第34話 再会 上
馬車の扉が開き、外には護衛が数人立っている。
アフが先に馬車から降り、続いてトリッシュとマインが降りた。
最後にレイが馬車から降り、ドミニク園の方から、1人の執事風の男性が戻ってきた。
「トリッシュ殿下、園の方には来訪を伝えました。」
「ご苦労様、行ってきますので、皆さんはここで。」
「お気をつけて。」
そういうと、執事風の男は頭を下げて、トリッシュ王女を見送る。
本来なら護衛は必須。しかしここにいる兵士や執事は、アフとレイだけで十分すぎる護衛ということを知っていた。
むしろ邪魔になる可能性を考え、孤児院の外で待機する。
トリッシュ王女とマイン王子が並び、後ろをアフとレイが着いて行く。
玄関に近づくと、急に扉が開き、焦った様子で数人がでてきた。
だが、大人はいない。
孤児院の上級生だろうかと考えつつ、とりあえず、トリッシュ王女が挨拶した。
「突然の来訪、失礼します。」
トリッシュがそう告げると、一人の女性が前に出て、頭を下げた。
「ご、ご来訪されるのが王女殿下とは知らず、本日責任者は会合により席を外しております。誠に申し訳ございません。」
「あら、そうなのですか。こちらこそ急な来訪を受けてくださってありがとうございます。責任者不在とのことですが、見学はできますか?」
「は、はい。私が案内させて頂きます。私はイレーゼと申します。」
「そうですか。よろしくお願いしますね。私はトリッシュ・ルクトル・フォボライマ、この子が弟のマイン・ルクトル・フォボライマです。あ、堅苦しい礼は結構ですよ?」
そういうとトリッシュ王女はイレーゼに微笑みかけた。
イレーゼは完全に笑顔が引きつっている。
もともと貴族の訪問であれば、軽く孤児院の施設を説明し、子供達の遊ぶ様子や勉強する様子を見せるだけでいい。礼儀作法もわかる。だが、相手は王族…(王族への礼儀作法って何!?貴族と同じでいいの!?同じものを見せていいの!?)と、頭の中では酷く混乱していた。
「では、さっそく見せて頂けますか?」
「はい、ではこちらへ。」
年長組に目配せをし、見学用に子供達を管理するよう中に入れる。
そして案内のため、自分も中に入ろうとして、トリッシュ王女とマイン王子の後ろにいる人物にはじめて目がいった。
仮面をつけた2人組がいる…。
護衛がつくのは当然。しかし、今はそれが問題ではない。
サイとマウという2人組はこの前会った。
その2人とは違うということは、この2人がアフとレイなのだろうか?
そう、アレイフではないかといわれているアフが目の前で浮いている。
確かに背格好はアレイフのような気がする…。だが確証が持てず、イレーゼはしばらくアフを見つめていた。
じっと見ているイレーゼに、王女が首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いいえ…。大丈夫です。」
「あぁ、この2人は護衛です。仮面をつけていますがお気になさらず。」
「…はい。」
イレーゼは頭を切り替えて、案内を開始した。
まずは子供達の勉強風景だ。この時間はちょうど魔法の勉強をしている。
「この孤児院では一定の年齢になった子達に簡単な魔法を教えています。」
「魔法をですか?」
トリッシュ王女は驚いた。他にも孤児院の見学には何度かいったが、子供に魔法を教えているというのはここがはじめてだった。
「はい。15歳になれば皆卒業となります。その後の人生でも魔法は特に役立ちますので、園長の方針で簡単な初期魔法だけを教えることにしているんです。」
「今、教えていらっしゃる方は…まさか、エルフの方ですか?」
そう、現在、扉の窓から室内を見ている一向からは魔法について学ぶ2人の少年少女と、前で授業をしているハーフエルフ、ララの姿があった。
「本当は園長が教えていたんですが、最近は私の友人が講師をしてくれているんです。エルフではなくハーフエルフですね。」
「それは…すごいですね。」
「はい、本当に助かっています。」
トリッシュ王女が食い入るように授業風景を見る。
孤児院で魔法を教えることも珍しいのに、講師がハーフエルフなんて聞いたこともない。
そもそも、トリッシュ王女はエルフという種族を見たことさえなかった。
「耳が長いんですね…。見た目は子供ですが、実は私より年上だったりするんでしょうか。」
「そうですね。年齢は…おそらくトリッシュ殿下の倍以上かと。」
感心しているトリッシュ王女とは違い、マインは首を傾げている。
「エルフって?」
その質問はトリッシュ王女はイレーゼの方ではなく、アフとレイに向けられていた。
マイン王子は絶賛人見知り中だ。
「人族と違う種族のことだね。魔法、特に風魔法に特化した種族で西の方の大森林に集落があるとかないとか言われてるよ。まぁ人族との違いは耳と肌の色、あとは長寿ってことぐらいじゃないかな。」
答えたのはアフだ。
マイン王子はへぇーっと呟きながら、もう一度、授業を行うララを見ていた。
アフの声を聞き、イレーゼは目を見開く。
その声は…昔聞いたアレイフの声に酷似していた。
仮面で少し声がくぐもっているので確信はもてないが、似ているのは間違いない。
じっとイレーゼがアフの方を見つめる。いや、睨みつける。
「ん?どうしたの?」
アフがイレーゼの視線に気づいた。
「いえ。…次は大広間を案内します。」
イレーゼは何事もなかったかのように案内を継続する。
「大広間ではまだ幼い子達の知育をしています。簡単な絵本を読み聞かせたり、積み木で遊ばせたり。もちろん年長者が何人か世話についています。」
イレーゼの説明に、トリッシュ王女は関心したように何度もうなづいている。
その後も、施設の見学を続け、最後は裏庭が見える通路に差し掛かる。
「最後になりますが、ここが裏庭です。のびのびと遊べるスペースがあり、また貴族の方々の有難い寄付によって遊具もいくつか設置できています。」
ボールを使って遊んでいる子供達や、組み上げられた矢倉のようなところに登っていく子供達、みんな楽しそうに遊んでいる。
「あの方は…獣人の方?」
「あ、はい。彼女はミアといいます。先ほどのララと同じく、私の友人でたまにこうして子供達の相手をしてくれているんです。」
トリッシュ王女が指した方向には子供達と追いかけっこをするミアがいる。
何人もの子供達を追いかけ、捕まえると抱き上げてクルクル回っていた。
「楽しそうですね…。」
「あの、獣人と言いましても、彼女はハーフでして。」
「大丈夫です。私は亜人差別者ではありません。」
トリッシュ王女が笑顔を向ける。
残念なことに、この国の貴族には人族以外を毛嫌いする人も少なくない。
実際に、南部や西部で亜人に攻められる等の被害を受けた経験がある貴族たちなら尚更だ。
「そういって頂けると助かります。」
イレーゼの答えに満足したのか、トリッシュ王女は再び庭で遊ぶ子供たちに目を向けた。
それを見たイレーゼは再びアフを睨みつける。
「…ねぇ。」
耐えかねてアフが声を上げる。
「さっきから何か睨まれている気がするんだけど、僕、何かした?」
トリッシュ王女もイレーゼの方を見る。
「いえ、知り合いに似ているので…。」
「アフがですか?」
トリッシュ王女もアフとイレーゼを見比べる。
「いや、僕とあなたは初対面だよ?」
「…初対面?」
イレーゼの顔が厳しくなる。その言葉はイレーゼの心に突き刺さった。
「イレーゼさん、アフとお知り合いなのですか?」
「はい…おそらくは。」
「いや、知らないよ!?」
トリッシュ王女の問いに対するイレーゼとアフの答えは真逆。
全員の視線がアフに集まる。
「え、本当だよ?初対面だって。」
しかしイレーゼは睨んだまま、少し目尻に涙が浮かんでいる。
アフは慌てふためいているが、それまで空気だったレイがアフに近寄り何か呟いた。
「え?…あ、そうか。忘れてた…。確かにそうかも。」
何かに納得したようなアフ。
「えっと、詳細は言えないんだけど、僕の特性というか体質?で周りの人に初対面とは思われない。っていうのかな。親しみやすいというか…。そういうのがあるから勘違いしているんじゃないかと…。」
この説明をこのタイミングで聞いて、納得する人が果たしているだろうか。
少なくともこの場にはいなかった。
年少のマインですらアフに疑いの目を向けている。
「少し、話をさせて頂いても?」
イレーゼがトリッシュ王女に確認を取る。
王女は「どうぞ。」とだけ答えて静観することに決めたようだ。
「どうして嘘をつくの?」
イレーゼがアフに詰め寄る。
「え、いや、だから…。」
アフは困ったようにアタフタするだけ。
だが、そこにさっきまで遊具で遊んでいた2人組の少年少女がイレーゼとお客様を見つけて挨拶をしにやってきた。
2人は行儀よくトリッシュ王女やマイン王子に向かってお辞儀をする。
見学中は礼儀正しく接することを教えられているからだ。
トリッシュ王女やマイン王子もそれに答える。
後ろではイレーゼとアフが修羅場中だ。
だが、挨拶のきた少女の言葉が、広場の子供たちの視線を一気に集めることになる。
「あ、アレイフ兄ぃがいる。お帰りなさい。」
彼女が見ているのはトリッシュ王女とマイン王子の後ろ。
アフは「えぇ!?」っと驚きの声を上げる。
そして広場にいた子供達がみんな集まってくる。
「あ、本当だ。」
「お帰りなさい。」
「あそぼー。」
「飴玉欲しい。」
皆、笑顔で寄ってくる。
これにはトリッシュ王女もマイン王子も疑問を確信に変え、アフの方を見た。
「機密やなにやらあるかもしれませんが、いい逃れできない状況ではないですか?」
トリッシュ王女は助け舟を出す。
これはアフがウキエからの指示で身元を隠しているのだと擁護していた。
一方、アフは更に焦る。
「いや、違うから!本当に!」
そして、次の瞬間。
「アレイフにゃ!」
そのセリフとともに、ミアはアレイフに抱きついた。
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