第24話 未だ続く母の苦しみ

 すでに午後二時を過ぎていて、目が覚めてからだと九時間は経っている。起き抜けに飲んだコーヒーと神社の甘酒、餅一つの雑煮では腹は脹れず、二社目の初詣から家に帰り着くなり、テーブルに出しっぱなしだった御節料理に箸をつける。真理佳は四人分のお茶を淹れて席に着き、特に見るわけでも無いテレビを付けてから箸をつける。


「翔真、教習所はどうだ?」

「順調だよ。全乗車時間を抑えてあるから、オーバーしなければ2月中には卒検に行けるだろうし、バイクの方も取れそうだよ」

「真理佳は大丈夫か?」

「大丈夫、伸びたとしてもパートの時間を調整すれば問題ないし」

「お金も余分にかかるし、免許センターに行くのは電車の乗り継ぎ多くて面倒くさいから、できるだけオーバーしない様にしなよ」

「え、翔真が乗せてってくれれば問題ないじゃん。図書館だから火曜休みでしょ」

「第二火曜日と第四金曜日はね。あとは行ってみない事には何とも言えない」

 そう、内定の出た勤務先は市営図書館だった。学校事務で希望を出していたのだが、年が若すぎるので学校側から敬遠されたようだったと、教育委員会に近い先生から聞かされてはいた。もっとも、若いとはいえ妻帯者が小中学生に手を出すものかと思うのだけれど、全国的に不祥事が続いているので致し方ない。


 図書館と言えば司書の資格が必要だと聞かされてはいたが、併設して会議室やホールが有るので、全ての職員が持っているわけではないらしい。それに、通信制の大学などで資格を取ることも可能だと言われたので、余裕が出来たらチャレンジするのも悪くは無いだろう。

「翔真の休みに合わせるから、免許センターまで乗せてってね」

「母さんだっているだろ、母娘で語らって来れば」

「いやよ。あそこの周り畑ばかりで、お茶をする所も無いもの」

 面倒臭いので、役目を母に振ろうとしたけれど断られてしまった。

「真理佳は身分証明くらいにしか使わないだろうからいいか。翔真は小型の免許が取れたら、バイクで通勤するつもりなのか」

「そうだね、原付だと色々捕まりそうな所が有るから無理だけど、小型バイクなら半分くらいの時間で行けそうだから。遺産から少し借りて一揃え買おうと思っているよ」

 田舎なら良いだろうが、二車線三車線の国道を原付で走ろうと思うと、制限速度や二段階右折など面倒が多い。小型バイクならば車と同じに走れるので、免許が取れたら通勤に使いたいと思っている。

「私の分のメットもお願いね」

「精々、似合わなそうな物を買ってきてあげるよ」

「ふん、嘘ばっかり。絶対にお揃いとか買って来るでしょ」

 なんかバレバレだなぁと思っていたら、父も母も生暖かい目でこちらを見ていた。


「それでも、一年間は二人乗りは出来ないから。乗せられるようになったら、一緒に買いに行こうか。そうだ、来年の実家回りは僕が運転するから、母さんも飲んでいいからね」

「……」

 慌てて誤魔化したら母が黙ってしまった。何か気に障る事を言っただろうか?

「亜里沙、大丈夫だから。二人ともずっと居るから、あまり気に病むな」

「ママ。私たちは何が有っても、ちゃんと戻って来るから」

「そうね、ごめんなさい。お酒を飲むと涙もろくて」

 夏の事件は、僕らにとって地獄の様な経験だった。それは母にも言える事で、三日間は生きた心地がしなかったのだと言っていた。それは僕たちが戻って来て片が付く問題ではなく、未だ帰りを待つ親御さんが居る限り、いつまでも続くのかもしれない。そして苦しみの一端は、僕が男子達の死を明言していない事にもあるはずで言葉が出ない。


「ママ、未だに戻ってこない子が居て、その子達を待つ親御さん達も居るよね。その子達は死んでしまっているかもしれないけれど、戻ってこない以上は親として待つもんね」

 真理佳が席を立ち、母を横から抱きしめながら言葉を紡ぐ。

「だから被害者が出た事を、忘れないでいてあげて。私達もあそこで見た光景や、一緒に連れて行かれた子達の事は忘れないから。それでも前を向いてちゃんと歩いて行くから。だからママも無暗に悲しまないで、行方不明の子が戻る事を願っていてあげて。私達はこれからもママのそばに居るからね」

「パパのそばには居てくれないのかい」

「もぅ、パパがそばに居てくれないんじゃない。もっとママのそばに居てあげても、罰は当たんないと思うけど!」

 和まそうとしたのか父が冗談を言い、真理佳がツッコミを入れた事で、雰囲気がほんの少しだけ良くなった。

 まだ事件から半年もたっていないのだし、誰の心にも傷が残っている。だからこそ願ってきたのだ、その傷が少しずつ癒えることを。傷がいきなり消え失せるのは、更にひどい傷を受けることに他ならないのだから……。


 祖父母への年始回りは、例年と同じく母の運転する車で回る。改めて結婚の報告とお礼を言って、結婚指輪を見せたりクリスマスに外泊したことを話す。

 写真だけども残したいと思っている事を伝えると、祖母は二人共に賛成してくれて、是非とも出来上がった写真を送ってほしいと、念を押されてしまった。それもあってか、最後のお年玉だからと多めに包んでくれて、感謝の言葉も無い。


 正月休みはあっという間で、バイトと教習所通いに追われて、直ぐ新学期が始まる。

 この時期になると、進学者が大半の上位コースは受験勉強対策に追われるが、僕らのクラスは半分弱が就職先から内定をもらっており、何人かは推薦などで大学が決まっている者も居る。残りは就職面接と受験勉強が半々くらいと言ったところか。

 授業の方は、面接対策にと教師が駆り出されているせいで、自習時間が多くなる。

 沙織ちゃんは体育系の短大に合格していて、自習中に結婚情報誌を見たりしている。クラスの連中も文化祭の打ち上げ以降は、先生と沙織ちゃんの仲を察していて、騒ぎ立てる者は居ない。

 木下さんや佐々木さん、神崎などはこれからが本番なので、沙織ちゃんにかまっていられないのも影響しているのかもしれない。

 必然的に、暇を持て余した教習所通いの連中は、交通標識などの暗記などに時間を費やすが、僕はそれすらも終わってしまってノートパソコンをいじっている。


 暇そうな僕を見かねた井口先生が、パソコンを使った仕事をくれたからだ。

「お前パソコンに詳しくなったそうじゃないか、ノートPC貸してやるから生徒の成績を集計するのを作ってくれ。グラフなんかも有ると助かる」

 いわば雑用だけれど、折角だからと凝ったものを作っていて、専門書とにらめっこしながらマクロに挑戦している。暇潰しなので、作っては壊してまた作るを繰り返しながら、スキルアップを実感している。今週さえ乗り切れば、卒業式の予行練習まで学校に来ることも無いので、そろそろ形にしていかなくてはいけない。

 完成させるのは良いのだけれど、これをそのまま渡して、仕組みを理解してもらえるのだろうか?

 まさか卒業後に、ちょくちょく呼び出されることは無いよなぁ。

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