第10話 引き際を違えぬように

 あの日から、島崎さんは私たちと一緒にいる事が多くなった。

 それこそ休憩時間だけでなく、帰り道も駅までついてくる。昨日からは朝も待ち伏せされていて、途中から一緒に歩く羽目になった。

 それもこれも翔真が彼女に話を合わせているからだし、私より彼女の意見を聞き入れているからに他ならない。だから島崎さんの態度も日に日に、目に余るものとなってくる。

「翔真君のためにも、ブラコン卒業しなきゃだね」

「貴女も彼氏でも見つけて、翔真君に心配かけないようにしないとね」

 クラスメイトからはそんな言葉を言われるようになったが、そう言ってきた子は島崎さんと仲が良い子達で、暗に『二人の邪魔をするな』と言いたいのだろう。


 実は知っているのだ。

 私に告白してきた男子は、島崎さんのグループに「相羽さんは貴方に気があるそうよ」とそそのかされていたのだ。そして亡くなった須藤さんたちも協力していた事を。

 翔真の本来の学力ならば、今年も同じクラスに成ることは無かった。そもそもコースが違ったのだから当然の事だったが、訳あって二年の終わりに荒れに荒れてしまって、このままでは退学になる所まで行ってしまった。そこを道場から指導してくれていた井口先生に諭されて、コースを落としてでも在学を決意してくれたのだ。

 あの告白さえなければ翔真が荒れる事も無かったはずで、元を正せば翔真の人生を歪めたのは彼女たちだと言える。だから、私は彼女たちの何もかもが許せない。

 それでも、あの事が無ければ翔真が補習に呼ばれることも無く、私が生きてあそこから帰ってくることも無かったはずで、その事にだけは感謝をしてもいい。いいけど……。


 島崎さんに翔真との関係を見せつけられている気がして、そんな二人を見るのがどうしても辛くて、学校に行くのも苦痛になってきていた。それでも私が休めば、二人っきりになった島崎さんがどういった行動に出るか判らないので、無理をしてでも学校には行く必要があった。

 幼馴染の沙織ちゃん達は、「気にしちゃダメだよ」とか「何か考えが有るはずだよ」なんて励ましてくれるけど、それでも不安で不安で仕方がない。自分でも小さいと思っている胸を抱えて、挫けてしまいそうになる心を必死に支え続ける。


 それでもなんとか頑張れるのは、家での翔真がとっても優しくしてくれるからだった。

 だけれども学校に行けば、島崎さんと同等かそれ以下の扱いだと感じてしまう。そんな翔真の態度に不満を感じ、翔真を信頼しきれない自分に嫌気がさすけど、誰にも相談など出来ないでいた。

 ママはそんな私の気持ちに気付いていたのだろう。ある日、学校から帰ると机の上に箱と手紙が置いてあった。

 箱の中身と手紙の内容にビックリしたけど、ママの許しが下りたのならば行動あるのみなので、翔真がお風呂に入っている間に部屋へ忍び込み、準備を整えてドキドキしながら戻って来るのを待った。


   ◇ ◇ ◇ ◇


 始めから解っていた事だが、島崎さんは押しが強くて口が上手く女王様気質がある。好意を寄せてくれるだけなら構わないのだが、それを当然のように押し付けてくるのは迷惑以外の何物でもない。

 ハッキリ言えば、僕の最も嫌いなタイプだ。

 最初は素直に諦めてもらおうと考えたけれど、あの手この手で気を引こうと話かけてくる。鬱陶しくもあり相手にするのも煩わしいのだが、こちらの関係を詮索されるのは好ましくない。ならばと、決定的な言葉を口にしてくれるように仕向けているが、もう少し付き合わなければならないようだ。

 早く解決してしまわないと、キレてしまうのは僕が先か真理佳が先か。


 ここ数日は真理佳のイライラ感がひどくて、そちらに手を打つ必要に迫られてしまった。だからと言ってこの状況で学校でも真理佳を優先すれば、真理佳は島崎さんに対してあからさまな態度に出るだろう。それは、秘密にしている関係がバレてしまう危機をはらんでいるので避けたい。

 そして、僕らの関係も少々こじれてしまっているので、言葉を尽くすほど泥沼にはまりそうで真理佳にかける言葉が出てこない。

『真理佳を安心させれる何かを、どうやって用意しようか』

 悩んだ末に母に市役所に行ってもらうよう頼んだところ、何も聞かずにニッコリ笑ってその日のうちに行ってきてくれた。


 風呂上りにリビングへ寄ると、母が意地悪そうな笑みを浮かべて黙って封筒を渡してくれる。確かに意味深なモノを取って来てもらったけど、そんな顔をしなくてもと思う。

「取って来てくれてありがとう、なんだけど。その期待に満ちた顔はやめて欲しいな」

「だって、男を見せるのでしょ。覗いたりしないから、頑張ってらっしゃい」

 どう切り出すかと考えながら真理佳の部屋に行くが、ノックをしても中からの返事が無い。時間的に寝ている訳ではないだろうと呼びかけて見るが、それでも返事はなくて開ける訳にもいかないので自分の部屋に戻る。


 と、僕のベッドの上に真理佳が座っていた。

 彼女には大きすぎる僕の学校指定ワイシャツを身に着けて。

 軽い目眩を覚えて壁に手をつくが、格好はともかく話があるのも事実である。深呼吸を一つして気を取り直すと扉を閉め、座って話そうと椅子を引き固まる。椅子には真理佳のパジャマが畳まれて置かれていて、有りえない事に一番上にはシンプルな下着が乗っていたのだ。

『あれ一枚しか身に付けていないと言うのか? なんの罰ゲームなんだ?』

 何をされるか分った物ではないのでベッドに座る訳にもいかず、床に座れば裾から中が見えそうなので扉にもたれて話し始める。

「下には母さんだっているんだから、バカな事していないで僕の話を聞いてくれないか」

 すると黙って二つに折られた紙を突き付けてくる。

「読めってことか?」

 扉から離れて手紙を受け取り、読もうと思って開くと何かが落ちた。そちらが要件の物かと拾おうとして、声にならない叫びをあげて止まる。

 なぜ真理佳は避妊具なんてものを持っている? 買ってきたのか? いつ?

 グルグル回る思考のまま手紙に目を向け、全ての答えを得る。

『これを持って、彼シャツで、翔真の部屋にゴー!』

 手紙には母の字でそう書かれていたのだ。


 うん、手を出さないのを判っていてやったな。それでも、行動を起こさせてしまうほどに真理佳を追い詰めてしまったのは、他ならない僕自身の不甲斐なさだ。だからこそ誤解を与えないよう、健全的な話をしたいので言葉を選ぶ。

「これはお守りとして、君が持っていなさい」

「君って言わないで! ちゃんと名前で呼んで!」

「真理佳に話があるんだけど、真面目に聞いてもらえるかな」

「そんなに私には、魅力が無いの?」

「僕にとっては魅力的だよ。いや、そうじゃなくて……」

「やっぱり胸が大きい方が良いんだ」

 いろいろ我慢しているこっちの身にもなれと、つい冷たい言い方をしてしまった。

「抱かれれば安心が出来るのか!」

「そんなの解んない。解んないけど、不安で不安で……」

 そう言って涙を流す。泣かしたくは無いのだけれど、やはり僕は不甲斐ない。

「真理佳には笑っていてほしいんだけれど、ダメな兄ちゃんだな」

「やっぱり翔真は、私のお兄ちゃんでしかないの」

「今はそうだ」

 キッパリと言って下で受け取った封筒を差し出す。

「だから今日、母さんに頼んで取ってきてもらった。中身を見て、その上で話を聞いてくれないか」


 真理佳が封筒から取り出した一つ目は戸籍謄本。僕と真理佳に血のつながりが無いことを証明する物で、本当の両親の名前も載っている。

 そして2つ目は婚姻届。結婚の届け出に必要な書類であるが、こちらは当然未記入なので、そのままでは意味をなさない。

「これ、は?」

「見た事ないかもしれないが婚姻届だよ」

「見れば分るけど、どうするの」

「僕と真理佳とで必要な所を記入して、真理佳に持っていてもらおうと思ったんだ。判子も作っていないし、年齢的にも直ぐには出せないけど、誓いの証として必要だと思った。それで真理佳が安心できるかは判らなかったけれどね」

「え、でも、ママの手紙は、え?」

「からかわれたのか、試されたのか。二人共にだと思うけどね」

「や、あの、ごめんなさい」

 頬を染め、裾を引っ張りながら立ち上がる真理佳をギュッと抱きしめ、その柔らかい体の感触に理性が吹き飛ぶ。

「不安にさせてごめん」

 上げた顔にそう投げかけ、唇を奪う。強く長く。


 少しずつ戻って来る理性にホッとしながら唇を離すと、真理佳が力なくもたれ掛って来たので、支えつつ廊下に向けて声をかけた。

「盗み聞きは良い趣味とは言えないよ、母さん」

 ガチャっと半分扉が開いて母が覗き込み、真理佳が腕の中で固まる。

「やっぱり翔真はしっかりしてるわね。でも、もう少し女の子の気持ちに寄り添ってほしいとも思うのよ。決して真理佳が弱いとかではなく、女の子は皆そうなのだから」

 言われたことは理解はしているつもりだが、それでも残念そうな表情で廊下に立つ母に反省を促す。

「それにしても、やり過ぎだよ。間違う前に止めてくれた?」

「そんなマネはしませんよ。邪魔しない様に朝までドライブに行ってきます」

「ママ。もう、やめて。わ、わたし……」

「真理佳。大切にされているのが判って、ママ嬉しいわ」

 そう言い残した母は、扉を開いたままで階下へ行ってしまった。

「さて、お嬢さん。今夜はどちらのベッドでお休みになられますか?」

「自分のベッドでお休みになられます」

 言葉が変になっているのは、テンパってるからだろうか。


 中が見えそうなので、なるべく下を見ない様にパジャマなどを持たせると、開いた胸元にプレゼントしたネックレスが光っているのに目が行く。いつも着けているのは知っていたが、こんな時にも着けてくれていると嬉しいものだ。

「はい、おやすみ」

 もう一度キスをして送り出すとベッドに潜り込む。溜息をついてふと目をやったクローゼットにはワイシャツがかかっていない。

 風呂に入る前には合ったのだから、さっき真理佳が羽織っていたのは、明日の登校時に着るべきものだ。

 なのに、着たまま部屋に戻ってしまっている。そのまま寝たりはしないと思うが、素肌に着けたものを明日着ると思うと、いやはや今晩は眠れるかどうか……。

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