると言われたことで、あの日の記憶がまた鮮明に蘇ってくる。

 今の自分の目的。


 忘れてはいけない。

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