第42話 遺族の選択

 国王から国民への第四師団長発表を終え、隊舎戻ってきた。

 ウキエさんをはじめとした何人かが後ろに付き従う。

 時間は昼を回った。結局式典の後もいろいろとあって食事にはありつけていない。食欲もないから別に構わないけど、ウキエさん達が食べたのかは心配だ。


 隊舎に戻るのは自分が管理することになった軍を整理するためだ。


「すでに、全員広場に集結しております。」


 報告を受けて向かうのは隊舎の建物ではなく、隣に併設された広場だ。

 そこには現第四師団の武官と文官、そして使用人などが全員整列している。


 思っていたよりも少ない。特に武官が。

 俺の考えを読み取ったかのようにウキエさんが囁いてくる。


「以前行った視察の影響ですね。あの後、けっこうな数の武官が抜けましたから。まぁ無能な者達ばかりだったのでむしろよかったかと。」


 視察というのはまだ候補だった頃に、第四師団の隊舎を含め、いろいろな施設を見て回った時のことだ。

 この隊舎を視察した時も、かなりの死亡者と逮捕者がでた。

 どうやらその影響で同じような罪に心当たりがある人物が辞め、また調べる上で逮捕者も出て人数が激減しているらしい。どんなけ質の悪い国軍なのかとため息が出る。


 ちょうど整列した人員の前に作られたお立ち台の上に登り、全員を見渡す。青いローブを被っているので顔は見えないだろうが気にしない。別に顔を覚えてもらおうとも思ってないし。

 見渡すと、ほとんど全員が緊張の面持ちだった。


「この度、第四師団長に就任したアレイフ・シンサだ。」


 このタイミングで全員が敬礼を行い、その後休めの姿勢をとる。

 意外と揃っていて気圧されそうになる…。


「さて、堅苦しい話は飛ばして要件だけ伝える。現在、全員に3つの選択肢がある。1つはこのままこの第四師団で働くこと、2つ目は第四師団を辞め、好きな道を進むこと。そして3つ目は第四師団を辞め、別の師団で働くこと。」


 場が少しざわめく。


「2つ目に関してはそこにいるウキエさんが紹介状を作る。ウキエさんは第四師団長副官となる予定なので紹介状にはそれなりの意味がでるだろう。また3つ目に関して、国王からの許可を得ている。希望する他の師団に同じ役職で移動が認められている。もちろん移動後はその師団の評価基準に従うが、好きな師団を選択してかまわない。」


 ざわめきが大きくなる。

 本来、師団独自に行う特別徴兵でもない限り、国軍への志願者はどの師団に配属されるか選べない。希望は出せるが絶対はない。師団が出す希望兵種によってはほぼ決まるが、基本的に一旦国軍として雇い入れられ、少ないところに割り振られる。

 もちろんある程度の役職や能力を示せば、スカウトされることもあるが、無条件で移動できることはまずない。


「いい条件だと思う。念の為にいっておくが、別に諸君らが必要ないわけではない。ただ特例につき急な人事のため、国王の許可をとりこのような措置をとった。嫌々働かれても意味がないのでな。ただ、その代わり即断即決してもらう。明日のこの時間までに希望者は隊舎入口に受付を設置するので申し出るように。また第四師団に残ろうと考えている者達へ、今後第四師団は亜人差別を許さない。自信がないものはもう一度考え直すことをお勧めする。」


 言いたいことをいうと、台から降り、隊舎の方へ向かう。

 ウキエの部下がその後、事務連絡などを行うためだろう。前に立つのが目の端で見えた。


「あの…副官ってなんですか?」


 ウキエさんが後ろをついてくる。

その表情は暗い。


「何…とは?」


「いや、聞いてませんが…。」


「そうですっけ?」


 歩みを止めずに隊舎内の広場に向かう。


「ええ、私は元々第四師団でもかなり下のほうの身分ですよ?しかも最近は国王の命でずいぶん離れていましたし。それに元々、武官をまとめていた副官の方がいたはずです。それをいきなり。」


「そもそもその副官が明日になって残る選択をするかわからないし、副官も別に一人ではなく、何人いてもいいと思うのですが。」


「それはそうですが…いきなり副官など言われても困ります…そもそも編成はどうするつもりで?」


「…とりあえず何人残るかわかってからですね。第二師団のように何人も副官を置くかもしれないし、第三師団のように完全に分隊制にするかもしれないし。」


「とりあえず、しばらく今の立ち位置でフォローしてくれるときいてるし、副官でいいかと。」


「…きいてるって、誰がそう言っていたんですか?」


「国王ですが?」


 俺の答えをある程度予想していたのか、ウキエさんが深いため息をついた。


「とりあえず、次は奴隷身分の解除からかお願いします。あれだけの人数一人で大丈夫ですか?」


「問題ありませんよ。…怖くないんですか?」


「…怖い?」


「奴隷身分の解除が終わると、昨日みたいにいきなり襲われるかもしれませんよ?」


 ウキエさんがニヤリと笑っている。


「そのときはその時…甘んじて受けますよ。殺されるわけにはいきませんけど、ある程度は甘んじて受けます。」


 俺は苦笑を浮かべるしかなかった。

 そうこう話しているうちに、広間に到着する。

 前触れがあったのか、全員が立ったままこちらを待っていたようだ。


「それではウキエさん、お願いします。」


「はい。」


 ウキエさんは全員を順に並ばせ、一人ずつ奴隷契約を解除していく。

 全員がウキエさんと契約しているので、契約主の同意と契約魔法を一人で担当できるらしい。


 その間は手持ちぶさだが、油断できない。

 昨日のように緊張した空気が張り詰めている。

 いくらか攻撃されるのは仕方ないとしても、殺される訳にはいかないので、警戒はしておく必要がある。


 しばらくたって、全員の奴隷契約解除が終わったことがウキエさんから告げられる。

 さて…ここからだ。

 彼らがどうしたいのか希望を聞いて、手助けをする。

 …最悪、お前を殺したい。と言われることも覚悟している。

 その場合、さすがに希望には添えないが、昨日のように腕をヒビを入れられるぐらいは覚悟している。


「それで、師団長。実は昨日…というか今日の明け方に皆さんからお話がありまして、希望に関しては私の方がある程度聞いています。」


 ウキエさんが既に希望を聞いていたそうだ。手回しの速さに驚いたが、今まで話がなかったということは、俺がいないと叶えられないような内容だったのだろうか。

 少し嫌な予感を感じつつも、続きを促す。


「全員が、この第四師団への参入を希望しています。」


「……へ?」


 思わず変な声が出た。

 ウキエさんを見る限り、俺は今、変な顔をしているんだろう。

 してやったりという顔が少しムカつく。


「正確には、使用人と武官としての参入を希望しております。」


 ウキエが言い直す。


「……なぜ?」


 自然ともれた呟きに答えたのはサイの兄だった。


「私はサイレウスの兄、クインと申します。」


「あ、あぁ…。」


 いきなり目の前に勢いよく跪いた長身の男に若干引いてしまう。キリッとした顔立ちに、ほとんど無表情。サイと同じ毛並みの耳が頭にある。


「まずは弟サイレウスの件、ありがとうございます。そして妹ユリウスの件、どうかお許しを。」


「あ、あぁ…え?」


 なぜお礼とお詫びをされているのだろう…。

 正直、真っ先に襲いかかってくると思っていた相手にそう言われると困惑する。

 困惑が伝わったのか、クインが説明を続けた。


「サイレウスは貴方に殺されたのではありません。儀式を失敗させられて死に至ったのです。本来ならきっと我が弟は儀式に成功し、貴方の隣に立っていたことでしょう。昨日、ウキエ殿に聞きました。これからも主犯の男を追い続けると。ならば我らもその手助けをと思います。」


 どうやら弟の仇討ちの手助けをしてくれるらしい。だが俺には1つ気になることがあった。


「…ジャッカはどうする?」


 ジャッカはサイが家名として付けた名だ。だが適当につけた名前じゃない。

 その意味はおそらくウキエさんも知らないだろう。

 クインにはこれだけですべて伝わったのか、ニヤっと口角を上げる。


「ちなみに、主(あるじ)様はサイレウスからどこまで聞いていますか?」


「…どこまで…たぶん目的はすべて。発端は知らない。」


「…サイレウスは発端を知りません。なるほど、弟は貴方を本当に信頼していたようだ。」


 クインがウキエさんの様子をチラっと見た。

 ウキエさんはなんの話か分からず、眉根を寄せている。


「私のカンですが、我らが目的を果たすのにも、主様につくのが近道かと判断します。」


「なるほど。…わかった。受け入れる。」


「ありがとうございます。」


 クインの後ろに控えているユリウス。

昨日俺の腕にヒビをいれた女傑だ。身長は俺と大差ないが、昨日と違い敵意のない目を向けてくれている。サイと同じ色の耳に、後ろ髪を1つに縛っている。普通の細身女性に見えるけど、さすが獣人だけあって力は俺よりあるんだろうな。

 そして他の3人が同じように頭を下げた。黒い毛並みに茶色い毛並み、そしてグレーの毛並みをした3人だ。確かサイとは兄弟出はないが、この三人は兄弟らしい。サイ達と違って毛並みがバラバラなんだなと少し疑問におもった。

 まだ割り切れないんだろうか。表情は少し硬い。

 だがクインの決定には従うようだ。


「ちなみに、サイは兄や姉の隠れた趣味趣向や。その三兄弟のヒミツも話していたが…。」


「ふぇ!?」


「「「なっ!」」」


 昨日の仕返しではないが、いたずらっぽく、声をかけると、後ろから変な声が上がった。


「その話は後日ゆっくり話すとしましょう。」


 苦笑しながらクインが取りなす。

 彼らが武官ということは…残りのアフとマウの遺族は…。

 と、意識をクインから逸らして左を向くと、真後ろのすぐそばにマウの妹、リザがいた。


「おわっ!」


 驚いて声を上げてしまった。

 気配がまったくしなかった…いつから真後ろに立っていたのだろう。もし暗殺が目的なら完璧だ。

 距離もほぼ密着に近い距離だった。


「私も、武官として仕える。」


「あ…ああ、ありがとう。リザ…だよな?」


 コクりとうなずき、それだけ言うと、すっと離れていく。

 本当にいつから居たんだ?

 気配を消すのうますぎる…。あの距離でしかも背後をとられるなんて…。

 彼女もクインと似たような理由なんだろうか?兄の仇討ち?


「私達は使用人としてお使えさせて頂きます。こちらは妹の翠(すい)です。」


 考えがまとまる前にそう声をかけてきたのは確か、珀(はく)だ。

 双子なのか、全く同じ顔の翠(すい)とともにペコリとお辞儀をする。薄赤いショートヘアの髪と、透き通るような白い肌。目の色は青く、アフを思い起こさせる。

 それにしても、同じ顔なのに、表情がえらく違う…。

 珀(はく)はどちらかというと明るく、接しやすいが、翠(すい)はほとんど表情が無だ。

 何を考えているのかわからない…。というか声を一度も聞いていない気がする。


「あ、はい。よろしくお願いします。」


 なんとなく敬語になってしまったが、珀(はく)はクスリと笑って翠(すい)と共に下がっていった。

 ウキエさんが隣にきてまとめてくれる。


「一応なんですが、皆、帝国に忠誠を誓っているというわけではありませんので、使用人はともかく、武官は近衛とした方がいいでしょうね。」


「近衛?」


「はい、武官として第四師団に入るには一度国軍に入らねばなりません。そこからの配属ですので、国の意向で移動もありえます。しかし近衛ならば師団長の私兵に近い立場ですので移動はありませんし、忠誠の対象も師団長で問題ありません。給金も国から師団長経由で支払われますし。」


「なにか申請とかが必要で?」


「私のほうでしておきましょう。」


「住む場所なんかも任せていいです?」


「ええ、というか、もともとこの建物は近衛の兵舎も兼ねてましたので、ここでいいのでは?近衛なら師団長のそばにいる必要がありますし。」


「わかりました。任せます。」


 そういうとウキエさんはさがっていった。


「じゃあ、とりあえず解散かな?食堂にいくからよければついでに中を案内しようか?」


 その言葉にウキエさんが足を止めた。


「みなさんは生活する準備もありますので解散ですが、師団長は違いますよ?」


「…え?」


「今日はこの後、国王との謁見。更に他の師団長への紹介。更に更に南部貴族たちへの顔見せもあります。」


「……。」


「ちなみに、明日は午前中に予算取り、昼からは残った人員の編成。それに伴う事案の洗い出し、国軍へ提出する資料の作成から報告……etc」


 ウキエさんの予定朗読は1週間先まで続いた…。


「ウキエさん…その、家に返る時間とか……。」


「家?何を言ってるんですか?ここの最上階に先代も使っていた執務室があります。隣は寝室に直結。トイレは逆側。風呂もその横と完璧な配置です。」


「…ここに住み込んで仕事をしろと?」


「一応、候補の頃にも学んだかと思いますが、それだけでは足りません。短期間で完璧に覚えてもらいます。そうでなくとも先ほどの宣言のせいで人員は不足しそうですから。」


 先ほどの宣言とは第四師団を辞めたいやつは別の働き先に行けという内容の宣言のことだろう。

 …早まったかもしれない。


「先代は自分の屋敷に帰っていたんじゃないんですか?」


「自分が知る限り、ほとんどこの屋敷にいましたね。」


「……そうですか。」


 俺は大きなため息をつきながら、ウキエさんに従って歩き始めた。

 部下になるから人前で敬語を使うなと言っておきながら、力関係はあまり変わっていない気がする。

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