第18話 血にとらわれない絆

 もともと、「土曜日の午前中ならば出張所が開いているから、婚姻届を二人で出しに行こう」と話してはいた。いたのだけれど、時間が無いからと言って制服のままで出しに行くはどうなのだろうか? 世間体とか、いろいろと不味いのではと思う。

 入り口で躊躇ちゅうちょする私に、何の問題があるとばかりに手を差し伸べる翔真。こんな状況になってしまったのは、届け出を急かしたからなのもしれない。


 受付にいた女性は二呼吸ほど固まっていたが、お祝いの言葉をかけてくれた。

 その声が小さかったのは、私たちへの配慮もあったと思うのだけれど、指輪をしていなかった彼女のプライドがそうさせたのかもしれない。なぜかと言えば、手続きで奥に行った際に何か話し込み、その後は手を止めてこちらを見る若い女性職員が多かったからだ。

 それでも手続き自体はすんなりと終って、住民票も貰う事ができた。

 貰った住民票を見ると結婚した実感が湧いてくる。それは翔真も同じだった様で、ひとしきり眺めると照れ隠しのように私をからかってくる。

 高校に入ってから学校で「お兄ちゃん」と言ったのは、あの時だけなのにだ!

 それにしても、「お・く・さ・ん」は超絶に恥ずかしかった。あれ? つい最近、旦那様と言いはしなかったかな?


 顔から火が出るかと思ったくらいの恥ずかしさだったけれど、最近の翔真は私が恥ずかしがるのを楽しんでいる節がある。照れ隠しの面もあるとは思うけれど、それでもからかい過ぎだ。

 そのうち仕返ししてやる! と考えていた矢先にそのチャンスがやって来た。

 チェストを移動するのに抽斗を抜くと、最近買い揃えている下着に目が釘付けになっている。

「下着に興味があるんだ」

 と、からかってやったら「太ったの?」なんて失礼な事を言い出す。

 挙句、あの日の事を持ち出されて双方自爆発言となってしまったけれど、だってママの手紙には下着の事なんて書いてなかったし、その時持っていたのって色気のない物ばかりだったのだもの。


 それでもがんばって、夕食の時間には片付いた。でも、ママは外食で二人きりしかいないし、これから作るのも正直なところ面倒くさい。スーパーの見切り品弁当でもと提案すると、そのまま買いに行く流れになった。

 もっともそのままの格好では出れないので、着替えに上がってすぐ玄関に向かう。

 玄関に人影が無いから『外かな?』と思ったら、後ろから忘れ物を指摘された。さすがに「財布も持たずに買いものには行きませんよ」と反論すると、忘れ物は指輪でした。


 お店の中を手を繋いで回っていてふと思う、周りの目線も気にならないし恥ずかしいとか感じない。昼間の届け出でハードルが下がったのかもしれない。

 一緒に入りたかったけど。お風呂は翔真に先に入ってもらう事にした。背中を流してあげるつもりでいたからだ。

 裸じゃ恥ずかしいので、下着姿かな? なんて考えながらお風呂に向かうと、読まれていたらしく、脱衣所のカギはキッチリと閉まっていた。

 それなら夜だ! と意気込んでいたのに、ベッドに入った翔真は直ぐに寝入ってしまった。まぁ、今日は疲れたものね。

「おやすみ、あ・な・た」

 そう言って胸に抱かれて眠った。


   ◇ ◇ ◇ ◇


 狭い割にぐっすり眠れたせいか、目覚ましが鳴る前に目が覚める。

 起きるには早い気もしたけれど、このまま真理佳を抱いていると誘惑に負けそうなので、そっとベッドを抜け出してリビングへ向かう。

 コーヒーメーカーをセットしてテレビをつけると、『今日はお出かけ日和』などと言っていた。

 昨日が晴れだったら良かったのになどと考えていると、コーヒーが出来上がるのを見計らうように母が降りてくる。


 母の分も注いでテーブルに着くと、「ずいぶん静かだったけど、しなかったの?」と、すまし顔で尋ねてくる。

 僕はいろいろ我慢をしているのもあって、黙っていると不安そうな母が謝ってきた。

「ごめんね翔真。あなたを縛ってしまうように、早く事を進めてしまって」

「いや、思い描いていたよりは随分と早いけど、望んでいた形を取れたのは母さん達の理解があったからだし、そんな謝る事ではないよ」

「−−正直に言うとね。真理佳が翔真に嫁ぎたいと言った時、真理佳が幸せならば後押しをしようと思ったのよ。でも思い返してみるとそれは半分でしかなくて、残り半分は翔真が離れて行ってしまわない様にって、親であり続けたいと願う私の我儘だったのよ」

「あぁ、血の繋がりが無いからね。それじゃ謝罪は受け入れるよ」


「ちょっと!」

 いきなり飛び込んできた真理佳を手で制し、母をまっすぐ見つめる。

「僕を信じていなかった事に対する謝罪をだよ。たとえ真理佳と結婚しなかったとしても、血の繋がりなどなくとも、相羽翔真の母親は相羽亜里沙であり、この絆は切れる事は絶対に無いからね」

「えぇ、ありがとう」

 そう言って母は台所に向かいながら、真理佳が落胆するような、余計な一言を付け加えてくれた。

「そうね、これだけ背中を押してあげたんだもの、あとは二人の意思を尊重して気長に待つことにしましょう」

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