第16話 親族で祝う宴

 誕生日の朝を迎えて、「はれて結婚できる歳になった」と口に出してみたものの、やっぱり実感は湧いてこない。するとノックもそこそこに真理佳が部屋に入ってきて、まだベッドで上半身を起こしただけの僕に抱き付いてくる。

「おはよう、真理佳。そして誕生日おめでとう」

 髪をなでてあげるとキスをして来て、「誕生日おめでとう。あ・な・た」なんて返してきた。

「気が早いよ。ていうか、学校ではそんな呼び方するなよ。入籍したわけでもないんだからな」

 一応注意はしたものの、嬉しくも恥ずかしい返し方をしてくれる。

「ふふん……。翔真の好きな物ばかり入れたお弁当を作った妻に、そんなことを言うの?」


 揃って学校へ行こうと玄関に向かうと、母がリビングから声をかけて来た。

「いい忘れて居たけど、今日は外食だから早めに帰ってくるのよ」

そんなだからか、真理佳は一日中百面相をしながらブツブツ独り言を呟いていて、沙織ちゃんに何か誘われていたけれど、耳に入っていない感じだった。

「どこのお店がいいかねぇ」

 結局決まらなかった様で呆れながら帰ってきたのだけれど、行く店は既に決まっているようだった。

 行き先を聞かれも告げられもせずに、母の運転する車で向かったのは、新幹線も乗り入れる駅にほど近い、ちょっと敷居の高そうな和食料理のお店だ。


 名前を伝えて通された部屋には先客が居た。出張中であるはずの父と、父方の祖母、母方の祖父母の四人である。

「おじいちゃん、おばあちゃん、来てくれてありがとう。パパもありがとうね」

 どうやら真理佳は、こうして揃う事を知っていたようだ。それなら今日一日の態度は、何だったのだろうか。このメンツが揃うということは、あの話になるのかもしれない。

「とりあえず二人とも座りなさい。ああ翔真がこっち、真理佳はその隣な」

 そう言って父が示したのは父と母の間で、祖父母の向かいに当たる位置だ。

 座ると目に付くのは、二人の席に置かれた包装もされていない小さな箱。

「まずは誕生日おめでとう。これは父さん達からのプレゼントだよ、開けてごらん」

 誕生日プレゼントに見えないその箱に、なんとなく釈然としないまま開けると、中身は判子が二本。大きさや字体から、実印と銀行印かな?


「さて翔真。父さんたちに伝えた気持ちに、変わりはないのかな」

 真剣な表情で聞いてくるので、仕組まれた事に気が付く。話だけでは済みそうも無い。 真理佳を見れば、澄ました顔の口元が緩んでいる。やっぱり、朝の挨拶はフリか!

 ならば思惑に乗ってあげよう。「変わりは無いよ」と父に苦笑いで伝え、既に聞いているのだろうが、祖父母に向かって事の経緯を説明をする。

「この夏休みに事件に巻き込まれたことは、母さん達から聞いているよね。そこから戻って来たその日のうちに、僕が養子であることを真理佳と二人して聞かされました。実はその前から真理佳を一人の女性として愛していたし、真理佳も一人の男として愛してくれていました。決して実らぬものだと思っていたので、二人共に胸の内にしまっておこうと決めていたけど、出生を聞いて大きな一つの決心をしました」

 そこまで話して真理佳を横目で見ると、真剣な顔で祖父母の方を向いている。

「おじいちゃん達には理解しがたい事かもしれないけれど、僕たちは結婚したいと考えていて、父さんも母さんも了承してくれています。そして、できるだけ早い時期に結婚の届けを出したいと思っていて、明日には実の両親の墓前で報告するつもりでいます」


 黙って聞いてくれていた祖父母だったが、表情は穏やかなままで、やはり話は全て通っている様だ。

「亜里沙さんが翔真を引き取ると言い出したことに比べれば、あなたたちが結婚する事なんてなんでもない事よ」

 父方の祖母がそう言って理解を示してくれると、祖父も理解を示してくれた。

「そうだよ、お前たちは本当に仲が良かった。特に翔真は真理佳をよく守ってくれてたものな、お前にだったら安心して任せられる。だから、さあ用紙を出しなさい」

 そう言ってそれぞれが判子を取りだして、真理佳は母から受け取った紙をテーブルにおく。そう二人して記入した、あの時の婚姻届を。

 結局は予想通り、婚姻届を完成させるための集まりだったわけだ。

 証人欄を祖父母に埋めてもらい、同意の旨を父と母に埋めてもらう。そして、最後に僕らが捺印を行って婚姻届は完成した。


 見計らったように料理が出され、誕生祝なのか結婚祝いなのか判らない宴が始まる。

 こうもすんなり祖父母の了承が得られるとは思わなかったが、父と母が説得してくれたのだろう。そして認めてくれた理由は、分け隔てなく孫として可愛がられている証なのかもしれない。

「そう言えば、父さんは出張中なのに大丈夫だったの?」

「明日の内に戻れば大丈夫だから、明日の報告も当然立ち会わせてもらうぞ」

「預かり知らぬところで、話がどんどん進んでいるよね」

 そう軽く愚痴をこぼすと、隣に座る真理佳が頬を膨らませて腕を軽くつねってくる。

「これくらいしないと決断しないじゃない。それとも嫌だったの」

「いや、流されている事が嫌でない自分に驚いている」

 そんな答えに、「なんだ、もう尻に敷かれているのか」などと祖父から声がかかり、「そんなんじゃないです」と赤い顔をして真理佳が言い返す。


「でも、卒業までは同棲生活を味わいたかったんだけどなぁ」

「おや、家を出るとは聞いてないぞ」

「母さんから聞いてないの? 二人の部屋を寝室と勉強部屋に分けるんだ」

 父の問いにそう答えて母を見ると、口に手を当ててそっぽを向いているので言ってはいなかったようだ。それを誤魔化す様に、母が僕らの結婚指輪を取出したので、父と母に改めてお礼を伝えて祖父母に披露する。

 真理佳が「嵌めてみようか?」などと言い出し、まだ早いと祖父に注意されていた。

 それぞれがクルマだったりするので、アルコールを頼むことは無かったけれど、和気藹々わきあいあいとした時間がとても心地よかった。

 別れ際、明日には市役所に届け出る事を伝えて改めて今日のお礼をし、正月には挨拶に行くことを約束した。

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