第17話 両家揃っての誓い

 食事会の翌日。あいにくの曇り空だったけれど、雨の予報は出ていない。

 翔真も私も正装と言う事で学制服をまとっている。

 パパ達に車で連れて来て貰った霊園は、郊外にあるかなり規模の大きなものだった。少し交通の便が悪いのだけれど、車で来る分には幹線道路と平行に走る道路沿いなので、渋滞の恐れはないそうだ。

 入り口にある花屋さんで仏花を買い、水を汲んで墓前へと歩みを進める。

 ものすごく緊張していて、それはもう高校の合格発表を見に行った時以上、と言うくらいの緊張感だった。それは、翔真の表情が固いものだったからなのか、報告の内容が内容だからなのか、初めての場所だからか、自分でもよく解らないでいる。


 ママとパパに次いで翔真がお線香を供え、手を合わせて報告を始めた。

「初めてお参りします。長く来れなかったことは、今の両親が僕を思っての事なので許してほしいと思います。まずはお礼を言わせてください、生んでくれてありがとうございます。こうして不自由なく、愛情を注がれて育つことが出来ました。まだ一人前ではない僕ですが、素敵な女性に巡り合えたので紹介します」

 振り返って差し伸べられる手を掴み、墓前に進み出て手を合わせて自己紹介をする。

「はじめまして、相羽真理佳です」

「僕らは今日、結婚します。その誓いを墓前でさせて下さい。そして、祝福していただけると嬉しいです」

「私もまだまだ半人前の身ですが、翔真さんを支えていけるよう頑張りますので、よろしくお願いします」

 振り返るとママは目頭にハンカチを当てていて、パパがそっと指輪のケースを開けて差し出してくれている。

 立ち上がって体ごと翔真と向き合うと、同じく立ち上がった翔真が、私の震える手をしっかりと握り誓いの言葉を述べてくれる。


「生涯、真理佳だけを愛し、この身の全てを持って君を守り続ける事をここに誓う。」

 ちゃんとご両親に紹介してくれ、あの時と一言一句違わないその言葉で誓ってくれた。

 その思いの深さは測ることは出来ないけれど、全てをかけて愛してくれることに疑う余地は無いと感じられて、思わず涙があふれて視界がぼやけてしまう。

 化粧が崩れるかもしれないけれど、瞬きをして翔真をハッキリと捉える。震える自分に活を入れて全霊を持って答えよう。

「私も翔真だけを愛し続けます。この身も心も、全て彼方だけのものです」

 私もあの時と同じ言葉をもって思いの全てをぶつけると、翔真は緊張の解れた柔らかな笑顔を見せてくれた。


   ◇ ◇ ◇ ◇


 はじめて来た両親のお墓は綺麗に整えられ、しっかり管理されているようだった。もしかすると、父が昨日あたり清掃してくれたのかもしれないが、それだけではないだろう。

 母はふらっと行先も告げずに出かける事があるのだが、思い起こすと僕らの誕生日翌日には必ず外出していた。母の事だから僕の成長を報告しに来ていたのかもしれない。

 母と父に続き、墓前に手を合わせて感謝の言葉を述べる。いろいろ考えてはきたのだったが、いざ話すとなると思いが溢れて言葉がこぼれてしまい、ありきたりな事しか言えなかった。

 それでも通じたのでないかと、汲み取ってくれたのではいかと思う。


 真理佳を横に呼び、結婚する報告をした。真理佳の手は震えていたので気付かれてはいないと思うが、当然のことながら僕の手も緊張で震えていた。

 そして立ち上がり、手を握って向き合う。

 あの時感じた思いの全てに、今日まで育んだ思いを乗せて、あの時の言葉を用いて誓いを立てる。それが、嘘偽りのない真理佳への気持ちなのだから。

 それが通じたのだろう、真理佳もあの時の言葉をもって、あの時以上の気持ちを乗せて誓いを立ててくれた。嬉しすぎて涙がでそうだ。

 父から結婚指輪を受け取り真理佳の薬指へ、次いで真理佳が僕の薬指へと指輪を嵌めると、スッと雲の切れ間から一筋の光が降り注ぎ、僕らを照らして過ぎて行く。

 そっと肩を抱き寄せ誓いのキスをすると、ぽろぽろ涙を流しつつも嬉しそうな笑顔を向けてくれるので、笑顔を返しつつ涙を拭いてあげる。薄化粧なので気になる崩れは無いけれど、目を腫らしてしまっては綺麗な顔なのにもったいない。


 父も母も穏やかな顔でこちらを見ているので、改めて挨拶をする。

「父さん、母さん。これまで養子としての僕を分け隔てなく育ってくれて、本当にありがとう。これからは、婿として、義理の息子として二人を支えられる様、真理佳と歩んでいきます。ですから、これからもよろしくお願いします」

「パパ、ママ。こうして認めてくれて、理解してくれてありがとうございます。ちゃんと翔真を支えて、二人がくれた様な幸せな家庭を築きます」

 泣き出してしまった母を、こちらも涙目になった父が支え、頷いてくれる。

 墓前に向かって「これからは揃ってお参りに来ます」と言葉を添えて霊園を後にした。


 皆が平常心を取り戻したクルマでの移動中、真理佳だけは指輪の嵌った左手を目の前にかざし、ニヤニヤしっぱなしだった。その表情から、たぶんこの後の予定を理解していないことが窺える。

 いったん帰って着替えてから婚姻届を出す予定だったけれど、珍しく自宅近くの道が混んでいて、出張所の開所時間中に届けが間に合いそうもない。土曜日なので出張所は午前中しか開いていないのだ。

 婚姻届だけなら、市役所へ行けば何時でも受け付けてもらえるのは知っているが、記載不備で改めて行くのも面倒臭いし、住民票が必要なのでまとめて済ましたい。そんな訳だから、仕方なしに出張所に直行してもらった。


「え、私たち制服姿だよ」

 出張所で車から二人だけ降ろされて、初めて事の重大さに気づいた真理佳は、そう言って入り口前で固まってしまう。

「だから? ほら行くよ」

 僕だって知り合いなんかに見られたり、好奇の目に晒されるのは恥ずかしいのだが、勤めて冷静に言い放って手を引いて受付に向かう。

 閉所時間が迫っているせいか、待合席にはほとんど人が居なかったが、受け付け内は片付けなどで慌ただしい感じがする。

 土曜日にもかかわらず制服姿で婚姻届を出すカップルに、受付の女性は一瞬呆けた顔をしたものの、声を抑えて「おめでとうございます」と祝福の言葉を述べて申請書などを受け取ってくれる。

 学校に提出する住民票なども合わせて請求したので少し待たされ、諸々受け取って家路についた。お互い苗字も住所も変わらないので実感が湧かなかったのだが、こうして住民票を見ると否が応でも実感が湧く。


「くれぐれも、学校でお兄ちゃんだのアナタなどと呼んでくれるなよ。お・く・さ・ん」

 その言葉に「しないもん」と赤い顔でそっぽを向いて反論する真理佳は、それでも繋いだ手は離さずに寄り添うように歩き続けた。

 家に付くとお昼の用意は整っていたので、取ってきた住民票などを預けると、そろって食事を取る。食後のお茶を飲み終わったところで立ち上がると、「指輪を置いて行け」と父が言う。

「なんで? 学校以外は嵌めていてもいいでしょ」

 すかさず真理佳が文句を言うが、父は意地悪そうな顔で言い返す。

「そうか、これから荷物の移動をするのに嵌めたままか。歪むなぁ、傷が付くなぁ」

 もっともな意見に二人して指輪を外し、父が放ってよこしたケースにしまう。


 実は真理佳の部屋の方が少し大きかったりする。女性の方が荷物が多くなるので納得した上での振り分けだったわけだが、さすがに勉強机を二つも並べると手狭になるはず。

 まずは、真理佳に細かな荷物の整理をしてもらう間、僕は真理佳のベッドを解体して廊下に運び出す。それが終わると、自分の勉強机を解体して真理佳の部屋へ運び込んで組み立てて行く。

 一通り整理が済んだものの、やはり荷物が多くて机が組みきれない。

 それならばとチェストの位置を変えることにして、上から抽斗ひきだしを抜き始めると、真新しくも可愛らしい下着が詰まっているのに、思わず目が惹きつけられる。

「やっぱり男の子は、女の子の下着に興味があるんだね」

 からかい半分で言ってきたので、僕はやり返すことにした。

「新しめの物が多いから、太ったのかと心配になっただけだよ」

「ふ、太ってません! 翔真に見られてもいいように、大人っぽいのを買っただけです」

「初めて僕の部屋に来た時は、下着を着けてなかったじゃないか」

「それはだって、脱がされるのが恥ずかしくって……」

「……」

 うん、双方自爆だな。


「とりあえず、今日中にこっちは片付けないといけないから、さっさと進めようか」

「は~い」

 それでもなんとか夕飯時間前までかかって、勉強部屋側の模様替えが終わった。

 父はと言えば出張先に戻る飛行機の都合で、昼食後には家を出ていたし、母はと言えば父を送りに行ったまま外食してくるとのことで、いま家にいるのは二人だけ。

「夕飯どうする?」

「今から作るの面倒だね。この時間ならスーパーのお弁当が安くなっているから、それでも買いに行く?」

 コンビニの弁当よりも良いだろうと、二人して近所のスーパーへ行くことにした。

 着替えて降りてきた真理佳は、そのまま玄関に向かうので呼び止める。

「なんか忘れていないか」

「お財布は持ったよ」

「これ」

 そう言って指輪を見せると、「えへ」っと頭を小突いて指輪を嵌める。


 スーパーに着いて惣菜コーナーへ向かうと、途中に飲料コーナーがある。ふと思いついてノンアルコールのワインを手に取り、「飲んでみるか」と声をかけるが却下された。

「美味しいかわからない物に、お金は出せません」

 ごもっともなので棚に戻し、無難に半額シールが張られたお弁当などを見繕って帰る。

 食事を済ませると、寝室側のクローゼット内を整理する事にした。なぜだかクローゼットはこちらの方が広く、半分以上は僕の不用品が突っ込んであったので、分別しながら引っ張り出し、空いた所に真理佳の服を移動してくると丁度収まりきった。

 空になった勉強部屋側のクローゼットは、真理佳の荷物(主にぬいぐるみ)を入れる事で机が使える状態にできたて、明日からの勉強には差し支えがなくなった。


 一緒にと言われたけれど、順番にお風呂を使う。リビングでテレビを見ながらくつろいでいると、帰ってきた母が勉強部屋を覗いて降りてくる。

「あれだとチェストが邪魔じゃないの?」

「明日ベッドが入ったら移すから大丈夫だよ」

「で、組み立てていないけど、今日はどうするの」

 そう、いろいろと考えてみたのだけれど、僕の部屋にはクローゼットの関係でシングルベッドが二個も入らなかったのだ。かと言って学習机を二個入れるのは更に難しいので、貯めこんだバイト代でベッドを買い替えることになっていて、明日の早い時間に届く予定になっていた。

「今晩くらいはくっついて寝れば大丈夫だよ」

「え~。明日からもくっついていたい~」

 そう、ダブルベッドを二人で使うので、くっついて寝ることには変わりはないが、密着度はどうなのだろう。

「配送は早い時間なのだから、この前みたいに寝坊しないでね」

 裸で寝ていたことを母は知らない(はず……)なので、「おやすみ」っと早々と二階に上がって寝る準備を済ませる。

「今日はそのままだからね」

「大丈夫。寝る時にブラはしない派だから」

 何が大丈夫なのかは触れないように、わざとらしく目ざましをセットすると、先にベッドへ入ってしまう。「もう」と言いながらも電気を消してベッドに入ってくる真理佳に、おやすみのキスをすると疲れのせいもあってすぐ眠ってしまった。

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