第9話 受入れられぬ関係

 結局、夏休みが明けた今も、僕ら以外の者は無事に戻ってくることは無かった。

 未だ三五人の男子生徒は行方不明扱いのままで、十六人の女子生徒に至っては告別式が済んでいる。僕らは混乱を避けるために告別式などには参列しなかったが、いろいろと噂話がされていたとは聞いていた。

 警察の捜査も進展は無く、ワイドショーなどに取り上げられたりもしていたけど、僕らの事が公になることは無かった。それは残された遺体の損傷具合から、疑いが早々に晴れているからだったし、公開捜査に踏み切ったのは僕らが戻った後だったからだろう。

 もっともネットではいろいろ書き込まれていて、ゴシップ誌の記者が家に来た事も有ったけれど、相手にせず警察へ通報させてもらってやり過ごした。


 校舎の補修などが長引き、二学期は三日遅れて始まった。

 始業式の冒頭に校長先生からの事件についての話があったが、未だ行方不明の生徒に対する情報提供の呼びかけと、亡くなった生徒への黙祷のみで、当然ながら事件ついて皆が納得しているわけではない。

 僕らだけが生きて帰ってきた事は周知のことであったし、他学年を含めて噂話は絶えないので、僕らは少なからず注目を集める事になってしまった。まぁ、こればかりは受け入れるしかないだろう。


 クラス内でも亡くなった生徒が居るので、一学期と同じようにとは当然いかない。

 それでも担任が努めて冷静に対応してくれたし、教育委員会からカウンセラーが派遣されていたりして、授業が進まないなどの混乱はみられなかった。

 亡くなった女子生徒の席には花がたむけられ、戻らない男子の席同様に、席替え後もクラスの一員として後ろの方に残されている。そして、席替えで僕ら二人が並んで窓際後ろに決まったのは、まあ自然の流れであったし、こちらとしても願ったり叶ったりである。


 僕らは関係が変わったことがバレない様に、行動に変化が出ない様にふるまった。

 朝は一緒に登校して授業を受け、真理佳お手製の弁当を一緒に食べて帰宅も一緒にするが、会話と言えば勉強の事や家事の事くらいだ。

 表面上はブラコンの妹を持つ双子の日常であり、内面的には恋人同士のそれであるのだが、僕的にはそんな幸せな日が続いているので、周りの目など気にならないし冷静でもいられた。

 真理佳はと言えば、当初は「良かったね」「危なかったね」と心配されていたけど、それが過ぎると事件の真相を探るような質問が集中してしまい、辛くなったのか休憩中も僕と二人になる事が多くなってしまう。特に島崎さんを中心とするグループは、必要以上に亡くなった須藤さんたちの事を聞きたがり、幼馴染などから真理佳を引きはがそうとするので、真理佳は不機嫌さを隠さない様になっていた。

 事件の真相については「警察の捜査に関わるから言えない」と突っぱねていたので、次第に聞いて来る者も少なくなってはきたが、冷たい物言いもあってか疎外感は否めない。


   ◇ ◇ ◇ ◇


 学校が落ち着いてきたと思ったら、翔真に悪い虫が寄ってきた。

 クラスの中で翔真を狙っていた子が二人いたのだけれど、牽制し合っていた一人である須藤さんは、今回の事件で亡くなってしまった。そして、難を逃れた方が目の前にいる。

 翔真は背も高いし顔も良く、分け隔てなく優しいので女子の間では好印象だった。なので、好きだと言っている子も少なく無かったのだけれど、それでも告白する子はいなかった。なぜなら、牽制し合う二人とそのグループなどから攻撃されることを恐れたからだ。

 そしてその二人も、翔真に対して抜け駆けするようなことは無かった。

 だから私も気にしない様にしていたし、表立って牽制する必要も無かったのだけど、ライバルがいなくなったと思った様で積極的な行動に出てきたようだ。


「最近はこの辺りも物騒よね。学校でもあんな事があったばかりだし」

 そう翔真に話しかけてきたのは島崎冬実さん。クラス委員をしていて、なぜだか男子に人気が有る。

 悔しい事に、私よりも少しだけ美人で、チョットだけ胸が大きい。——本当に悔しい。


「真理佳さんを守ってあげたと聞いて。私もそんな人が近くにいて欲しいと思うのよ」

「お兄さんが欲しいのなら、ご両親に相談なさった方がいいんじゃないの」

「別に兄が欲しい訳ではないわ。守ってくれるような、そばにいて安心できる人が欲しいだけよ」

 牽制する私など眼中にないのであろう。ならば断ってもらおうと翔真を見る。

「僕は頼もしくは無いよ。妹を守るのが精一杯で、須藤さんたちを死なせてしまった」

 翔真は寂しそうな顔で答え、これ以上は触れてほしくない雰囲気を出したけど、それでも彼女はお構いなしに話を続ける。

「いえ、責めているわけではないのよ。あの、なんというか、それでも相羽君は強くて頼りがいのある人だと思っているの。だって二人して無事に戻って来れたのだから」

「戻って来られたのは奇跡に近いよ。実力でもなんでもない」

「あら、運も実力のうちでしょ」

「それだって次はどうなるか解らない。それより、君は人気も有るんだし、実力を備えた相応しい人が現れるはずだよ」


 ほんとうに、何故こんな子に人気が集まるのか理解できない。それでも言い寄ってくる男子だっているのだから、その中から適当に選べばいいものを、なんで私たちをほっといてくれないのだろうか。

「そうね、でも直ぐには現れないでしょ。だから、そばにいる時くらいは守ってほしいと思うのだけれど」

「さっきも言ったけど、僕が頼もしいと思うのは間違いだよ。そこに真理佳がいれば優先してしまうし、何人も救えるほど強くも無い」

「真理佳さんだって、ちゃんと彼氏が出来れば守ってもらえるでしょ。それとも、血の繋がりが無いと無理なんて言うのかしら」

「そんな事は無いよ。家族であれ恋人であれ、愛する人を守るのは務めだと考えるし、そう在りたいものだと思っているよ」

「あら、相羽君に愛される人は幸せ者ね」

「そうだと嬉しいな」

「それでも、そんな人達がいない場所でなら、私みたいな者でも守って貰えないかしら」

「そうだね。真理佳がいない状況でならば、君を守るのは当然の行いかもしれないね」

 なぜか私が妹の立場に戻って話が進んでいるようで、島崎さんを特別と言っているようで、とっても面白くない。それならば、彼女が入って来られない話題を振ってしまおう。


「ねぇ、今夜は何が食べたい?」

 本当はママが用意するので質問自体が不自然なのだけれど、翔真は合わせてくれた。

「今日は母さん遅いんだっけ。二人だけだからパスタにでもするか」

「じゃあ、帰りにトマト缶とアサリを買って帰ろうね」

 早くあっちに行ってよと話し始めたのだけど、島崎さんはそれでも話に割って入る。

「ボンゴレと言えばビアンコでしょ。トマトなんて……」

「うちの味はトマトなの! 余計な口出ししないでよ」

「あら、そこと同じで知識が乏しいのかと、アドバイスしただけよ」

 と私の胸を見ながら言ってのけた。

 大きいからって何様のつもり! とカッとなった私が口を開く前に翔真が答える。

「母がトマトベースの味付けを好んでね。僕らにとっては『家庭の味』なんだよ」

 そう仲裁に入ながらも、なぜか余計な一言を付け加えてしまう。

「でも今晩チャレンジしてみようか。うまく出来たら、そのうち母さんに作ってあげてもいいし、レパートリーを増やすのも悪くは無いからね」

「それなら、お勧めのレシピを紹介するわ」

「助かるよ。僕も少しは料理くらい出来るように成らないと、と思っていたし」

「いいわね、旦那様に作ってもらえるなんて、憧れてしまうわ」

「奥さんとキッチンに並んで立つのも悪くないと、そう思っているだけだよ」


 なぜだか私は、完全にかやの外になってしまっている。

 翔真は、どっちの味方なの?

 初めてのデートで食べた思い出の味なのに、もしかして翔真にとっては、特別な思い出ではなかったの?

 それとも胸の大きい子の方が好き、なの?


   ◇ ◇ ◇ ◇


 帰りは駅まで島崎さんが一緒にいて、どんな調味料が必要だとかコツがどうとか教えてくれた。メモを取ったり感心してみせたりして、急に仲の良くなった異性との会話を装うと、島崎さんは満足そうに会話を楽しんでくれたが、僕の求める言葉は言ってはもらえなかった。

 逆に真理佳は、そんな僕の態度が嫌だった様で、ずっと不機嫌そうな顔をして黙っていたけど、島崎さんが見えなくなったとたんに詰め寄ってくる。

「どうしてあの子の意見を聞き入れるの!」

「いいじゃないか別に、料理の味付けについて話しただけだろ。それに声が大きいよ、言いたいことが有るのなら家で聞くから」

 そう言ってその場を無理やり収める。どこで誰に聞かれるか解らないし、特に島崎さんに近い人には聞かれたくない理由なのだから、こんな所で聞かないで欲しい。


 家に帰り着替えて降りてくると、リビングであらためて詰め寄られた。

「どうして、私よりあの子の意見を聞き入れるのよ」

「島崎さんを優先したつもりは無い。それより、いつも二人だけでいるのも不自然だろ」

「大事な、私にとっては思い出の料理なのに」

「僕にとってもそうだよ。だけど、ちょうどいいと思ったんだ」

「やっぱり胸が大きい方がいいの」

 親が聞いているのに何を言い出すのやら。誤解を与えるような発言は控えてほしい。

 天井を仰ぎ見て気持ちを落ち着かせると、改めて真理佳を見て説明を続ける。

「そういう問題じゃなくってね、僕らの関係を学校で勘ぐられるのは良くないと思ったんだ。関係を説明するのも面倒だし、ただでさえ最近は二人きりが多いんだから」

「だって、翔真の特別は私だもん。他の子が近くにいるのは嫌だ」

 そう涙声で言うや、部屋に行ってしまった。


「珍しいわね。学校で何かあったの」

 母が心配、ではなく興味津々で聞いてくるので、今日の出来事を隠さずに話す。

「言い回しがいやらしく感じるのは、母さんだけかしら」

「いや、わざと勘違いさせて告白でもしてもらおうと思った。ハッキリした告白ならば断われるけど、あの調子だとその気にさせて引き出さないと無理そうで。真理佳との事を隠したままで拒絶できる自信が無くてね」

「学校での修羅場はやめてね。次の呼び出しはパパに行ってもらうから」

「そうならない様に願っていてよ」

 これでこの話はお終いと新聞を広げる僕に、母が別の方向から攻めてくる。

「そうそう、胸は大きい方が好き?」

「――基準が不明確なので比較はできないけれど、好みのサイズならば真理佳かな。まあ、触ったことも無ければ、見たのだって一回しかないけれどね」

 答えに満足だったのか、母は「ごちそうさま」と言って台所へ戻って行った。

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