第20話 支えてくれる友達

 それぞれが気に入ったプレゼントを買う事が出来て、今日の収穫は満足のいくものだった。最たるものは、入籍したことに対して祝福してもらえたことだったのだけれど。

 美紀ちゃんと彩萌ちゃんは少し遊んでから帰るらしいので、方向が一緒の沙織ちゃんと電車に乗る。扉の所に立って外に目をやっていると、なにを思ったのか沙織ちゃんが「指輪の写真を取らせて」と言い出した。将来の参考にでもするのかと左手を出すと、写真を撮ってメールを打ち始めてしまう。

「ちょっと、誰に送るつもりなの。おばさんにはママから話してもらうから、今メールしなくても」

「え? 『プレゼントはこれが良い』って先生にだよ」

「ちょっとまって……」

 ストップの声もむなしく、あっと言う間に送信されてしまった。沙織ちゃんは、いったい何を考えているのだろうか。先生の対場を危うくしたいわけでは無いはずなのに、私の行為が沙織ちゃんの何かを刺激してしまったのだろうか。


「こんなこと聞くのも変なんだけど、先生は本気なの? ゴッコに付き合っているだけとかさ」

「本気にさせたの! 当然、最初は立場だとか年齢だとか言われたわよ。でも剣道を始めた五年前からの憧れの人で、中学卒業時に告白して玉砕したの。それでも、私を大切にしてくれていて、ちゃんと両親にも挨拶させてくれって言ったもの。ね、これはもう運命だから、結ばれるのは必然なんだよ」

 私が口を出す話ではないのかもしれないけど、学校にバレた場合は最悪の結果として解雇とかあるのではないかと心配になってしまう。そこまで沙織ちゃんが愚かとは、幼馴染として思いたくは無いのだけれど。

「でも先生にも立場が……」

「そこは真理佳ちゃんだってねぇ。えっと、先生を好きになったんじゃないの、好きになった人が偶然にも担任になったのよ」

「たしかに応援したくて、お好み焼き屋さんではあんなこと言ったけど……。家族の人は知ってるの?」

「まだ言えないわねぇ。母には年上の彼氏が出来たくらいは話してあるけど、相手が誰かまでは知らなわ」

「それって危うくない? たぶん先生、いまごろ翔真に電話しているよ。で、翔真はママに言ってると思うし、ママとおばさんは知らない仲でもなんだし」

「だから、クリスマスに婚約指輪をお願いしたの。挨拶させるわよ、絶対にね。そして、卒業したら私をプレゼントするの」

「え、済んでるんじゃないの?」

「えっと泊まったのは本当だけど、なにも無かったわよ。彩萌ちゃん好きだからね、ああいった話は。だから少し作ってみました」

 沙織ちゃんは強いなぁ。ちゃんと自分を正していて、相手の立場を考える余裕を持っている。私も見習って、翔真に迷惑をかけない様にしないといけない。


 沙織ちゃんと別れて家に着くと、ママと翔真が台所で夕飯の支度をしていた。

「ただいま~」

「お帰りなさい。もうすぐ出来るから、着替えていらっしゃいね」

「は~い」

 夕ご飯は、ブリの照り焼きに里芋の煮物、お揚げと葱のお味噌汁。純和風の献立が家庭の味って感じがすし、好物ばかりが並んでいる。お昼がジャンクフードだったので嬉しいけれど、いつもより手が込んでいて、品数が多い気がするのだけれど……。


 テレビからニュースが流れるいつも通りの夕食で、指輪の件で何か言われるのか心配していたのに、誰もそこには触れないでいる。触れられない事が逆に怖い。

「あのさぁ。今日ね、指輪外すの忘れて行っちゃって……」

「そうみたいだね、ケース空だったから。で、落としてきたとか言わないでくれよ」

「いや、今もちゃんと嵌っているから」

 そう左手を見せるが、翔真はこちらを見ようともせずに、淡々と食事を続けている。

「それじゃ、沙織ちゃん達に見せびらかして来たわけね。羨ましがられたりしたの?」

 不憫に思ったのか、母が困った顔をして会話に加わってくれる。

「えっと。見つかってしまった、みたいな?」

「で? 聞かされた感想でも話したいのかい」

「その、電話とかなかったかなって」

「真理佳宛ての電話なんて、誰からも無かったよ」

 先生から連絡が有ったと思っていたのに、無いなんておかしい。それとも明日にでも学校で注意されるのかな? 沙織ちゃんから教わったなんて、軽々しく言えないだろうし。それなら心配する事も無いかな。

「僕宛に『学校には嵌めて来るな』って、沙織ちゃんの彼氏から電話は有った」

「ぶふっ……」

 安心しきってお茶を啜っている時に言われたものだから、思わずお茶を吹き出してしまった。向かいに座るママは、解っていましたと言わんばかりにお盆で防いでいて、意地の悪い顔でこちらを見ている。

「汚いわねぇ。ちゃんと拭いてくださいな」

 そう言って布巾を渡してくれるママに、「どこまで……」と聞く。

「先生から、指輪の件で電話があった事くらいはね。橘さんのお母さんに話すつもりは無いから安心して」

「僕は釘を刺しておいたから、まあ間違いは起こさないと思うけど」

 沙織ちゃんごめんね、いろいろとハードルが上がっちゃったみたい。


    ◇ ◇ ◇ ◇


 真理佳は、帰って早々に僕から小言を言わると思っていたようだった。だこらこそ、普段通りの食卓を演じてあげたというのに、触れてほしくは無い話題に自ら触れてきた。それでも口にする小言は無いので、電話の件にだけは触れて誤魔化した。

 指輪を嵌めて行ったのは不注意かもしれないけど、学校に嵌めて行った訳でもないのだから、問題視する方がおかしい。既に夫婦なのだから、指輪くらいしていても良いだろうと思っているわけだ。

 それでも寝室に行ったら、少しだけ注意をしないといけない。自分の枠に納めたがる大人は多くいるので、余計な問題が起きない様にはしなければ成らないのだから。


 先に風呂を使わせてもらい、机に向かって就職資料などを読み漁っていると、風呂から上がった真理佳がすまなそうに入ってくる。

「その、ごめんね。指輪の件とか、制服で届出した話をしちゃった事とか」

 その件も話したのかと頬が引きつってしまったが、それが収まるのを待って振り返る。

「別に構わないさ。恥ずかしかったけど、間違いを犯した訳ではないし、人目にさらした以上は隠す必要も無いからね。ただし少しは考えて欲しいな。学校は無論だけども、外出の時だって誤解を招かない様にしないとね」

「うん。――沙織ちゃんは、先生に本気の様だね」

「まあ筋が良かったのもあって、付きりで師事していた訳だし、先生自身も国体クラスの実力者だったから憧れはあったと思うよ。それが恋心になったって、おかしくは無いだろうしね。解らないのは、先生がリスクを承知でそばにおいている事だよ。担任にまでなって、四六時中いっしょに居るようなものだからね。あの人も人並みに、彼女との学園生活を満喫したかったんだろうか」

「それは、沙織ちゃんの頑張りじゃないかな。文化祭のチョット前までは、誰も気づいていなかったでしょ。私も見習わなくっちゃ」

「見習って、卒業までは清い関係でいますってことかい?」

「え、先生から何か聞いたの?」


 まあ普通に考えたら、教え子に在学中は手を出さないだろう。ましてや、手塩に掛けて育てた結果、望む短大に推薦入試で合格しているのだから、不祥事で道を閉ざしてしまう事はしまい。

「僕だって五年前から教えを受けているんだから、真面目な人柄なのは知っているよ。そんな師範が道を誤るとは思えないし、誤ってほしくはない」

「翔真もそうだけど、剣道をやっている人は硬いのかなぁ」

「そうでもないだろう。経験したって言っている奴は部にも居るし、クラスにだって神崎みたいに真面目だけど経験ありの奴もいるからなぁ」

 話に聞くと、嘘か真かクラスの半数くらいは経験済みだそうだ。僕自身も興味や欲求はあるのだが、こればっかりは周りに合わせてする事でも無いだろうし、流されてした結果が招く不幸は、真理佳には経験させたく無い。

「え、神崎君も?」

「あぁ、誰と付き合っているかは言わないけれど、お前には勝ったと言われたよ」

「じゃあ、なんで翔真は求めてくれないの?」

「そうだなぁ。避妊だって絶対は無いし、出来てしまって卒業が危ぶまれるのは、やっぱり避けたいと思うんだよ。だから、早くても年が明けないとね」

「年が明けたらだね」

 なにか言質を取られてしまった感じがする。それよりも卒業に向けて勉強してほしいが、大丈夫なのだろうか? 先生に愚痴られる身にもなってもらいたいものだ。


 そう二学期早々に行われた三者面談での事、先に入った真理佳は進路指導用紙に『翔真のお嫁さん』などと、どこの小学生だと思う希望を書いたのだそうだ。母は笑って受け流し、僕らの関係を含めて話をしたそうだ。その直ぐ後が僕であり、『翔真、頼むから嫁さんの卒業に尽力してくれ』と言われたのであった。

「まずは目の前の問題を解決しようか。明日から始まる教習所通いも、予約がいっぱいだから落ちましたは許されないからな」

「解ってるよ。それと並行して期末試験でしょ」

「そうだよ、だから早く寝ますか」

「えっと、勉強は?」

 それには答えず、寝室へ移動するとベッドに入ってしまう。さすがに疲れていたし、こうしてしまえば真理佳もすぐ来るだろう。


   ◇ ◇ ◇ ◇


 一人で勉強なんてしても、つまらないし進まないのでベッドに向かう。

 新しいベッドは、昨日とは違って二人で寝ても狭くは無い。広いとも言えないけれど、十分な広さだと思える。それでも、落ちたく無い事を理由にピッタリ寄り添って寝る。

 翔真の手に触れると冷えていて、まだ寝る素振りは無いようだ。体温を移す様にぴったりと抱き付き、思い切って素朴な質問をぶつけてみる。

「ねぇ、初めてってここでするの?」

「……。仮に親が留守だとしても、風呂だのなんだので難しいんじゃないか? と言っても車に乗れるわけではないし、ラブホに入るには人目も気になるだろ」

「知り合いに見られるのは、恥ずかしいよね」

「大晦日に都心へでも出て、泊まるようかな。で、初詣して帰る」

 そう言ってくれるなら、卒業まで待たなくても良いのだろう。急いでいるわけでは無いけど、私の初めてが翔真であるように、翔真の初めても私であってほしいと思う。

「秘め初めって言うんだっけ? それより、初詣がついでみたいで、罰が当りそうだね」

「そうだけど、都心の有名処は人が凄いから、近所の方がいいだろ」

「そだね。うん、おやすみなさい」

「はい、おやすみ」

 そうか、なんかワクワクする。最初は痛いと聞くけど、それでも翔真と一つになれると思うと嬉しくて、もう怖いとかの感情は微塵も無い。


    ◇ ◇ ◇ ◇


 これで少しは、真理佳も落ち着いてくれるだろうか。

 真新しいベッドに二人で入り、大晦日にホテルにでも行こうかと話したら、納得してくれたようで直ぐに寝入ってしまった。

 沙織ちゃん達に、いろいろと質問攻めには合ったのだろうが、今日の買い物は楽しめたようで良かった。

 買い物に行ったメンバーに話したうえで、買い物をして楽しそうに帰ってきたと言う事は、少なくとも僕らの関係に理解を示してくれる人が、真理佳の味方になってくれる人がそばに居るという事だ。沙織ちゃんが筆頭だろうが、友達には恵まれたものだ。

 すでに恋人同士と取れる発言はクラスでしてしまっているし、二学期に入ってからの学力向上は周知の事実だ。一部のクラスメイトには進学はせずに就職を希望している事は話しているので、卒業を機に結婚するのではとの憶測も飛び交っている。

 さすがに『すでに入籍しました』と公言するつもりは無いが、女子たちの噂話については侮れないものが有るのも事実である。


 父は出張が多く、一度出てしまうと数カ月は帰ってこない。

 幼い頃は、たまにしか家に居ない父の事を「お土産を持ってくるおじさん」だと思っていたものだが、小学校に上がった辺りからは、休日に公園で遊ぶ親子を羨ましくも思っていた。もっとも、中学で剣道を始めた辺りからは部活が忙しかたし、そうして働いてくれているから、僕らは好きな事をさせてもらえていることも解っている。

 そんな中で、母は寂しい思いをしてきたのではないかと感じている。口に出しては言わないものの、食事を一緒にとりたがったり、遊びに連れて行ってくれたりと、良く構ってくれていたのは、僕らの為だけではないと思うのだ。


 僕は、真理佳にそんな思いはさせたくは無いと考えていて、就職先の第一条件に『長期出張や転勤が無い事』を選び、第二条件として『勤務地が近い事』を選んだ。

 そんな中で安定収入をと考えた結果、地方公務員が選択肢に上がった。

 まあ、簡単に言えば市役所の職員とかになる訳だけれど、たまたま隣接する政令指定都市で募集が有った。八月中旬の申し込み締め切りに何とか間に合い、井口先生に勧められるまま、一カ月の猛勉強のかいもあって一次試験を何とか通ると、二次試験も合格して内定を待つばかりだった。

 地方公務員なので給与は期待できないが、転勤は市内のみなので引越しは考える必要も無いし、面倒をみる親も一組なので何とかなるだろう。

 他にもいくつかの企業で面接などは受けたものの、希望に沿う会社には巡り合えていないので、二次に合格した事でほっとしている。

 真理佳は僕の就職先が決まらない事には探せないと、当面は今のバイト先でパート勤務をするようなことを話していた。そんな訳なので、学校に許可を貰って明日から教習所に通う事になっている。ついでに原付二種も取ってしまおうと思っているけれど、こちらは日程的には厳しいかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー