第11話 明らかになる二人の関係

 あの晩を境に、島崎さんが僕に話かけて来ても無視を決め込むようになった真理佳だったが、それでも不機嫌な表情までは引っ込めることは無かった。まぁ表情まで大人しくなってしまったら、逆に疑いの目が向けられるだろうが。


「お弁当、美味しそうよね。翔真君のお母さんって、お料理が好きなんでしょうね」

 さすがに昼食までは一緒に摂ることが無かった彼女が、僕らのお弁当を覗き込みながら踏み込んで来た。

「まぁ、料理は好きな方じゃないかな。もっともレパートリーが多いかと言えば疑問だけどね」

「そうかしら、今日だって手が込んでいるように見えるけど」

 前に座って黙って食べている真理佳を盗み見ると、表情を変えてはいなかったが口の端が持ち上がっている。高校に入ってからの弁当は真理佳が毎日作っていて、母が作ってくれた事は一度としてなく、その事を知っているのはごく少数のはずだった。

「まぁ、毎日のお弁当には手間暇かかっていることは確かだし、その為に早起きしてくれているのには感謝の言葉しかないね。そう言えば、最近感謝の言葉を伝えてなかったな。帰ったら早速、伝えることにしようかな」

「そうすると良いわ。ところで、卵焼きを一つ貰ってもいいかしら」

「ダメよ!」

「貴女には聞いてないんですけど!」

 作ってくれた本人がダメだと言うのだから、僕が「どうぞ」とはいえない。隠しきれない苦笑いをごまかすように、場を取り繕う。

「今日のおかずの中では、だし巻き玉子が特に好物でね。申し訳ないけど」

「いえ、そういう事ならば。——その、他にはどんな物が好きなの?」

「あまり好き嫌いはないけど、味付けは甘めが好きかな。母の料理は塩っ辛いのが多いから、こっちの味の方が嬉しい」

「え?」

 暗に「母の手作りではない」と含んだのが伝わったか、ニンマリとこちらを見る真理佳と僕の顔を、彼女の目が行ったり来たりする。

「入学してからは、真理佳が毎日作ってくれているんだよ。母に作らすと、この歳で生活習慣病になりそうで怖いんだ」


 そろそろ味わって食べたいのでネタバラシをすると、島崎さんは引きつった笑顔を浮かべて「料理、お上手なのね」と口にして、悔しそうに離れて行った。

「いじわるが過ぎたかな」

「かまわないんじゃない?」

 このやり取りが、後に口論へと発展してしまうのだが。


 元々、文化祭のクラス出し物は喫茶店と決まっていた。まあ、市販のジュースと手作りクッキーを提供する程度なのだが。

 しかし事件の影響で、夏休み前に決まっていた役割分担が成り立たなくなってしまい、改めて決め直すことになってしまった。ここで二人の言い争いが起きてしまった。

 事の発端は役割決めで、真理佳は二日間の調理側リーダーを押し付けられた。それも手作り弁当の実績を買われての事だったが、なぜか島崎さんに近い子が調理側に固まっていて、失敗を狙っている様な感じだ。


 元々、初日のリーダーには成っていたけれど、一緒に調理する子達は真理佳よりだったはずで、文句を言いたくなるのも解る。

 そして、僕は引き離されるように販売側のリーダーを任され、当然の事だが島崎さんもこちら側なのだが、そもそも販売側のリーダーは島崎さんがやるはずだったのにである。

「私! お弁当が作れてもお菓子は得意じゃないの! ましてや、家庭科部の子がいないじゃない!」

「それでも経験が有るのだから出来るでしょ」

「だったら、島崎さんがやればいいでしょ!」

「私は料理ができないもの」

「翔真にレシピを教えていたじゃない!」

「知識と経験は同じではないのよ」

「だからって人に押し付けるのはズルい!」

「貴女が接客するよりは、私の方が喜ばれるとは思うのだけれど?」

「そんなのは関係ない。卑怯だと言っているの!」

 真理佳だけがヒートアップしている口論が続く。


 周りは彼女らの言動を、どのように見ているのだろうか。

 男子の一部は、僕と島崎さんが一緒になる事を快く思ってはいないのだが、表立って発言する者はいない。つい『そんなに島崎さんが欲しいなら、うっとうしいから持ってってくれ』と心の中で毒づいてしまうが、さすがに口に出すわけにはいかない。

 女子は、真理佳を非難するグループと擁護するグループに分かれていて、こちらも言い争いが収まる気配も無い。ただ、飛び交っている話を聞いている限り、彼女らの役割に異論はないようだ。


 僕もワガママを言わせてもらえれば、薄手のTシャツで売り子をする真理佳を野郎どもに見せたくは無い。浮かれた連中のエロい視線が真理佳に注がれるなど、想像するのも面白く無いのだ。

 そこで、僕の役割を変えてもらう事にした。

「クッキーなら母の手伝いをしたことが有るから、僕は調理側に回りたいのだけど」

 すると島崎さんが直ぐに否定してくる。

「相羽君は私と一緒に売る側よ」

「それはクラスとして要望ではないよね」

「私だけの要望でもないわ、売り上げに影響するもの」

「人の好み、特に顔や性格なんかは人によりけりだよ」

「それでも相羽君に好意的な子は多いわ」

「夏休み明けからは、そうでもないと思うのだけど」

「そんな事ないわ、そんな失礼な子がクラスにいるかしら」

「クラスの中でではなくてね……」


 やはり、なかなか聞き入れてはくれない。島崎さんに近い子も後押しするような発言をし始め、「真理佳さんがワガママを言うのが悪い」などの発言まで飛び出す。どうしたものかと考えあぐねていると、再び真理佳が口を出す。

「経験の有無って、さっき貴女が言ったのでしょ!」

「妹ちゃんは黙っていて! 私は相羽君と話しているのよ!」

「貴女は翔真に相応しくない!」

「はぁ!?」

「貴女が翔真の横にいるのは、許される事ではないと言ったの!」

「妹ちゃんの許可が必要とは思えないけど!」

「『妹ちゃん』言うな!」

「私が相羽君の恋人になるのは二人の問題よ。ブラコンは黙ってなさいよ!」

 待ち望んだ言葉が出たのだけど、真理佳の勢いは止まらなくて僕も言葉を挟めない。

「私はブラコンじゃない!」

「いいえ! お兄さんにベタベタ引っ付いていて気持ち悪いのよ! ハッキリ言って目障りよ!」

「翔真は誰にも渡さない! お兄ちゃんは、私だけのものなんだから〜〜〜!」


 真理佳は僕の左腕を抱きかかえ、大声で言ってのけた。

 うん、「渡さない」なんて嬉しい言葉を言ってしまったね。高校では聞いた事がなく、最近は家でも聞けない「お兄ちゃん」も新鮮ではあったけど、この場面で言うとブラコン確定になってしまうと思うのだが。

 当然ながら周りは完全に引いているし、島崎さんは口を開けたまま固まっている。その中で表情も変えず静観している井口先生は、僕の気持ちを知っているはずなのだが……。


「悪いけど、静かにしていてもらえるかな?」

 周りが口を挟まない様に言い放ち、島崎さんに向き直る。

「申し訳ないが君の言動から察する性格は、僕の理想とはかけ離れている。なので、恋人にするつもりなど毛ほども無い」

 当然ながら島崎さんは引き下がらず、周りのどよめきをよそに睨み返して言う。

「じゃぁ、理想を教えてよ。近づく努力くらいはさせてくれても良いでしょう」

「いらないよ努力なんて。さっき君は僕に喧嘩を売ったのだから」

「え? 私が貴方に喧嘩?」

 今まで言葉を慎重に選んでいたはずなのだから、感情的に口をついた言葉を彼女は自覚していないだろう。困惑している彼女に、面倒だが答えを聞かせてやる。

「売ったよ。すでに理想の女性がいるのに、他にもなんてつもりは無いんだよ。その最愛の人に『気持ち悪い』などと言われて僕が黙っていると思うかい? それに!」

 シスコンだとバカ共が騒がない様、視線で脅しつつ続ける。

「君らには関係ない事だが、この際ハッキリさせておこうか。僕は生後すぐに相羽の家に養子に迎え入れられたから、真理佳とは血のつながりは一切無い。表面的には双子の兄妹となっているけど、結婚だって可能な間柄なわけだ。だから僕らの関係にいちいち口出ししないで欲しいのだが、納得してもらえたかな」

 それを聞いた島崎さんの、僕を見る目が明らかに変わった。真理佳に向けていたのと同じゴミでも見る様な蔑む目だ。

「そ、そう。周りを騙して家ではイチャイチャしている訳ね。あぁ汚らわしい」

 彼女のグループや好意を寄せる男子からも、僕らを中傷する声が聞こえてきて、耐えかねた真理佳がすすり泣きだす。


 この期に及んで、真理佳を泣かされた以上はタダで済ますつもりは無い。

「おい! 口のきき方には気を付けろ。あの地獄を想像しろとは言わないが、そこから生還した人間に喧嘩を売る恐ろしさくらいは、想像力を働かせてから口にしろよ」

 僕の顔はすこぶる好戦的だったはずだ。場が水を打った様に静かになり、島崎さんは青い顔で立ち尽くす。

「僕たちを調理側にするか、二人そろって役割を外すかはそっちで決めてくれ」

 そう言い残し、真理佳を連れて教室の外に出ようとする。最後まで顔色も変えずに黙って聞いていた井口先生を見るが、特に止めるそぶりも見せずに仲裁にも入らない。


 人影のない廊下を少し歩き、窓側に並んで寄りかかる。

「——ごめんね。こんなことになっちゃって」

「大丈夫だから泣き止んで。真理佳に泣かれるのが一番こたえる」

 頭を撫でながら答えると「うん」と言って泣きはらした顔を向ける。ハンカチで涙を拭いてあげ、人目が無いのを確認してから額にキスをする。

「えへ」

 おでこに手をやり、満足そうな顔を向けてくる真理佳に、笑顔を向けて安心させる。

 この顔を曇らせずに残りの高校生活を過ごしたいのだが、こうなってしまうとそれも怪しく思えてしまう。そんな事に思いを馳せていると、真理佳が腕に抱きついてくる。

「再来月の誕生日プレゼントで、欲しい物がるんだけど……」

 僕は既に決めていたし、替える気も無かったが希望だけは聞いてあげる事にする。

「ダイヤは付けられないけど指輪にしようと思っていた。他のが良ければ考えては見るけど、それ以上のものが有るかな」

「私も指輪が良かったから大丈夫。——私も指輪でいい?」

「結婚指輪じゃないんだから、指輪の交換は変じゃないか」

「え? 婚姻届を出せばいいじゃん。問題ないよね」

「いや有るだろ、校則とか届出とかいろいろと」

「ママが校長先生に確認したら、問題ないって言われたらしいよ」

 え、学校に確認したのか? では学校側はどこまで、僕たちの関係を承知しているのだろうか。少なくともさっきのは担任からは、知っていそうな素振りは見られなかったはずだが。いや、知っていたからこそ黙って見ていたのか?

 母娘して気が早すぎるだろうと思いながら、ここは常識的な父に判断を委ねよう。

「母さんは当てにできないから、父さんが帰って来てから相談だな」

「パパが出張から帰ってくるのって年末だよ。そんなに待てないよ」

 そんなやり取りをしていると、教室から幼馴染の沙織ちゃんが顔を出して手招きする。


 教室に戻って黒板を見ると、二人そろって初日は調理側で、二日目は自由行動となっている。島崎さんグループは二日共に販売側だったので、周りが気を使ってくれたようだ。

 沙織ちゃんとは同じ道場に通っていた事もあって、僕にも気安く話しかけてくれるし、幼稚園から仲の良かった真理佳の相談によく乗ってくれていた。彼女も初日は厨房になっていて、他にも真理佳に好意的な女子が揃っている。二日目の厨房側リーダーは同じ家庭科部の木下さんなので、調整や引継も問題なく行えそうだ。

 そっと背中を押すと素直に輪に入って話しだす。「どんなの作ろうか」「頑張ろうね」に混じって「良かったね」と聞こえてくるので、僕らの関係に肯定的な子もいる様で少し安心した。

 男子のメンバーは島崎さんに好意的なのも混ざってはいるが、好意的でない者の方が少ないのだから、それはそれで受け入れるしかない。場合によっては、こちらよりで真面目人間の神崎にでも相手してもらおう。それにしても神崎は真面目すぎるだろう、二日共に厨房の係を引き受けるなんて。

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