第7話 この私、その私、あの私、どの私


背中を丸めて座っていた井上教授は私が来たのに気づく。




井上教授も、ほかの浮浪者オヤジの例にもれない。


頭を上げるとき、視線がだんだん上を向く瞬間、スカートから覗く私の太ももを一瞥するのだ。男には抗えない絶対な領域だ。


そして何もなかったように私の顔に焦点を合わせる。

どんなに優秀な頭脳を持とうとも絶対に例外はない。





こうなったら知らない人のつもりでやり抜くしかない。


「はじめまして~っ↑↑あゆみですっ!よろしくお願いします♡」


この"あゆみ"はJKのあゆみであって、大学院生の"あゆみ"ではない、と心に言い聞かせる。が、いつもより声が上ずってしまう。



やや間を空けて


「あぁ、あゆみちゃんっていうの。よろしく」


と、まるで自分が意図せずこんな店に来てしまったのかのような素振りだ。



しかし、とりあえず井上教授は気づいていないようだが、いや、気づいていながら敢えて知らないフリをしているのかもしれない。それにしても、修論の面談のときよりも物腰柔らかい言い方だ。所詮、東大教授の肩書がなければ、コイツもただのオヤジなんだ。


「じゃあ、マッサージしますので、うつ伏せになってください」


教授は体を重たそうに動かしながらうつ伏せになる。頭頂部はやや頭皮が見えているが、ハゲというほどでもない。年齢相応だ。


「背中に跨りますけど、大丈夫ですか~?」

「ああ、いいよ」


教授の腰のあたりに私は跨る。こうやって下半身と下半身を触れ合わせるのが、興奮するらしい。





リフレの接待マニュアル通りに会話を始める。

「今日はお仕事はお休みなんですか~?」

「……まあね、大学の教員だから、毎日休みのようなものだけど」


隠さず言うんだ、と内心で思いつつもJKリフレマニュアルに従う。


「ええ~っ!!大学の先生なんですかっ!!こういうのも失礼かもですけど、めっちゃ頭いいんですねぇ~~↑↑」


と、頭の悪いことを言う。今は、JKのあゆみだから問題なし。



「……ははは」



私のあまりにバカな接待に、呆れた笑いをする。


「でもねぇ……」


やや間が空いて、教授が言う。

「別に大学の先生だからって、頭がいいってわけじゃないんだ」


「ええ!?そんなこと、ないっ、と思いますよぉ??!!」


言い方がキモい。明らかに頭が悪いのはコッチだ。





教授は遠い記憶を思い起こすように言う。


「僕は独身で、最近は何も幸せなんかじゃない。この歳で結婚も、まぁ、ないだろう」



私は肩甲骨あたりを指圧しながらいう。


「ビートたけしさんとか、遅くに結婚されてますよ」


我ながら頭が悪い。よりによって芸能人、それもビートたけし。



「ああ、そうだね。なんていうか、気力がね、ないんだ。」


私はなんて言ったらいいか、一瞬迷いながら、指圧する所を腰に帰る。



「っでも、東大の先生って普通なれないですよっ!私、尊敬しm……っ!」


指圧一回分の沈黙時間ができた。



「なんで東大って知ってるの?」



オヤジの目は、大学教授の目になり、私を突き刺した。


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