第38話 恨みの矛先

 今日もまた、森から出てくる魔物や魔族がいないか見回る。

 そして魔物がいれば狩り、いなければ次の巡回まで待機する。


 こんな生活をもう2年以上も続けている。

 シュイン王国最南端の砦が私達の生活の場だ。

 といっても自分たちの意思じゃない。

 私は奴隷。亜人奴隷だ。


 同じ亜人奴隷同士でチームを組み、魔物がいないか巡回する。

 何度か魔物には遭遇しているが、今のところ魔族と遭遇していないのは運がいい。

 さすがに集団の魔族が相手だとただではすまないはずだ。

 たしか2年前に大きな進行があり、そこでこの国の偉い奴等がたくさん死んだらしい。

 魔族の森が広がるこの最前線を守っていた奴等だったときいている。


 今は私達のように奴隷でも戦闘能力が高い亜人が見回り、つまりは捨て駒として使われるらしい。

 見回り以外は薄暗い地下で雑魚寝。

 食べ物ももらえるが、量も少なく質も悪い。

 奴隷なので堂々とは言えないが、みんな大抵見回りの時に何かを獲って食べているらしい。

 食事量まで人族奴隷を基準にされては困る。全く足りないというのに。


 だがこの生活ももうすぐ終わるはずだ。

 もうすぐ家族が迎えにくることになっている。

 あと3日で迎えに来ることになったらしい。

 私の弟本人が言ってたわけじゃなかったけど、別の家族の人が教えてくれた。

 私の家族以外にもここには二つの家族が同じ境遇で奴隷になっている。

 人数こそ私の家族が一番多いけど、長く見回りなどをやってきた仲間だ。

 聞けばやはり同じ境遇。家族が国と取引をして、私達を奴隷の身分から解き放つために働いてくれているらしい。


 私もだが、教えてくれた家族の人達もすごく喜んでいた。

 そりゃそうだ。私も自由になれるのは嬉しい。

 もともと犯罪を犯したわけでもないのに、奴隷身分に落とされるのは納得がいかなかった。

 他の人はどうか知らないが、私達は盗賊に襲われた後の村で、残った食料や衣類を分けてもらっていただけだ。持ち主がいないんだからいいじゃないか。

 運悪くその場面で国軍に見つかってしまい。結果として奴隷身分に落とされて、最前線で危険な仕事をさせられている。

 そんな私達を救うべく、私の弟は国軍と取引をした。

 あちらから持ちかけてきただけあって中々いい条件だったみたいだ。全く良くできた弟だ。

 難しいことは私にはわからない。私は兄と違って考えるのが苦手なんだ。


 とにかく、明日には私達は自由になる。

 そう思うだけで、きつい見回りの仕事も鼻歌交じりにこなせるってもんだ。


 しかし、次の日、私達の前に現れたのは家族ではなかった。


 ローブで顔を隠した奴が、私達の契約主と一緒に来た。

 契約主と会うのも久しぶりだ。たしか名前はウキエといったはず。

 このローブのやつはウキエより偉いらしい。話し方こそ丁寧だが、ウキエに命令している。

 フードで顔は見えないが、なんだろう。周りの兵士達もそわそわしているところをみると偉い奴なんだろうか。


 ローブをまとったやつが私達を地下から出し、馬車に乗るよう告げる。

 ウキエに促されて私達は全員馬車に乗った。

 どうやらどこかに運ばれるらしい。

 私の家族のうち、馬鹿三兄弟は「ついに開放だ!」っと喜んでいるが、兄様は難しい顔をしている。

 他の家族も不安そうだ。

 この馬車の先で、弟は待っているんだろうか?

 ゴトゴトと馬車に揺られながら、何度か休憩を挟みながら馬車がついた頃にはもうすっかり深夜になっていた。

 朝この馬車に乗ったから、かなりの時間を移動したはずだ。

 馬車から下ろされると、そこは大きな屋敷の前だった。

 広い庭もあり、その敷地内に馬車は止まっている。


 ウキエに促されて、建物の中に全員がはいっていく。

 立派な屋敷だ。だが不思議と人の気配がない。

 掃除はされているようなので、誰もいないということはなさそうだが、物音もしない。


 私達は大きな部屋に通された。

 何十人と入っても狭さを感じないぐらい広い部屋だ。

 部屋は暖炉があり、暖かく、豪華な作りに見える。


 そこには馬車に乗る前に見たローブの奴も立っていた。

 ウキエの指示で家族ごとに集められる。


 ついに弟に会えるのかと期待した私に告げられたのは、最悪の言葉だった。


「左から、マウエン、亜歩、サイレウスの遺品だ。そして、貴方達は明日の昼過ぎに奴隷の身分から解放される。身の振り方など、なるべく希望に添うので考えておいて欲しい。また今晩はこの大広間で夜を明かすように。細かなことはウキエさんからこのあと話がある。」


 青いローブの男は感情を感じさせない声で私達に指示を与えた。

 だが、後半の言葉は頭にはいってこない。

 この男は言ったのだ。…遺品だと。

 サイレウスが死んだと言っている。

 私を始め、他の家族たちも言われた遺品の前にフラフラと移動し、置かれたものを確かめる。


 マウエンの妹は遺品を手に取らず、呆然と立ち尽くしている。

 亜歩の姉達は遺品を手にとり泣き崩れた。


 私は…兄が手に取るものを目で追いながら、無意識に聞いていた。


「サイレウスが死んだ…?なぜ?」


 私は答えを求めていた訳ではない。

 だが、ローブの男は答えた。


「…俺が殺した。」


 その言葉で私は気付ばその男に飛びかかっていた。

 体が獣化したのがわかる。力がみなぎり、鋭い爪が伸びる。私は全力で右腕からの一撃を放った。


 ローブの男は左手を盾にした。


 私の拳が男の左腕を砕く感覚を得る。

 続いて喉元を逆の手で切り裂こうとした私の身体は強制的に止まっていた。


「やめなさい!」


 首だけを声のするほうに向けると、ウキエが魔法を発動していた。

 知っている。これは奴隷の動きを強制的に止める契約魔術だ。

 私の身体は意に反して動きを止める。


「グゥぅぅぅ!」


 私がどれだけ力を入れようとしても、身体に力が入らない。


「殺してやるっ!」


 私の遠吠えを聞いても目の前の男はじっと私を見つめるだけだった。


「ユリウス、下がれ…。」


 いつの間にか私の後ろに兄様が立っていた。


「兄様!なぜ止める!」


 私は食ってかかる。


「今はやめろ。どうせ奴隷の身分では何もできん。」


 兄の言っていることはわかる。

 だが、私の頭は冷えない。

 よく見ると、私の後ろには、同じように青ローブの男に飛びかかろうとしたのか、馬鹿三兄弟も契約魔法で動きを止められていた。

 兄は目の前の男を睨みつけると、私達を抱えて、サイレウスの遺品の前に戻った。


「ウキエさん、もういい。」


「…もう少し言葉を選んでください。」


 ウキエが魔法の行使を止める。

 もう一度飛びかかろうかとしたが、兄が邪魔をしている。


「ウキエさん、それじゃあ、後を任せるよ。」


 そう言うと、ローブの男は何事もなかったかのように、扉から出て行った。

 代わりに、ウキエが私達の前に移動する。


「詳細は言えませんが、マウエン、亜歩、サイレウスは死亡しました。本人たちの意向により、遺品はお納め下さい。先ほども説明がありましたが、貴方達の犯罪歴、奴隷身分は解除されます。今後の身の振り方を考えておいてください。なるべく我々も力になります。あと、今晩はあちらを使ってください。」


 部屋の片隅に積まれた毛布を指差し、「それでは。」とウキエが頭を下げた。


「本当にあいつに殺されたのか?」


 退出しようとしたウキエを呼び止めるように私は質問を投げかけた。

 だが、私の質問にウキエは答えない。


「兄もか?」


 マウエンの妹も私に重ねて疑問を口にする。

 だが、ウキエに答える気はないようだ。

 ウキエの後ろに控えている男達に目を向けたが、目をそらされるだけだった。


「ユリウス、これは・・・。」


 兄様に名を呼ばれ、私はそちらに目を向けた。

 手に持っていたのは隠し玉だ。

 隠し玉は私達の集落でよく使われていたもので、置物や装備のどこかにスペースを作り、そこに財産や薬などを隠すことができる技法のことだ。

 例えば兄の使っている剣、柄の先をある一定の速さで3回叩くと、高価な魔石がいくつか出てくる作りになっている。奴隷になっても剣は没収されなかったので、魔石も中にあるままのはずだ。

 そして今、兄が持っているのは猪の置物だ。

 サイレウスの遺品の中にあったのだろう。これは弟が欲しがったからあげた、元は私のお気に入りの小物でもある。隠し玉の細工もあるはずだ。

 兄はすでに中身を取り出したようで、それを私に見せてくる。


「記憶石だな。」


「サイレウスが私達に?」


「わからん。」


 そういうと兄は記録石に魔力を込める。


 私達の前に、サイレイスの姿が浮かんだ。

 机に座り、記録石を手にもっていた。

 ベッドがあるだけの簡素な部屋、その部屋で、サイレウスが声を出す。


「えっと、兄貴、姉貴、それに馬鹿兄弟、見てるか?これを見てるってことは俺は死んだということになるんだが…。」


 そう言うと、サイレウスは頭に手をやり、少し考え込むしぐさを取った。


「これは…。」


 ウキエが目を丸くしている。

 記録石のことは気付かなかったようだ。

 亜歩の姉達やマウエンの妹もこちらを見ている。


「まぁ詳しくいえねぇんだけどな。俺はこの国の偉い人と取引をした。死ぬかもしれねぇ危険なもんだ。もちろん死ぬ気はねぇが、念の為にってこれを残している。あ、そうかこれを家族が見てるってことは俺は死んでるか、動けないような状況ってことだな…。えーっと、まず何から言えばいいか。とにかく俺は納得して今の場所にいる。俺に何かあったとしてもそれは合意の上だ。だから国やウキエを恨むんじゃねぇぞ。」


 映し出されたサイレウスの後ろの扉からトントンと音が鳴る。


「それにな…。」


「サイ、起きてるか?」


 扉の向こうから声がし、サイレウスが驚いて扉の方を見る。


「レイ!?ちょっとまて!」


 サイレウスがそういうのと、扉が開くのはほぼ同時だった。

 中に入ってきたのはさっきまで私が殺そうとしていた男だ。

 顔に魔法陣のようなものがついているが間違いない。


「何してたんだ?」


 サイレウスが記録石を背に隠した。


「いや、なんでもねぇよ?それよりどうしたんだ?飯か?」


 弟は嘘が下手だった。

 どうやらそれは変わっていないみたいだった。


「まぁそんなとこだけど、何隠してるんだ?」


「なんも隠してねぇよ?ほら、すぐ行くから先行ってろよ。」


「ふーん?」


 サイレウスの隠したものを見ようと、レイと呼ばれた男が回り込もうとする。

 だが、レイの動きにあわせてサイレウスも見せまいと回る。


 なつかしい…私も弟と同じようなことをしたことがある。


 ちょうど2人の位置が逆転した時に、扉からひょこっと、別の少年が現れた。


「亜歩…。」


 そう呟いたのは泣き崩れていた妹のほうか、姉のほうか。

 扉から登場した亜歩はそっと、音を立てずに後ろから近づき、サイレウスの手元を凝視する。


「これ、魔結晶?いや、ちがうな…あ、そうか、記録石だ!けっこう大きいけど、何に使うの?」


 サイレウスがビクッと震えてから後ろを見て、驚いて亜歩とレイから記録石を隠そうとする。


「おまっ!いつの間に。」


「遅いよ…。何か記録してたんでしょ?なに?日記?」


 私が見ているのは、間違いなく弟が記録したものだろう。

 これはどういうことだ?

 弟を殺したという男も、同じく死んだ亜歩という少年も、サイレウスとはとても仲がいいように見える。

 広く浅い付き合いしかできなかったサイレウスが上辺ではなく、本当に信頼している相手に見せるような表情を浮かべているのはなぜだろうか?

 …本当にサイレウスはあの男に殺されたんだろうか?


「ったく、邪魔すんなよな。」


 サイレウスが2人に記録石を見せる。


「で、何記録してたの?やっぱり日記?」


「なわけねーだろ?…いや、なに。もう明後日には儀式だろ?万が一の場合だってあるだろ?」


「…遺言ってこと?」


「…いいだろ?別に。」


「暗いねぇ…。ていうか約束忘れたの?そんなのなくても大丈夫でしょ?」


「まぁ、そうなんだけどよ。うちのやつら、納得するか怪しいからな。」


「なるほど…。」


 どうやらここに映っている3人は同じ境遇で、命をかける儀式を受けるのだろう。

 そして、亜歩という少年が言った”約束”とはなんなのだろう?


「開けっ放しで何してるんだ?」


 扉からまた1人入ってきた。

 背の高い男だ、おそらく、マウエンだろう。彼の妹が息をのんだのがわかった。

 彼はそのまま亜歩の横をすぎ、レイの横に移動して肩を組んで寄りかかる。

 俺も混ぜろといわんばかりの行動だった。


「あ、マウきいてよーサイのやつ、記録石つかって日記書いてるんだよ?意外と少女趣味じゃない?」


「な、何言ってやがる!」


 サイレウスが慌てて否定している。

 本当に、からかわれやすい子だ。


「魔力途切れたらそこで記録終了なんじゃないのか?」


「おっと、あぶねぇ!」


「俺たち先に食堂行ってるから、サイは日記書き終わったら来いよ。」


「あぁ、日記を書き…って違うわ!レイお前もか!」


 サイレウス以外の3人が笑いながら部屋をでていく。


「何を食べる?」


「あと2日しかないからな。それまでにマウに勝たないと…。」


「レイは意外と強情だよね…マウと大食いで勝てるわけないじゃん…。」


「今日は吐くなよ?」


「ふふふ…上から目線のセリフも今日までだからなっ!マウ!それにアフ!やれば出来るってとこを見せてやるからなっ!」


 声が遠ざかっていく。

 サイレウスは再び、記録石を見ながら、机に座りなおす。


「あれが、今の俺の親友だ。…俺と同じ境遇で、同じリスクを負ってる仲間だ。たぶん、この映像を見てるってことは、今の3人のうちの誰かか、もしかしたら全員かもしれねぇな。そこにいるだろ?そいつらがみんなの面倒を見てくれる。生き残った奴が死んだ奴の大事なものを守る。俺たちの約束。いや、誓いだな。」


 サイレウスは本当にその親友に殺されたというのだろうか?


「兄貴、姉貴、悪いな…。そこにいる俺の親友が力になってくれるから、群れの家族を頼むな。それと…なんでだろうな。レイ、いやアレイフ、お前は間違いなくそこにいる気がする。マウやアフも言ってたが、お前だけはなぜか失敗しないような気がする。だから特にお前に頼むよ。」


 サイレウスが最も信頼していたであろう人物は先ほどのローブの男だという。

 私は頭の中がごちゃごちゃになってきた。


「ごめんな。全部お前に丸投げだ。でも俺の大事な家族を頼む。…親友よ。」


 そこで記録石の映像は終わった。

 私はもう一度ウキエの方を向き、聞いた。


「本当にあいつに殺されたのか?」


 私の質問に、視線がウキエに集まる。

 ウキエは目をそらした。


「ウキエ様、やはりこれでは3人が浮かばれません。」


「機密とはいえ、彼らの家族には知る権利があると思います。」


 耐えかねたように声を出したのはウキエの後ろに居た2人だった。


「彼らとて、信頼する友人が家族から恨まれることをよく思うわけがありません!」


「今ならここにあります、我々が目を瞑るだけではないですか!」


 2人の言葉にウキエが顔を歪ませる。


「わかっているのですか?これは国家機密です。まだ認定されていないとはいえ、重罪ですよ?」


「せめて、彼らの意思に報いるべきかと!」


「我らとてウキエ様と同じく、2年も彼らと一緒だったのです!このような終わり方でいいはずがありません!」


 ウキエがしばらく目をつむり、考えるしぐさをとった。

 そして、私達の遺族の顔を順に見回す。


「私は今、マウエン、亜歩、サイレウスが死んだ時の映像を記録石に持っています。これは国家機密になる予定です。見ただけで拘束対象となる可能性すらあります。見せた私達もですが…。それでも見たいですか?見たいものはついて来て下さい。」


 そういうと、ウキエが扉から出ていこうとする。

 私は兄と頷きあって、後に続いた。

 結局、全員がウキエの後を付いていった。


「結局全員ですか…それではこれから神格者を生み出す儀式の様子をお見せします。気分が悪くなったら先ほどの部屋に戻ってもらってもかまいません。」


 そういうと、ウキエは大きな記録石を手に取り、魔力を込めた。

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