第25話 残したい記憶と記録

 教習所やバイトが毎日入っている訳でもなく、二月に入ると予定の無い日が生まれてくるので、ママと予定を合わせて結婚式場をいくつか回ってみる事にした。

 結婚情報誌を参考にして式場を選んだのだけれど、どこも式と披露宴と貸衣装と写真がセットになっていて、写真だけとなると割高感が否めない。県民共済なるところに入っていると、貸衣装が格安で借りられると聞いたので確認したけれど、衣装を借りるためだけに入ると割高らしい。


 そんなある日、教習中に教官に話しかけられた。

「変な事を聞くけれど、どうして左手の薬指に嵌めているの? 最近の流行か何か?」

「変、ですか?」

「まあ、結婚もしていない子がするのは変よね。願掛けにしても、変だと思うわね」

 制服でも来ていたことがあるし、その時にも何度か乗ってもらっている教官なので、私が高校生なのは覚えていたのだろう。ちょっと悩んだけど変に誤解されるのも嫌なので、人妻であることは伝えおこう。けっして他意はない。

「実は私、一八歳の誕生日に結婚しまして。一緒の部屋で暮らしているんです」

「え? 高校生だよね。もしかして、出来ちゃった婚とか……」

「いえいえ。彼のご両親が亡くなったりといろいろ有って、墓前で式みたいなことをして入籍したんです」

 あまり深い事を言うのも面倒なので、うわべだけを伝えて濁してみたのだけれど、なぜか話に食いついてくる。三十前には見えるけど、見立て通り未婚なのかもしれない。けっして、ケバイとか香水臭いから未婚だと思ったわけでは……。

「へぇ、そうなんだ。結婚式はしないの? それとも友達集めた披露宴だけとか?」

「写真だけは取りたいと思っているんですけど、式場だと高いじゃないですか。探してはいるんですけど、良い所がなかなか見つからなくって」

「隣駅に併設しているホテル、けっこう良いわよ。私も家族だけ呼んで、会食と写真だけで済ませたけれど、かなり安く済んで助かったよ。」

「え!」

「ちょ!」

 思いがけない所で良いアドバイスが貰えて、思わずハンドルを切り損ねてブレーキを踏まれる。教習所の外に出る前で良かった。


「ごめんね、教習中に余計な話をして。これは無かったことにするから」

「こちらこそ良い知恵を頂けて、助かりました。後でもう少し、話を聞かせてもらって良いですか?」

 そんな感じで残り時間は集中して教習を終え、早めに戻った所内の車の中で話を聞く。

「私、赤ちゃんできた途端に捨てられちゃってさ。シングルで頑張って行こうと思って、決意の表れとして出産後に写真を残したんだよ。その時に利用したのがあそこでね」

「写真と貸衣装のレンタルだけも出来るんですか?」

「いろいろとコースがあったから見ておいでよ。紹介者として名前出してくれると嬉しいけどね」

 名刺をもらって紹介と合格のお礼を述べて車を降りると、近くに停車した車から降りた翔真に駆け寄り、ホテルでも写真が撮れる事を話して「帰りに寄ってみるか」と賛同してもらった。


   ◇ ◇ ◇ ◇


 この駅は在来線の乗り入れが多いものの、二駅先には新幹線の乗り入れる駅もあるのに大きいホテルが有る事に疑問は感じていた。教習所で真理佳が聞いてきた話からすると、結婚式場が入っているようで、そちらの需要がからくる泊り客が多いのかもしれない。


 受付でパンフレットでも有ればと声をかけると、そのままティーラウンジへと案内されてしまい、隠してもしょうがないので話を聞いてもらう事にする。二人とも私服なので、まさか高校生だとは思っていなかったのだろう。

「事情が有って入籍は済ませたのですが、学生結婚なので式を挙げる予算も無く、写真だけでもと思っているのですが」

「最近は仲間内だけで披露宴を行うなど、結婚式場を使わない方も多くいらっしゃいまして、当ホテルはそう言った方の要望に沿えるよう、式のみや写真だけ、親族のみのお食事会などのプランをご用意させていただいております」

「レンタルのドレスも用意されているのですか?」

「はい。系列の結婚式場が有りますので、定期的に入れ替えを行ったりもしておりますし、ご要望のシルエットがございましたら、取り寄せることも可能です」

「今日、見せてもらうことは可能ですか」

「えぇ、今係の者を呼びますのでお待ちください」

 予算は、選ぶドレスの種類と写真の枚数で決まるようで、見せられた参考金額の幅がかなり広かった。

 それでも、他の式場で言われていた予算よりは安いようなので、少し覗かせてもらう事にしたのだが、男の僕にはどこに違いが有るのか解らないドレスが大量に並んでいる。そもそも、ウエディングドレスなんて白一色なのだから、大きく違うことは無いのだろう。


 真理佳は一通り見て回り、係の人とシルエットだとかサイズだとかを話し込んでいる。

「良さ気なのは有った?」

「う〜ん、着てみないと何とも言えないけれど、種類は多いかもね。少しデザイン違いの物をお願いしたから、ママと試着しに来てみるよ」

「そうしてくれ、正直に言うと価格でしか違いが判らない」

 週末は、利用者の対応で時間の約束が出来ないとの事で、来週半ばに来る予約をしてホテルを後にする。必要事項を記入した際に紹介者を書き込むと、紹介者に商品券が届くと説明を受けた。


 今日は一人で教習所に来ている。なぜかと言うと、真理佳は母とドレスの試着に行っているからで、僕も教習が終わったら落ち合う予定になっている。

「どうかしましたか?」

 初めて女性の教官が付いたのだが、乗車する前から教官が僕の顔をチラ見するので気になっていた。

「ええっと。君は指輪していないけど、プライベートでは外す人なのかなって」

「はい?」

「いや、ごめんね。奥さんの教習を受け持ったことが有って、少し話をしたものだから」

「あぁ、ホテルを紹介してくれた。おかげさまで今頃は試着中だと思いますよ。普段は指輪を嵌めているのですが、年齢がバレているところでは外しています。高校生で結婚していると知れると、面倒な事も有りますからね」

 随分とフランクな感じの教官だが、年齢が近いせいか?いや、年配の男性ばかりだったから、そう感じるだけかもしれないけれど。

 時間になるまでは話し込んでしまったが、教習が始まると無駄話は一切なく、所定の課題をクリアして教習所を後にする。


 一駅電車に揺られて真理佳の待つホテルに着くと、真理佳達はまだ支度部屋にいるらしくて案内されて向かう。個室になっているらしい部屋にノックの返事を待って入ると、純白のドレスを着た真理佳の他に母と木下さんが居た。

「なぜ君が?」

「息抜きも必要なので、写真撮るのを理由に来てしまいました。もっとも、こんな経験した事ないので興味本位だけどね」

 思わず口に出てしまった疑問に、照れ笑いの木下さんが答える。


「ねえ、このドレスどうかな?」

「可愛い感じだし、似合っているんじゃないかな」

「それじゃ目に焼き付けといてね」

 そう言いながらクルリと回ると、係に人に手伝ってもらいながらドレスを脱ぎだす。

「えっと、気にしないんだ」

 下着姿の真理佳とそれを黙ってみている僕に、ためらいがちに木下さんが呟き、着替え中の真理佳が答える。

「いつも見せてるしね。それより翔真、こっちのドレスは?」

「バッチリ化粧をすれば似合うだろうけど、ちょっと背伸びした感じかなぁ」

「やっぱりか。それじゃさっき着ていたのにしよう」

 どうやら着るものは決まったようなので、木下さんに僕の見解を答える。

「下着姿を気にしない訳じゃないけど、一月以上も同じベットで寝ている訳だし、常に理性を試されている感じだから、いちいち反応しない様にしている」

「旦那様は大変なんだねぇ。誘惑に耐え忍ばなければならないと」

「なんか、私が悪女みたいに言われている気がするんだけど。写真はさっきのドレスを着て、二人で二枚と家族で一枚で良いかな?」

「着物は着ないでいいの?」

「お化粧が濃くなるし、カツラが思いのほか重くって着ないことにした」

 真理佳が納得しているならば口を出すことではないし、父の都合で卒業式の午後に撮影となるから、枚数が多いのも大変と言えば確かだ。


 母を伴って受付へ移動し、渡されたドレスなどの品番を渡して手続きを行う。支払いは当日でも良いと言われたけど、面倒なので済ませてしまう。

「ねぇ、妹だと思っていた人が奥さんになるって、どんな感じ?」

 突然、木下さんからそんな事を尋ねられた。

「幼い頃から真理佳を守る事が僕の務めだった。誰に言われた訳でもないけれど、それが僕の存在意義なんだと思っていた。だから剣道も始めたし、学業も人付き合いも苦にならなかった。今の僕が有るのも真理佳が居てくれたからだと思っているけれど、守るだけの存在ではいられなかったんだよ。だから、始めから妹として見ていなかったんじゃないかな?」

 それで血の繋がりが有ったとしたら、とんでもなくヤバい発言だよなとの自覚はあるけど、今更なので意識の隅に追いやってしまう。


「そっか。最初から沙織ちゃんは、相手にもされていなかったんだね」

「は?」

 なぜここで沙織ちゃんが出て来るのだろう。沙織ちゃんが井口先生を好きなのは、木下さんだって知っているはずだよね?

「実はさ、『好きだった師範が先生になっちゃって諦めなきゃいけない』って相談されたことが有ったの。諦めるには他に好きな人を探すべきだと言って、翔真君の名前を出してね。だけども『いくらアピールしても真理佳ばかり見ている』って言い出して、兄妹が許されるならば教師と生徒でも良いんじゃないかって」

「ああ成ったのは僕のせいだと?」

「違うよ。たぶん諦めきれなかっただろうし、あの二人の場合は必然だったんだよ」

 そうにっこりと笑うと、現れた真理佳に挨拶して帰って行った。とんでもない事を言い逃げた感じだが、真理佳も知っている話なのだろうか?


 結果として、僕は順当に教習所を卒業して一回で免許の交付を受けた。真理佳は三時間ほどオーバーしたものの無事に卒業し、僕の運転する車で免許センターへ行くと、一回で交付を受ける事がでた。二度は無いと言い含めていた甲斐が有ったのだろう。

 僕は待ち時間の間に小型二輪の適性検査を受けて、何事も無く交付を受けた。それもあって車を出したのだが、暇つぶしの無い立地で、待ち時間を有効に使えたわけだ。


 免許も取れた事だから、知り合いの伝手でバイク屋を紹介してもらい、小型スクーターを購入してメットなどの一式も揃えた。まあ当分は二人乗りが出来ないので、真理佳の分は乗れるようになってから買うようだろう。

 ここまでは順調に進んでいた。問題が有ったのは卒業式の朝だった。

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