第12話 母の想いを汲み取る勇気

 あの口論から、島崎さんとは口をきいてはいない。

 彼女が僕らを避けるからだが、たぶん彼女のプライドの問題なのだろうと思っている。とくに変な噂を流すことも無いので、あえて気にしない様にしているが、他のクラスメイトとは普通に話ができているので、あの時の顔が怖かったわけではないと思いたい。


 文化祭が明日に迫るなか、クラスの飾りつけも一通り終わったので、細かな部分は販売側のメンバーに任せて、調理組は注文してある食材を取りに行く事になった。

 食材だけとはいっても、けっこうな量の買い物になった上に粉物やジュース類は重いときた。役割は男子が飲み物を持って帰り、女子がクッキーの材料を持って帰るが、いいところを見せるチャンスとばかりに、荷物持ちを買って出る男子も多くいるので、女子の負担は少なくなるだろう。

 僕らも例にもれず割り当て分を持って帰り、明日の本番に備えてクッキー生地を作ったりする事になるが、沙織ちゃんは当然の様に僕に荷物を持たせる。幼馴染だけあって家も近いし、荒れていた時に迷惑もかけていたので従わざるを得ない。


 沙織ちゃんと別れてから、真理佳に文化祭の予定を確認する。

「明後日はどうする? 友達とも回りたいだろ」

「沙織ちゃんも美紀ちゃんも居ないけど、彩萌ちゃんとは午前中に一回りしてきたいな。美味しいお店を見つけておくから、お昼からは一緒に回ろうね」

「美味しいは期待しないでおくから、ちゃんと楽しんできな」

 家に着くと直ぐに台所に立ち、二人してクッキー生地を作って冷蔵庫で寝かせる。母に見てもらっていたから問題は無いと思うが、ジュースとのセット売りもあって甘みを強くしたので、焼き上がってみないと何とも言えない。

 夕食の後片づけをしながら初日午前中の販売分を焼くと、家中に甘い匂いが漂いこもってしまう。寝るまでには抜けてほしいが、ブラウニーなんかよりは大人しい匂いなので、ダメだった場合は我慢してもらおう。


「仲が良いのは微笑ましいのだけど、お母さんも混ぜてくれないと拗ねちゃうわよ」

 そういて母が割り込んでくる。

「二日目は一般公開だし、午前中だったら一緒に回ろうか」

「しょうがないわねぇ。翔真がヒマならば付き合ってあげるわ」

 まんざらでもない様子の母に、真理佳が抗議の声を上げる。

「お昼からは私が一緒なんだから、それまでには帰ってよね」

「あら寂しい。『お昼は三人で』ってくらい言ってくれても、罰は当たらないでしょう」

「親子でお昼なんて恥ずかしいもん」

「あら、代わりに夜は家を空けてふたりだけにしてあげるわよ」

「……」

 母の提案に真理佳が何かを真剣に考え込むが、何を考えているかは想像しない方が良いのだろうな。

「母さん、真理佳は本気にしちゃうから、あまりからかわないでよ」

「わりと本気で言っているつもりよ」

 冗談では済まない内容に、母はどうしたいのだろうかと考える。いや、事を早く進めたがっているのは何故なのだろうか。どうしてもそこが解らない。

「夜はいてもらって構わないから、昼は三人で食べようよ」

「お兄ちゃんはこう言ってくれたけど?」

「わかりました! その代りお昼までだからね!」


 文化祭の初日は生徒だけなのもあってか、売り始めは混んではいないようだった。販売側からの連絡がないものだから、調理室では焼きあがったクッキーが山と積まれていく。

 混みはじめたのはお昼くらいからで、どちらかと言えば昼食替わりに立ち寄っている感じなのだろう。こちらとしては、おやつ代わりに買って行く人が多いと思っていたので、明日のペースは予定変更する方が良いのだろう。

 じつは調理側でも係を分けていた。家庭科室でオーブンを使う係と、店とを行き来する係の二組にだ。

 僕らに気を使った訳ではなく、島崎さん会いたさから、大半の男子が行き来をしてくれている。残った女子は真理佳を筆頭に手際の良い子が揃っているので、順調にクッキーが焼きあがっていて、午後の二時を回る頃には焼く生地が無くなってしまった。


 クッキーを焼く合間に休憩をはさんでいたとはいえ、お昼を食べる暇を惜しんで焼いていたので、皆が疲れているようだった。

「後片付けは二人でやっておくから、みんなは自由にしていいよ」

 そう声をかけると気を利かせてくれたのだろう、みんな散って行って真理佳と僕だけが調理室に残る。

「さっさと片付けてしまおうか」

 二人で片づけをしていると、入り口の扉が開き島崎さんが入ってきた。と言っても一歩入ったところで立ちすくんでいる。真理佳があからさまに不機嫌そうな顔をするが、島崎さんは俯いたままで動こうとしない。

「何か用かな、島崎さん」

 そう声をかけると、やっと俯いていた顔を上げる。

「あの。この前は、係決めの時はひどいことを言ってしまって、ごめんなさい。もっと早く謝らなければと思っていたのだけれど……」

「いや、僕もひどいことを言ってしまったね。それに怖がらせてしまった。こっちこそ、ごめんね」

「で、用はそれだけ?」

 真理佳がそっけなく言うと、「えぇ」と答えて出ていこうと後ろを向く。

「こちらも隠し事をしていたのだからお互い様よ。気にしないで普通にして」

 そっぽを向いたままで言った真理佳に、こちらも向かず「ありがとう」と述べて島崎さんは出て行ってしまった。

「もう少し言いようがあったんじゃないか?」

「いいのよこれ位で。私あの子嫌いだもん」


 片づけが終わると、真理佳の作ってくれていたお弁当を食べて、時間一杯まで二人で過ごした。

 今日もそうだが、最近のお弁当は個々で無い時が多くなっている。ご飯はおにぎりにしてあり、おかずは大きめの弁当箱に二人分詰めてあって、よく羨望と呆れの眼差しで見られている。少しは周りの目を気にしてほしいのだが、恋人宣言からは我慢が出来なくなっているようだった。


 二日目は役割が無いので、待ち合わせの時間と場所を確認して真理佳と別れる。

 調理室で神崎と少しお喋りをして、時間を見計らって校舎の外で母を待っていると、校舎の向こうに在る武道場から、威勢の良いかけ声や打ち合う音が聞こえてきた。

 毎年、他校の生徒を交えた練習試合を組むので、それが始まったのだろう。沙織ちゃんも頑張っているだろうな、と注意がそちらに向いていると肩をたたかれた。

「また始めたいんじゃないの」

 いつの間にか母がやって来ていて声をかけてくる。

「いや、未練が無い訳ではないけど、やりたい事は他にもあるからね」

 実際、夏休み中は課題の合間にパソコンの勉強をしていた。学校でも教わるけれど、表計算ソフトでは四則計算と簡単な関数だけで、社会に出てから役に立つとは思えない。就職希望に変更した身としては、即戦力になれる様にしておきたかった。それではと関数の本を買ってきてみたら、意外に奥が深くてハマってしまって、謎解きゲームでもやっているような感覚で楽しい。


「それでも体は動かした方が良いわよ。体力勝負だから勉強も仕事も夜……」

「母さん! ここ学校だから」

 本当に、なぜそう急かすようなことを言ってくるのだろう。

「いや、前から聞こうとは思っていたんだ。冗談ぽく言っているけど、明らかに関係を進める様にけしかけて来るよね。それはどうして?」

 普通の親ならば、高校生では早いとか思うのではないか。ましてや兄妹として育ってきた間柄なのだから、なおさら思うところが有るのでないのか。それなのに何故としばらく前から思っていた。

「お母さんは、限られた時間の中で後悔してほしくないのよ」

「別に時間はいくらでも……」

「本当にあるの? あんな事に巻き込まれても、そう言い切れるの?」

 重ねられた言葉に二の句が継げずにいると、母が真剣な面持ちで話し始めた。

「翔真が将来を真剣に考えてくれている事は嬉しいわ。それは真理佳の母としてもそうだし、翔真の親代わりとしてもそうよ。でも、あなたのご両親がそうであるように、一緒に事件に巻き込まれた子達がそうであるように、死は突然やってきて残った者に悔いを残すのよ。後悔が無くなるわけではないけれど、生きていた証を残してもらう事で救われる気持ちもあるのだから」


 言わんとしている事は解るつもりだ。解るのだが、社会人として認められる立場では無いので、社会人としての立場を当てはめるかの発言は間違っていると思ってしまう。

 いや、僕は怖いだけなのだろう。真理佳に何かを背負わせてしまうことが。

「皆が母さんと同じ考えを持つとは思えない、などと誤魔化すのはフェアじゃないよね。——怖いんだよ僕は。一歩ずつ歩んでいきたいのに、一足飛ばしで事が進んでいるように感じていて。それに引きずられるように、一緒にいる時間があっと言う間に尽きてしまうんじゃないかと思ってしまう。ましてやその証があの子の足枷となって、不幸にしてしまう事が恐ろしい」

「そうね。でもそれを不幸に感じるかは残された者の問題で、あなたが考える事ではないと思うわよ」

「別の問題もあるだろ。授かったら、育てるのにお金が必要なんだから。学生の間は無理だろうし、なにより高校の卒業が怪しくなるだろうからさ」

「だから渡してあるんじゃない」

 いや貰ったのは僕ではないし、真理佳が持ていてくれている。それに、絶対に出来ない訳ではないのだから、ちゃんと職に就くまでは我慢しようと思っている訳だ。真理佳だって理解してくれていると思っているのだが、不安を募らせてしまっているだろう事も感じてはいる。それでも……。


「絶対は無いだろうしね。いや真理佳が不安に思っているのも理解はしているし、少し前向きに考えてみるけど、急かさないでくれるとありがたいんだけど」

「そっちじゃなくて。あの子が残してくれた遺産は、そのまま翔真のものなのよ」

「それは……。少し使わせてもらう事にはなるだろうけど、無駄にあてにして良いお金じゃないでしょ」

 そう答えると、これでお終いとばかりに歩き出す。

 会話を続けてしまうと、赤ちゃんがどうのと言い出しかねない。どこで知り合いに聞かれるかもわからないので、本当に控えてほしい。


 それでも母はニコニコしながら横に付いて歩きだし、食べ物屋を見れば寄り道した。

「そう言えば、母さんの高校時代はどうだったの?」

 そう問いかけると、残念そうな顔で的外れな答えを返してくる。

「女子高だったから出会いが無かったのよね。でも、勤め始めてパパに出会ってすぐ恋に落ちてね。結婚も出産も早い方だったんじゃないかしら」

 聞きたかったのは文化祭の事だったのだけれど、聞き方が悪かったのかな。

 一通り巡って待ち合わせ場所に早めに向かうと、真理佳は既にいて友達と話をしていたが、僕らを見つけて小さく手を振り駆けてくる。その手には食べ物をたくさん抱えて。

 母の持つエコバッグにも買い回った結果が詰まっているので、自由に使える空き教室に移動してそれらを昼食に充てる。


「最後なんだから、パパも来れたら良かったのにねぇ」

 母はそんな言葉を漏らすが、父の性格からしたら出張でなかったとしても来なかっただろうと思う。結局は三人で味の評価をしながら有る物をつまみ、食べ終わると母は素直に帰って行った。

「さて、どこ回りたい?」

「特にコレって所は無かったなぁ。行くとしたらお化け屋敷くらい?」

「あのクラス、悪乗りする奴多いだろ。嫌でなければ少し話さないか?」

「いいけど、ここで大丈夫な話なの」

「言葉を選んでくれるならば」

 家でだと言葉が重くなりそうなのと、たぶん母は家に帰ってはいないので、ここで話すことにした。幸いにも人は少なく、僕らが居るのは教室の端だ。

「最近、母さんとどんな話をしている?」

 そんな振り方をすると、少し考える素振りを見せた後に話し始めた。

「料理の事でしょ、就職の事でしょ、あとは優しくしてもらっているか、かな?」

「生きていた証みたいな事は?」

「あぁ……」

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