第5話 東大@秋葉原

「ちょっと~、あゆみちゃん!」

と、店長がやや怒り気味に声をかけてくる。

「はい?」

状況が飲めない私はややとぼけたような声で返事をする。

「さっきの"やまぴ~"さん、チューオプションつけてたよね?」

「あ……」

そういえばそうだった、と思い出す。

「前金制だからぁ、なんていうか店のほうは困らないんだけど、それじゃお客さんがかわいそうだよぉ~ねぇ?」

「すみません」

これが仕事のプロ意識というやつだ。JKリフレのプロ意識。お金をもらったらちゃんとサービスしなくてはならない。たとえ私が東大生で、相手のオヤジが日雇い浮浪者でも。


「あと、あゆみちゃん、一つ予約入ったから」

「何時でしょう?」

「30分後、"イノッチ"さんだって。90分。」

「了解しました」

なぜ、JKリフレにくるオヤジはどいつもタレント系の名前にしたがるのだろう。と、どうでもいい疑問をもちつつ、控室に少しの休息をしに向かった。



「っあ!あ~ゆ~みぃ~↑↑」

と、天井なしの甲高い声で話しかけてくるのはナオだ。

「よっす、ナオ元気してた~?」

私は普通こんな「よっす」とか、語尾を伸ばすような話し方はしない。ただ、このアホくさい環境ではこんな感じがちょうどいいのだ。

「ちょ~う元気ぃ~ッ!松岡修三ぅ~!」

「あはは」

何でこんなのと同じアルバイトなのか、ありえない。コイツは田舎から東京にのぼってきた専門学生で、学費のためにこのバイトをしているのだ。ってか、学費って何を勉強するんだ、ってくらい勉強なんかしないだろうし、やったところでTOEICのお勉強をするのが関の山だろう。卒業したところで、風俗くらいしか働くところがないのに。

相手に嫌な感じを与えないように、自然にカバンからスマホをだしてゲームに興ずる振りをする。べつにこんなゲームなんかおもしろくもなんともないけど、こんなやつと話さずに済む。防衛だ。


10曲くらい音ゲーをプレイしたとき、次の客の時間が近いことに気付く。たしか「いのっち」という名前だったか。どうせ、ジャニーズなんか程遠い、きもいおっさんが来るのだ。できるだけ、客を物と思ってみたほうがいい。私だって、金のために動く物なんだから。こんなバイトに人間も何もあったものじゃない。



「あゆみちゃん!いのっちさん、ご来店」

店主が呼びに来た。立ち上がる動作と一緒に、スマホをカバンにしまう。

「3番のルームだから、よろしくぅ!」

「了解で~す」

仕事モードだ。心を死なせる。何も考えない。ただ、臭い物体と90分過ごすだけ。ただの、物体だ。人間なんてものじゃない。どうせ、大した脳みそも詰まってない。

タイマーとハンドリフレ用のクリームをもち、3番ルームの前にたつ。

満面の笑みを作り出す。慣れたものだ。そして、まぶしいくらいの高い声を出すのだ。

「いのっちさ~ん、はじめまして~、あゆみですっ!」

と、声をかける。私に背を向けて座っていた男はこちらを振り向いた。


私はこの世をもう去りたいと思った。

客は指導教員の井上教授だった。


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