第11問 誰かのせいにできますか? その①


 僕の中学では年間5回の定期テストがある。

 1学期に中間テストと期末テストの2回。

 2学期に中間テストと期末テストの2回。

 3学期に期末テストの1回だ。


 夏休み前、2年生最初のテスト――中間テストでいい結果を出せた僕は、その次の期末テストで437点を取り、自己ベストを更新した。


 期末テストは平均点が高く、5教科合計400点以上が70人を超えるという異常事態だった。因みに、いつもはその半分以下。


 5教科の順位は30位台に落ちたけど、続けて400点以上を取れたことは自信になる。


 だから、先の夏期講習でさらにレベルアップしたかったけど……どうかな。

 次のテスト、2学期の中間テストをやってみないと分からない。


 いざ勝負!

 ……の前に、新人戦があるんだった。



     * * *



 新人戦。僕たち野球部に限らず、各部活が参加する晴れ舞台。


 そして。


 1個上の先輩たちが引退してから初めて臨む公式戦……ではない。

 

 新チーム初の公式戦は、夏休み中に行われた新人戦のシード決め大会だった。

 結果は――1回戦敗退。記憶から消したい。

 なので、僕たちはこの新人戦にはノーシードでの出場となる。


 1年前、つまり1個上の先輩たちが中心だったときのチームはシード決め大会でブロック優勝したんだよなぁ。それも全てコールド勝ちの圧勝だ。

 なのに、その次の世代がこのザマとか恥ずかしい。


 2学期が始まって間もなく。

 学校のグラウンドにて。


 顧問のテルミが僕たちを集合させ、腕に抱えた紙の束を配り始める。

 その紙に記されていたのは、新人戦の組み合わせだった。


 初戦の相手はテントリ生の二大勢力の一つ、大刀だいとう西中学校。

 僕たち大刀だいとう中学校のご近所さんで、練習試合もよくやる。

 実力は互角くらいだ。


「まあ、1回戦は勝つとして~」

「2回戦はシードの城南じょうなんかぁ」

「城南って永井がいるとこでしょ」

「あいつ攻略できれば勝てるな」


 練習後、自分たちの荷物を置いてある渡り廊下で、部員たちが組み合わせのことを嬉しそうに話している。勝つ気満々だ。


 いや待て待て!

 城南は勿論だけど、大刀西も強敵だろ!


 大刀西には1個下にサウスポーのいい投手がいるんだよなぁ。

 僕たちよりデカいし、打てるし……。


 まあ、戦う前から「ダメだ~」「無理だ~」「勝てるわけね~」ってなるよりはいいのかもしれない。


 そして新人戦はあっという間にやってきて――

 新人戦、前日。


 練習後のミーティングに、テルミが校舎から布の束を抱えて現れた。

 腕の中にあるのは、明日の新人戦で付ける背番号だ。


 テルミを中心に半円状に整列した部員たちが、緊張の面持ちでテルミに注目する。間もなく、背番号1番から順に名前を呼ばれ――


「8番、菱沼!」

「はい!」


 僕は一桁番号をもらうことができた。

 正直自分の実力はイマイチだけど、このチームでは一応レギュラーだ。


 背番号8番ということは……。

 監督は一桁の番号の選手はそのポジション通りに起用するから、僕の明日のポジションはセンターか。


 新人戦のシード決め大会でも先発したし、普段の練習試合も1軍で出ているから多分明日も出番があるだろう。


 新人戦が終わればすぐに中間テストの時期になるけど、今日は大人しく早めに寝よう。


 迎えた新人戦当日。

 1回戦、対大刀西中学校。

 僕たち大刀中野球部を揺るがす事件が起きた――



     * * *



 新人戦当日。

 僕たち野球部はまず大刀中に集合する。今日はみんな自転車通学だ。いつも歩いて30分くらいかかるから助かる助かる。

 全員集まったところで、部長と副部長2人がそれぞれリーダーの3つのグループに分かれる。

 30人以上いる大所帯なので、全員まとまって移動するのは迷惑だからだ。


 部長のナオユキのグループが先に出発し、ある程度の時間を空けてから次のグループが続く。


 目的地は新人戦、初戦の試合会場――大刀西中学校グラウンドだ。

 つまり、対戦相手のホームである。


 僕の市では高校野球の予選でも使われる市民球場の他に、中学校のグラウンドも試合会場となるのだ。


 しかし、大刀西にしちゅうのグラウンドか……。


 このグラウンドは縁起が悪い。


 大刀西のグラウンドは、新人戦とそのシード決め大会、3年生最後の大会である総体そうたいとそのシード決め大会の年4回ある公式戦で、常に試合会場となっている。

 毎度選出される理由はホームベースから両翼までの距離、ホームベースからバックネットまでの距離等が基準を満たしているかららしい。


 僕たちの2個上の先輩たちから数えて、我が大刀中野球部も公式戦で西中のグラウンドを3度使ったことがある。が、通算1勝2敗。

 しかも、その2敗は全て総体でのもの――つまり、先輩たちの引退がかかった試合での敗北だ。

 2個上の先輩たちも、そして記憶に新しい1個上の先輩たちも、ここで涙を呑んだ。


「早く並べー!」

『ぉおい!』


 西中に到着した僕らは、部長のナオユキに促され、グラウンドにいる他のチームから見える位置で一列に並ぶ。


「お願いしゃーすっ!」

『お願いしゃーすっ!』


 部長のナオユキが先陣を切ってお辞儀をしながら挨拶。

 僕たちも声と動きを合わせてそれに続く。


 すると、グラウンドでアップをしていた他のチームの選手たちも動きを止めて、僕たちと同じように挨拶をする。


 野球部あるあるの光景だ。

 もう慣れたけど、最初はびっくりしたっけ。


 挨拶を終えてから、テルミのところまで行き、軽いミーティング。

 その後すぐにテルミの車のトランクに入ったヘルメットやキャッチャー用具を引っ張り出し、一塁側ベンチの方へ移動する。ちんたらしない。


 すると、レフト後方を小走りする僕たちに、たまたま通りがかった西中のキャプテンがにこにこと人懐っこい笑顔で話し掛けてきた。


 部長のナオユキや副部長のカズは、相手のキャプテンと小学生の頃同じ少年団で野球をしていたチームメイトの間柄。


 テルミが目を光らせているだろうから、ゆっくり話す時間はないけど、何やら言葉を交わしている。


 そして僕たちの耳にも話が聞こえてくる。


「今日の試合、勝つから」


 そう言ったのは、相手チームのキャプテンだ。

 おいおい、これスポーツ漫画かよ。

 まあ、僕たちも同じようなこと言ってたけど、よくそんな自信満々に面と向かって言えるなぁ……。


 てか、お互い実力は同じくらいなんだから、そういう台詞は――


「今日はシュックいるから」


 シュレック?


 いや、シュックか。

 誰だよシュック。


 西中の1年にはサウスポーで強打者の子がいるけど、その子じゃないよな。

 前試合したとき、その子いたし。


 僕には全く分からなかったが、ナオユキたち少年団OBが驚いたように顔を見合わせている。


「シュックって誰?」


 僕は少年団OBの一人でクラスメイトのヨッシーに訊ねる。


「小学生のとき同じチームだったやつだよ。今はボーイズでやってる」


 ボーイズ。少年硬式野球団体の一つ。

 つまり、そのシュックとやらは休日は学外のチームで練習している選手だ。


 練習試合は基本土日にやるから、土日に硬式野球をやってる人とは対戦する機会なんてない。そりゃ知らんわけだ。


「上手いの?」

「ヒッシーの数倍は」

「…………」

「小学校のときはレギュラーだったよ。プロ野球のジュニアチームの試験も一緒に受けた」

「で、でも、こっちにはナオユキとカズがいるし!」

「言っとくけど、2人ともベンチだったからね?」

「それは初耳!」


 今日は金曜日。

 硬式野球をやってる子たちもベンチ入りさえしてれば試合に出られる……!?


 よし、こっちもヨッシーとセータを出そう!

 2人とも超上手いし、ベンチを温めさせておくには勿体ない!

 あぁ!? そうだ……。

 2人とも背番号もらえてないんだよなぁ。

 テルミは硬式野球やってる子は試合に出さないって言ってるから。「土日の練習に来ないやつを公式戦で使うのはおかしい。それはダメだと先生は思ってる」とか何とか……。


 で、でも、ヨッシーの話は小学生の頃のものだ。

 時は経ち、ナオユキとカズは中学生になった。

 昔のようには行かないぜ! ジャイアントキリングだ!


「シュック~!」


 すると、チームメイトのセータが、件のシュックとやらを見つけて手を振る。


 で、デカい……。

 マジでジャイアントだ。


 僕は中学2年の4月で身長が163くらいだったけど、その僕から見てもすごくデカい。

 170……いや175は下るまい。


 このシュックさんに加えて、1年生のデカい子。

 西中、2人の巨人。


 突如現れた助っ人に、激戦の予感が立ち込めていた。



     * * *



 試合開始、1回の裏。

 西中の攻撃。


 早速、2人の巨人が襲い掛かってきた。

 まずは3番ピッチャーの1年生が、2アウトからセンターの僕とライトの軍曹(愛称)の間を抜く、ツーベースヒットで出塁。


 ここで打席を迎えたのは4番キャッチャーのシュックさん。


 いきなりかよ! 持ってるな、あの人!

 構えも雰囲気ある。


 シュックさんは右打者。レフトや僕の守るセンター方向に大きいのを飛ばしてくるはず。


 これは定位置より後ろの方で守ったほうがいいな。あとレフト寄りで。


 セカンドを守るカズも振り向いて、僕に「下がれ」と手で合図する。

 了解了解!


 僕の売りは守備。それだけだ。

 特別打てるわけでもないし、足がめちゃくちゃ速いわけでもない。

 守備でチームの足を引っ張るわけにはいかない。守備で貢献するんだ!


 あ、でも、こっちに飛んでこないに越したことはないっす。


 カキーン。


 と、目の覚めるような打球音が響いた。

 大きな放物線を描く打球は、なんと僕の守るセンター方向に飛んでくる……!?


 来るなって思ってるときほど、飛んでくるんだよなぁ!?


 でも、守備位置が功を奏した。


 落下地点を見極めた僕は何歩か下がって立ち止まり――打球をグローブにおさめた。


 スリーアウト、攻守交替チェンジ


 応援に来た保護者の皆さんやグラウンドにいるレギュラー陣、ベンチの皆から大歓声が沸き起こる。


 凡フライ凡フライ!

 これくらい余裕だって!


 でも、チョー気持ちいい!


「ヒッシ~、ありがとう! 今のよく捕ったよ!」


 ベンチに着くと、カズが嬉しそうにバシバシと僕の肩を叩いてくる。

 他のチームメイトからも「ナイスキャッチ!」と褒めそやされる。


 よし、まずは第一関門突破って感じか。


 ……にしても。


 あれだけ定位置より後ろに下がって守ってたのに、そのさらに後ろまで飛ばしてくるとは。


 シュックさん。見た目通りのパワーヒッターだ。


 次の打席以降も抑えられるのか……!?


 <続く>

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