第22話 突然の訪問者

 翌朝は二人して早い時間に目が覚めてはいたけれど、なんとなく起きるのが勿体なくてギリギリまでベッドに居たので、跳ねた髪がどうしても直らない。どうしてホテル備え付けのドライヤーは風量が弱いのだろう、と考えていても意味がないので、髪を編み込み朝食に向かうことにした。


 一階にあるレストランはビュッフェ形式の朝食なので、洋食を中心に少しずつ盛り合わせて席に着く。

「こういう所の朝食って、和食の品数が少ないよな。焼き立てを出せとは言わないけど、いつ焼いたか判らない魚は食いたくない」

 文句を言いながらも洋食中心に取ってきたけど、翔真のその量はとんでもなく多くて、いつもの倍くらいあった。

「しょうがないよ。あ、このスープ美味しい。後でお替りしようかな」

 オニオンスープで体を温めていると、翔真が一点を見つめている事に気付いた。新しいメニューでも出て来たのだろうか。

「ちょっとぉ、最愛の奥様を前にして他の女性を見つめるのは良くないよ」

 そんな冗談を言いつつ、振返って翔真の目線をたどると、向こうもこちらを見ながら近づいてくる。


「えっと、新婚旅行?」

 目の前でそう言ったのは沙織ちゃんで、その後ろには沙織ちゃんのご両親が立っていたけれど、沙織ちゃんの言葉が理解できないみたいな表情をしている。

「おじさん、おばさん、ご無沙汰しています」

「文化祭の時は、差し入れありがとうございました」

 二人して立ち上がり挨拶をすると、固まっていた二人の時間が動き出す。

「「新婚、旅行?」」

 沙織ちゃんのご両親は、沙織ちゃんと僕たちを交互に見ながら疑問を口にする。

「あの、新婚旅行と言う訳ではないのですが、私たち入籍しまして……」

「僕が養子なもので、なんと言うか自然な流れで結婚したしだいで……」

「「おめでとう」」

 お祝いの言葉をくれたものの、沙織ちゃんのご両親は「最近の若い子は……」とでも言いたげな顔で、疲れ切った様子のまま少し離れた席に歩いて行った。


「うちの両親には後で説明しとくけど、二人でお泊り?」

「うん。パパがお年玉の前払いだって、ここの宿泊チケットを送ってくれてね」

「そっか、良かったね」

「沙織ちゃん達はどうして?」

「うちは毎年ここに泊まって、最上階のレストランでクリスマスを祝うのよ。今年はそれだけではなかったけど」

「もしかして、挨拶に来てもらったの?」

「ちょっと有ったけど、何とか認めてもらったわ」

 どうやら、井口先生を引っ張り出せたうえに、付き合う許可まで貰えたようだった。すると、先生も泊まったのかな? さすがに沙織ちゃんと同じ部屋ではないと思うけど。

「まさか先生も泊まっているのか?」

 これ以上は知り合いに合いたくない様で、同じ事を考えていた翔真が問いかけたけど、沙織ちゃんからは笑顔だけが返される。


 それじゃ可哀そうだろうと思って、改めて質問をしてみる。

「先生と同じ部屋、とかじゃないよね?」

「それがね、折角だから家族で祝えと言われてしまって。食事前に時間を設けて話をしたけれど、返事も聞けずに帰って行ったわ」

「すんなりは行かなかったんだね」

「時間は作ってくれて挨拶は受けたけれど、父が『卒業まで待てないのか』って怒り出してしまうし、母は泣き出すしで大変だったわ。でも先生ちゃんと言ってくれて――」

 どうやら私たちの事も持ち出したらしくて。


 この夏に生徒が犠牲となる事件が起きましたが、そこから無事に戻って来てくれた教え子が言ったのです。『妹一人を守れるかも怪しい状況で、化け物を相手にしたんだから、隠れるしかない状況だった。そして悲鳴が上がる度に、助けに向かうべきではと葛藤し、隠れているしかない自分を恥じた。だから悔いは残っているけど、それでも大切な存在は守りきる事が出来のだから悔いは無いと言いたい』と言い切りました。

 そんな教え子を、私は羨ましく思ったのです。だから同じ状況になったとき、沙織さんを優先する理由を頂きたいのです。


「――なんて言ってくれてね、高校を卒業するまでは教師と生徒の関係は崩さないし、進学後も卒業を妨げるような事はしませんからって」

 恥ずかしそうに頬に手を当てながら、沙織ちゃんはそう答えてくれた。ならば彼女たちの秘密は、もうしばらく続けなければならないのだろう。かわいそうだけれど。

「それじゃ、プレゼントは出来ないね」

「そうね。先生が帰った後に食事をしながら、私が望んが事だからって説得して、間接キスまでしかした事が無いと白状して、それでも求められないほど魅力がないのかと落胆したら、父も母も私を慰める中で付き合う事を認めてくれたわ」

「やっぱり釘を差しておいて正解だったか」

 翔真がそう口を挟むと、沙織ちゃんが翔真を睨み付ける。

「自分たちはお泊りまでしているのに、余計な事はしないで欲しいわ」

「僕らは夫婦だからね。沙織ちゃんの彼氏が無職じゃ問題だと思って、心からの忠告をしたまでさ」

「そもそも、翔真君の余計なひと言で両親にバレてしまったのだから、反省してほしいものだわ!」

「まあまあまあ、二人ともそのくらいにして。それじゃ沙織ちゃん、今度は年始の初詣でね。良いお年を」

「えぇ、次は初詣でね。良い年を迎えてね」

 そう言い残して、沙織ちゃんはご両親の所へ行ってしまった。


「元旦の寒稽古に顔でも出すかな」

 急に翔真がそんな事を言い出したので、なぜかと聞いてみる。

「僕らを入れて四人だったら、初詣で歩き回ったとしても言い訳が立つだろ。二人とも背は小さいのに、へんに目立つんだよ」

「応援はしているんだ」

「それより、早く食べてチェックアウトしないと、教習時間に遅れちゃうぞ」

 翔真は照れ隠しの様にそう言って食事を始めてしまった。

 そう、せわしないのは午後から教習所の乗車予約が入っていたためで、それが無ければもう少しベッドに居られただろうし、遊んで帰れたはずだったのだ。

 それでも味わってお腹いっぱい食べて、部屋を片付けして予定時間までにチェックアウトを済ませることができた。

 新婚旅行はゆっくりしたいな。美味しいものを食べて、腕を組んで観光してみたい。

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