第15話 親子で選ぶプレゼント

 部屋着を着たものの一人で降りるのが恥ずかしくて、真理佳が出てくるのを待って二人揃ってリビングに顔を出す。それだからか、母から昨晩のことを追求もされずに、いつも通りの朝食となった。

「今日は、誕生日のお買い物に行くのでしょ。もしかして結婚指輪とか?」

 コーヒも飲み終わり、そろそろ出かけるかという時間になって、思い出した様に母がそう話し掛けてくる。

「翔真はそこまで考えていないみたいだけれど……」

「その前に話すことがあったんだ。ダメとは言わせないけどね」

 真理佳の後を受けそう前置きした上で、墓参りと寝室を同じくする模様替えの件を母に話し始める。

 あれだけ人を煽っていたのだからダメとは言わせないし、父への報告も『母の了承済みと』させてもらうつもりでいた。

「だから、今回はペアリングでもと思っているよ。墓前で報告してから、交換するつもりでいるんだ。二人で出し合えば良いのが買えそうだし、何軒か目星をつけているお店を覗いてみるつもり」


 それを黙って聞いた母はスッと席を立ち、キッチンの引き出しから取り出した郵便局の封筒を、神妙な顔で僕らに差し出す。

「お父さんとも話したのだけれど、『早めに籍を入れるのならば、結婚指輪代くらいは援助する事にしよう』って決めたの。前後してしまうけれど、必要であれば婚約指輪は翔真が働いてから買ってもいいでしょうしね。でも結婚指輪はそうはいかないし、『結婚式をしなければならない付き合いも無いのだから』ってね」

 それでも封筒は厚く、それなりの額が入っていそうなのが見て取れて、受け取るのをためらってしまう。

「あの子の前で交換するのに、安物では私が顔向けできないわ。だから、ね」

 そう言われてしまえば受け取らざるを得ないので、二人して頭を下げて受け取る。

「ありがたく使わせていただきます」

「ありがとう、ママ」

「もし暇だったら、母さんも付き合ってくれないかな。急だからどんなのが良いのか解らないし、いろいろと教えてもらえると嬉しい」


 ここまでして貰って『出来上がりをお楽しみに』なんて言えるはずもなく、出張中の父には申し訳ないが家族で選ぶのも悪くないと思った。隣で頷いているのだから、真理佳にも異存はない様だ。

「今日は随分と素直じゃないの。そうね、お邪魔じゃないのならば付き合いましょうか」

「じゃあ、支度が出来たら声をかけてよ」

 そう言ってパソコンを立ち上げると、お店をいくつかピックアップしてスマホに転送すると、僕も支度に取り掛かる。行くお店の敷居が上がってしまったので、格好もラフになり過ぎないように考えなくては。

 こうして三人で買い物に行くのは何年振りだろうか。もしかすると高校の制服を作りに行って以来かもしれない。いや、あの時は沙織ちゃん達の家族も居たか。

 自分が田舎者だとは思わないが、そうしてやって来た都心にある繁華街はんかがいの人混みは、平日だと言うのに休日の地元の比ではない。

 迷子にならない様にと腕に手を回されて歩く僕らの後ろを、母が付いてくる形で目的の店に着くと、入ったそこは別世界だった。

 目がチカチカするほどの光の洪水に場違い感が否めない。


   ◇ ◇ ◇ ◇


 店に入ると、そこは別世界の様だった。

 ダイヤにルビー、エメラルド、指輪もネックレスもピアスも、金やプラチナの輝きで溢れかえっていて、それは数字にも言えることだった。見た事も無いゼロの数にクラッとする。

 それでもママは臆する様子も無く、目指す一角を見つけるとそちらに歩み寄る。

「ちょっと待って。ほら翔真も、突っ立ってないで早く」

 そう声をかけて翔真を急かすと、ママの横に並んでガラスケースの中を覗く。

「やっぱりダイヤって綺麗よね。パパにおねだりしてみようかしら」

「ママの結婚指輪にはダイヤ無いよね」

「小さいのが入っているけどね、ここは婚約指輪のコーナーよ」

 今日は結婚指輪を見に来たのであって、婚約指輪はまだ先だと言ったのはママのはず。


 そんな事を考えながら輝きに圧倒されていると、店員さんが話しかけてきた。

「本日は婚約指輪をお探しでしょうか?」

「いえ、あの……」

 私が言いよどんでいると、ママが澄ました顔で話を進める。

「娘が卒業を機に結婚するので、下見がてら寄らせて頂いたのだけれど、色々と説明していただけます?」

「おめでとうございます。一般的には婚約者様の年収を基準にご案内させていただきますが、ご予算がお決まりでしたら見合うものをお出しいたしますが」

 親同伴なので鴨と思われたのか、逃すまいとするかの様に話し始めてくる店員に、表情を崩さないままの母は、ネギを見せびらかす様に説明を求める。


「ダイヤの基準、5Cだったかしら? その辺りの説明からしていただけると、いろいろと選びやすいのだけれど」

「失礼いたしました。ダイヤの品質を表すグレードとして、カラー・カット・クラリティ・カラットがございます。透明度が高く、より輝く形をし、不純物が無く、大きいもの、が良い物とされておりまして、これに産出国などを含めて5Cと表します。鑑定書にも表記される内容となっております」

 う~ん、難し過ぎて頭に入ってこない。そして、ママは私が理解していない事は見透かしている様だし、翔真はそんな私に憐みの目を向けてくる。

「そうねぇ。学生結婚になるので無理はさせたくないのだけれど、お勧めはあるかしら」

「それでしたら此方こちらなどいかがでしょう」

 出された指輪は大粒のダイヤが一つのシンプルな指輪だった。とっても綺麗な輝きで、やっぱりお値段もお高い。

「此方はカラーとクラリティは少し低いものの、大きさも輝きも申し分ないかと。低いと申しましても、カラーも並べて比べなければ解らないレベルですし、クラリティに関しましても爪に隠れてしまう場所なので」

 続けてされた説明から、お値打ち価格なのだと見当はついた。けれど、どう考えても高すぎると思っていると、ママが翔真に声をかけた。

「翔真さん。『直ぐに』とは言いませんが、娘にこれくらいの指輪をプレゼントできる程には、なってくださいね」

「はい。誠意を持って務めさせていただきます」

 などと、私そっちのけで話が進んで行く。たぶん店員とのやり取りは、翔真に聞かせるための物だったのだろう、そして翔真はそれを判って返事をしたのだと思う。

「ねえママ。よく解っていないんだけど、私には何も聞かないの」

 店員に聞こえない様にママに尋ねると、こんな事を言った。

「真理佳は欲しい物を選べばいいのよ。高いか安いかは翔真が判断してくれるからね」

 確かにそうだろうけど……。それでも進学を諦めて頑張ってくれるのだから、翔真に無理をさせたくない。嵌める機会あまり無いならば、普段使えるネックレスとかの方が嬉しいかもしれない。ダイヤなんて贅沢は言わないから。


「婚約指輪は後日改めて相談させていただくので、結婚指輪を見させてもらえませんか」

 そろそろ居づらくなったのか、翔真がそう切り出して片付けてもらい、すぐ隣のガラスケースへ移動する。

「真理佳はどんな形がいい」

 プラチナや金の指輪にミックスされた物まであって、さらにデザインは一つとして同じもが無いのではと思うくらいで、私でさえ目移りしてしまう。なので、翔真は早々に選択権を放棄してくる。

 ざっと見る限り、価格帯は5段階くらいかな?

「プラチナだけのが落ち着いていて良いかな。あ、これなんてダイヤが入っているよ」

「お母さんだったら、選ぶときに何処を見ますか」

 私が選んでいる横で、翔真はあくまでも彼女の母親として会話をしている。

「そうねぇ。使っていると歪んでしまったりするから、あまり細いものはどうかしら。それと、ハンドクリームが入り込むのも嫌だから、深い溝のあるものは避けるでしょうね」

 おぉ、そういった見方もあるのか。やっぱり母に付いて来てもらって正解だった。


 どうしても可愛いデザインの物に目が行ってしまうけれど、おばあちゃんになっても嵌めるのだから、シンプルで飽きの来なさそうな物にしよう。

「ねぇママ、コレとかソレなんかはどうかな」

「あら、いいんじゃないかしら」

 サイズを測ってもらい、四つほど候補の物を出してもらう。実際に嵌めてみると、また違った印象になるのは不思議なものだ。時間をかけて二つに絞ったものの翔真の意見も聞きたかったので、絞ったことは告げずに尋ねる。

「そうだなぁ。今しているのか、これ、かな?」

 自信無さ気に二つを選んだ。その内の一つが私の選んだものと同じだったので決めた。

「私はコレとコレで迷っていたんだけど、翔真も選んだコレが良いかな」

 そう言って選んだものを指に嵌めてみた。うん、コレがいい。

 一列に五つのダイヤが埋め込まれてはいたけれど、他の物と値段はそんなに違わなかったし、援助してもらった金額の範囲で買える物しか候補にしなかったので、支払いの方も大丈夫でしょう。


   ◇ ◇ ◇ ◇


 婚約指輪の金額にはびっくりしたけれど、それでもいつかは買ってあげる必要があるのだろう。そう、母が言ったように、これくらいの物が買えない収入では、満足な生活などできないのだろうから頑張らなくては。

 結婚指輪は真理佳の気に入ったものが選べたので良かったが、イニシャルの他に入れる【記念日】をどうしようかと決めかねていた。来る道すがらも考えていたのだけれど、三つの候補から絞り込めないでいる。

 絞り込めないと言うのは語弊があるか。思いが通じた、その思いを貫くことが許されたあの日を入れたい。でも、婚姻前の日を入れてもいい物なのか判らない。

 それに、あの凄惨さを思い起こさせる日で、真理佳は納得してくれるのだろうか。


「彫ってもらう日付だけど。指輪を交換する日にするか卒業式にするか、それとも……」

 言いかねていると、真理佳はにっこりと笑って耳打ちする。

「それって戻って来れた日だよね。私もその日がいいなと思っていたの。あの日から全てが良い方の進んでいるし、それに……。ね!」

 それにの先が解らないけど、真理佳はあの日で良いと喜んでくれているし、母を見れば終始ご機嫌な様子で背中を押してくれる。

「二人の絆が結ばれる日なのだから、良いのではないの? 好きになさいな」

 店員に渡された用紙に彫り込む文字などを記入すると、過去の日付であるにもかかわらず、怪訝な顔をされることも無く手続きがおわった。引き渡しは来週なので、墓参りにも間に合う計算になる。


「それじゃぁ、食事をして帰ろうか」

 店を出てホッとしたところです促すと、「それなら、私は帰るわね」と母が言いだして一人で歩き出すが、真理佳がそれを止める。

「だめ、ママもご飯に一緒に行こうよ」

「仲間外れになってしまった父さんには申し訳ないけれど、折角だから三人で行こうよ。お昼代ぐらいは僕が持つからさ」

 いろいろと気もお金も使わせてしまっているので、それくらいしないとバリが当たりそうだ。母も交えて、和食のお店でランチセットの昼食をとると、母娘で買い物の話が盛り上がって止まらない。さっきのお店で払った額が相当なので、金銭感覚が少しばかりおかしな感じだった。

 結局はその流れのまま洋服屋や下着売り場まで連れまわされた。下着売り場はさすがに恥ずかしかったのだが、好みが知りたいと両方から抱えられる様に連れ込まれた感じだ。


 ただ、恥ずかしかったのは僕だけではない。

 買い物前に母から「体は大丈夫? 無理しなくてもいいのよ。初めてだったのでしょ」なんて真理佳は言われていて、「そこまでしてないから!」と真理佳が赤面しながら否定したのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー