第8話 初めてのデート

 あの異質な世界から戻って来た二日後、担任の井口先生と校長先生が家を訪ねて来た。事件に対する謝罪に訪れたわけだが、学校側になんら落ち度があったわけでもないので、両親と共に感謝の言葉を返す。

 学校の敷地内は現場検証や修復などで入れない事もあって、「予定していた補習は無くなった」と聞かされた真理佳は手放しで喜んでいた。まぁ、代わりとして課題が山のように出されたのは言うまでもない。


 警察には親同伴で何度か呼び出され、聴き取りを受けている。

 聴かれる内容は毎回同じで、襲ってきた化け物の詳細や男子達のいなくなった状況だったりだ。もっとも「刺されて消えた」などと言えば、自分たちが助かった状況を詳しく話さないといけないし、触れられたくは無いので口をつぐむ。そんなだから、捜査の進展はあり得ないだろう。残された家族の事も考えたが、どちらにしても遺体が戻る訳ではないので、申し訳ないが許してもらうしかない。


 結局、休みの間は遊びに出かける事も無く、大人しく家で勉強をすることになった。

 なにしろ、父にあのような事を言われてしまったのだから、課題以外にも学力の向上は必要だと思ったし、将来に目を向けて考えることもできたからだ。

 僕が勉強漬けなので、必然的に真理佳も勉強をすることになったが、僕が教えているので素直に課題をこなしているし、二人きりの時間を楽しんでいる感じは有り有だった。

 なぜかと言えば、父は一週間ほどして出張先のアメリカに戻ってしまったし、母は非常勤ながら仕事を持っているので不在が多い。そんなだから、朝から晩まで二人っきりでいる事も多くて、昼や夜の料理も一緒に作るし買い物も一緒に行っていた。それこそ新婚生活のようでもあり、充実した時間に幸せを感じているのはお互い様だろう。


 問題があるとすれば、ふとした切っ掛けであの朝を思い出してしまうことだ。

 裸で抱き合ってお互いの温もりを直に感じた、あの溺れそうな時間を再びと思ってしまうし、その先に進むことも想像してしまうくらい、真理佳が常にそばに居る。だから、そんな欲求を抑えるのが大変だったりするわけだ。

 その辺りを、真理佳はどう思っているのだろうか。恥ずかしい思いをさせてしまったのだし、トラウマにでもなっていたらと思うと、その事に触れる勇気が出ない。


 夏休み最後の日(といっても始業日が後ろにずれたので、一般的には平日に当たるのだが)に、頑張ったごご褒美として真理佳をデートに連れ出した。

「なぁ、真理佳。休みも今日で終わりだから、久し振りに水族館でも行ってみないか」

「え、今から? いいけど……。昨日のうちに教えてくれれば、お弁当を作れたのに!」

 朝になっていきなり誘ったものだから文句も言われたけど、行く先は都心なのでお弁当を広げる所があるのか疑問がある。電車に乗るまで不満そうに黙っていた真理佳も、乗り継ぎをして目的の駅に着く頃には、ソワソワして話が止まらなくなってくる。


「手、繋ごうか。人が多いし」

「クラスの子とかに見られたらどうするの? いや、繋ぎたいけど、その……」

 これだけ人が多ければ知り合いとすれ違う事も無いだろうと、恥ずかしがるのも構わずに手を繋いで水族館までの道のりをゆっくりと歩く。こうして二人で歩くのは何年振りだろうか。

 始めて二人だけで来たせいか、久しぶりだからなのか、薄暗いはずの館内はなぜか目に鮮やかで、外とは打って変わって人は少ないからと腕を組んで歩く距離感は、とても新鮮だった。

 アシカのショーなどは平日だけあって行われておらず、展示を見るだけなので早い時間で一周しまった。お土産屋にイルカのぬいぐるみが有ったので「買ってあげようか」と見せると、「そんなに子供じゃない」と怒られてしまう。もっとも真理佳の部屋には結構な数のぬいぐるみがあって、クレーンゲームなんかで取って来た物も含めると、ごく最近までねだられていたのだから説得力が無いのも事実だった。


「まだお昼には早いけど、もう一周見てまわろっか」

「それより、プラネタリウムって見た事ないから入ってみたい」

「星なんかに興味があったっけ?」

 そんな流れでプラネタリウムに入ってみたが、貸切り状態と言えるほど客がいなくて、照明が落ちる前から繋いだ手は、始まってものの数分で脈打ち始めて説明が耳に入ってこない。それは僕の鼓動なのか真理佳の鼓動なのか……。

 暗がりの中で聞こえてくる息づかいと、伝わってくる手の温かさとに、あの朝を思い出してしまって心臓が高鳴ってしまう。明かりがついた時に赤い顔をしていたので、真理佳も同じだったのか聞くと「翔真のいじわる。でも、おんなじ……」なんて返してくれる。

 そうか、そんな可愛い顔が出来るのならば、真理佳にとって嫌な思い出とはなっていないのだろう。少し安心できた。


 ちょうど十二時を回ったところだったので、そのまま昼食にしようと階下のレストラン街に向かう。平日だからか会社員の昼時間に当たってしまって、蕎麦やうどん、天ぷら屋などの和食系は外まで並んでいる。さすがに回らない寿司屋に入る持ち合わせがない。

 洋食屋に目を向けるとOLさんが多いみたいだが、外まで並んでいるお店はほとんど無くて、少し待っただけでイタリアン・レストランに入れた。

 落ち着いた雰囲気の店内は照明が少し落とされていて、隣のテーブルも気にならない。


「何にしようか」

「パスタが食べたいけど、石窯ピッツァも気になるね」

「なら半分こするか。ランチセットから選べば、サラダとドリンクが付いてるしね」

「じゃぁ、ボンゴレ・ロッソにする。翔真はどのピッツァにする?」

「パスタがトマトなら、ピッツァは餅明太子にするかな」

 店員を呼んでセットを注文すると、僕は食後にコーヒーを、真理佳は紅茶と一緒と取り分け皿をお願いする。

 てっきりパスタを分けるものと思っていたのだが、真理佳は迷う事なくピザを二切れ取り分ける。

「パスタはどうするんだよ」

「ふふん。あ〜ん、して」

 そう言う事か。って、周りの目もあるのだから抑えて欲しい。それでも店内が空き初めてきたので、差し出されるフォークを黙って口にしながら食事を進める。料理が美味しいのは食べさせて貰っているからだけではないと思いたい。


 ゆっくり食後のコーヒーを飲みながら、考えていなかった午後の予定を相談してみる。

「ゆっくりお店を見て回りたいな。で、なにか初デートの記念になる物が欲しい」

 真理佳の言葉に真っ先に指輪が思い浮かぶが、学校にして行けば校則にも引っかかる。普段身に着けてもらえるものがいいのだけど、それだと腕時計くらいしか思いつかないし、さすがにストラップチャームとかでは許してもらえる自信が無い。

 専門店の並ぶ駅寄りのデパート内で、雑貨屋や洋服店を腕を引かれて見て回るが、コレといった物が見つからないまま時間だけが過ぎていく。

 真理佳はそれなりに楽しんでいる様だけど、なかなか欲しいものを言ってもらえない。記念にこだわり過ぎているからか、僕は気が焦ってしまって楽しめるものではなかった。


 昼が少し少なかったのもあってフードコートに移動し、クレープを食べながら欲しいものを聞いてみる。

「何か気に入ったものはあった? それとも、もう少し回ってみるかい」

 そうすると、恥ずかしそうに話しはじめる。

「あのね、本当は指輪が欲しけど、学校にはしていけないでしょ。でもネックレスなら見つかりにくいから、彼氏がいる子はけっこう着けているの」

 確かにアクセサリーが置いてある店では、必ずと言っていいほどネックレスを見ていたから、僕もつられて見ていていくつか思い浮かぶ物もあった。

「そうだな、さっき覗いたお店にも綺麗なのがあったよね。小振りだったけど緑色の石が入ったハート形の」

「え、それって結構高かったよ」

 値段を見ていたならば気に入っているのだろう。戻って確認すると言うほど高く無かったので勧めてみる。

「ほんとにいいの?」

「お昼も安く済んだしね。気に入ったのならばコレにしよう」

 会計を済ませて真理佳に手提げ袋ごと手渡すと、着けてと言ってその場で後ろを向く。気に入った品をプレゼントできてホッとしたのもつかの間、店員の視線が恥ずかしくて背中を押す様に店を出て、吹き抜けのベンチで着けてあげた。


 帰るには少し早いかとも思ったけれど、帰宅ラッシュに当たる前に帰る事にした。乗り込んだ電車の中は空いていたので、並んで腰掛けると甘える様に寄り添ってくる。そんななのでバッグの陰で恋人繋ぎをして最寄駅まで幸せな時間をすごした。

 ご機嫌の真理佳は家に帰り付くと、夕食の支度を始めていた母の元へ真っ先に向かい、ネックレスを見せながら嬉しそうに今日の事を話しはじめた。

「その石ってペリドット?」

「そんな名前だったかなぁ。八月の誕生石って書いてあったよ」

「ならそうね。夫婦の愛とかの石言葉が有るのよ」

「へぇ、花言葉って聞いたことあるけど、宝石にもあるんだ」

「いい物が貰えて良かったわね」

 母娘して嬉しそうな笑顔をこちらに見せて来るので、恥ずかしくて目をそらせてしまった。


 さて明日から二学期が始まるが、いらぬ噂も広がっている事だろう。

 だからこそ、守ってやるためにも気を引き締めてかからないと。

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