姉の悩み
最近私はある事実を知ってしまった。
大事な妹のことだ。
私達は性格がまったく逆の双子。
弟の亞歩(あふ)が死んだと聞かされたとき、もちろん私自身も悲しんだけど、それより妹もどうにかなってしまうんじゃないかと心配した。
実際、妹は泣き崩れるだけじゃなく、放心状態になっていた。
妹はかなり控えめに見ても、重度のブラコンだった。
まだ家族と村にいた頃も、3人で旅をしていた頃も、1日中弟をかまって…いや、つけ回していた。
弟はその事実を半分ほどしか知らなかった。
妹に私達の種族特性の1つが色濃く出ている。
気配を消したり、影に潜んだりというまさに隠れてつけ回すのに最適な特性だ。
本来は斥候や潜入に役立つはずの力が、実の弟のストーキングに使われ続けていた。
弟にかなり依存していたから、弟を失ってどうにかなってしまうんじゃないかと心配したけど。
表面上は落ち着いているように見えた。
そう…今思えば、落ち着いているように見えていたのは表面上だけだったのかもしれない。
私達は2人共、弟の親友であるレイ様にお仕えすることにした。
弟の仇をとろうとしてくれている姿は純粋に嬉しかったし、少しでも手助けをしたいと思った。
それに、自由になっても姉妹2人、どうしようもない。もう私達の住んでいた村もないし、2人っきりであてもなく旅をするわけにもいかない。
弟もきっと今の私達の姿を望んだだろう。
ここで、レイ様の手助けをしながら自分の居場所を作って生活しようと思った。
そして、妹もそれに賛成してくれていた。ように見えていた。
けれど、そう思っていたのは私だけだったのかもしれない。
私の妹…翠(すい)は自らレイ様の専属メイドを名乗り、これまで弟にしてきた以上のストーキングを開始していたようだ。
私がそれに気づいたのは本当に2日前。
姉妹とはいえ、私と妹は部屋が別々に与えられている。だからお互い顔を合わせるのは屋敷の中、それも仕事中がほとんどだ。
それが先日、レイ様から2人でお酒を頂いて、3人で飲んだことがあった。
もともとお酒をほとんど飲まない妹もレイ様の勧めだったからか、グビグビ飲んでいた。
甘い味が気に入ったのか、それともレイ様についでもらえたのが嬉しかったのか、すごい勢いで呑んでいた。
そして当然のように酔っぱらって眠ってしまった。
私は妹を抱えて、部屋に連れて行くことになった。
今はそれが間違いだったと確信している。
ハッキリ言おう。部屋に入らなければよかった。
それなら、私と妹は表面上、何も変わらず生活ができたのに。
予想外に厳重な扉、2箇所に私用の鍵がついたものを開け、部屋に入り、妹をベッドに寝かせる。
部屋は薄暗かったけど、なんとなく周りを見渡すと、ベッドの横にある机の上や、棚におかしなものがあることに気づく。
スプーンや、フォーク、歯を磨くための道具や、タオルなどが丁寧に飾られている。
部屋にこんなものを置くだろうか?それも棚に飾ったりするとは思えない。
食器に関しても、部屋で何か食べるためのものでもなさそうだ。同じ種類のものがいくつもあるし、フォークやスプーンはあるのにナイフはない。それもひとかたまりになってるわけじゃなく、1本ずつ飾られている。
それにさっきは気付かなかったけど、よく見るとベッドの上や棚の下の方に衣服や下着が置いてある。
けど、これもおかしい。
どう見ても妹のものじゃない。男物に見える。
1つ言えるのは妹に男っけなんてない。
屋敷には男の人も出入りしているが、私より話す頻度は低いはずだ。
それに下着ばかりがやけに多い気がする。
これがなんなのか妹に聞きたいけど、妹はぐっすり眠っている。
明日にでも問いただせばいいかと思ってもう一度周りを見渡した。
そこで私は机の上にある本…というか分厚いノートに気付いてしまった。
大きく数字で23と書かれている。
机の棚を見ると、ノートがたくさん並んでいる。
それぞれの表紙に数字が書かれていることから、どうやらこのノートが23冊目ということらしい。
日記か何かだろうか。
いけないと思いつつも、好奇心に負けて私はノートを開く。
そこに書かれていたのは妹の精神を疑う内容だった…。
簡単にいうと、そこに書かれていたのはレイ様のことだ。
それが思いを綴ったものや、恋慕を書いた日記なら可愛いものだったし、素直に妹を応援しただろう。
だが、書かれていたのは、レイ様の個人情報だった。
ノートには細かい文字で多くの情報が書き込まれていた。
好き嫌いから、癖、好きな場所などはもちろん、眠っている時間からお風呂に入っている時間、独り言の内容から自分と話した内容やその合計時間など、監視していなければわからないような内容が書き連ねられている。
そして、とくに恐ろしいのはコメントのように書かれている感想。
『わざと着替え中に入ったら、顔を赤くして出て行ってくれと焦っていた。可愛い。』
『今日はいつもより長くお風呂に入っている。溺れていないか心配で何度も覗いてしまった。』
『熟睡中、ちょっとだけ同じ毛布に入ってみた。あぁ、いい匂い。抱きしめたくなる。』
『私が使ったあとのコップで水を飲んでいた。気づいていない。愛が止まらない。』
『鍛錬あとの下着をゲット!前に手にいれたタオルよりずっと匂いがきつい。サイコー。』
…どうやら、私の妹は弟が死んでから壊れてしまったらしい。
どうしよう…このままだと最悪は犯罪者…よくて変態になって…いやすでになっているかもしれない。
この部屋にある男性の服や下着、そして棚に飾ってある食器などは全部レイ様の使用済み品なのだろう。
妹は表情が少なく、無口な子だ。
傍から見ると奥ゆかしい子に見える。そんな子が普段、この部屋で何をしているのか考えただけでも恐ろしい。
明日から…姉妹としてやっていく自信がなくなりそうだ。
妹の醜聞を晒すわけにもいかない。だからこのことを相談できる相手なんていない。
私は、フラフラと部屋を後にした。
考えるのはどうやって壊れた妹を元に戻すか、そしてこのことが明るみに出ないようにどうやってフォローするか、ただそれだけだ。部屋でずっと考えていたけれど、明け方になっても答えはでなかった。
次の日、寝不足で少しぼっーっとしていた私の背後にいつの間にか立っていた妹が、恐ろしく低い声で「姉さん、昨日私の部屋で何か見ましたか?」と聞いてきたとき、私自身もまた、このことを知ってしまったら命の危険があるのではと思い知った。
「へ…部屋?部屋がどうかしたの?私も酔ってたから翠(すい)ちゃんをベッドに放り込んですぐ自分の部屋で寝ちゃったから…。」
私はうまく表情を作れていただろうか?
翠(すい)ちゃんは私の目をじっと見つめてから、「そうですか。」といって離れていった。レイ様の執務室に行くんだろう。
ほっと息をついた私の背後から再び冷たい声が聞こえた。
「姉さんは、私の味方だと信じていますよ。」
いつの間にか背後にピッタリ立っていた妹に悲鳴をあげそうになるのを必死にこらえた。
「何言ってるの?姉さんは翠(すい)ちゃんの一番の味方よ?」
私の作った笑顔を見て、今度こそ妹はレイ様の執務室に入っていった。
神様、どうか妹が間違いに気づいてくれますように。
私は自分でどうにかしようとするのを諦めて、ただただ、見たこともない神様にお願いする。
この日から、朝のお祈りが私の日課になった。
今日も、何事もなく平和に過ごせますように。
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