第7話 明かされる真実の関係

 それから後がまた大変だった。

 外履きなんだから、そのまま保健室から外に出ればよかったものを、何のためらいも無く昇降口へと進んでしまう。当然、中庭に転がる雨に現れた遺体を目にすることになり、そのグロテスクで非現実的なオブジェのような存在に、吐き気をもよおして足早に外を目指す。


 真理佳を支える様に寄り添って、昇降口から出ようと扉を押してしまい、校舎内に警報が鳴り響いてしまう。

「明るいから失念していたけど、警報に引っかかったようだね」

 二人して顔を見合わせていると、思いの外早くに警察官がやって来るのが見える。こちらの時間が異界と同じであれば、行方不明になってから三日目のはずで、当然ながら事件として扱われているのだろう。


「君たちはこの学校の生徒か」

「はい。襲われて妹が怪我をしているので、救急車を呼んでもらえませんか。あと校舎の中に遺体が有るので、そちらもお願いします」

 見れば校庭の端にはパトカーが停まっていて、そちらから応援と救急車の手配をしてくれるようだ。一人を残して校舎内に入って行った警察官の慌ただしい話声を背に聞きながら、説明を求められたが素直に話したところで与太話にしかならない。


「状況が解らないまま理科実験室に隠れていたけれど、化け物に襲われて妹が怪我を負わされて。近くにあったアルコールランプに火を付けたら怖がったので、投げつけたら逃げて行きました。風景が一変していたので外に出ようと昇降口まで来たら、警報に引っかかってしまったんです」

 遺体の事も聞かれはしたけれど、知らない、解らないと誤魔化している間に救急車が到着して、近くの総合病院に搬送される。


 車内で「頭を強く打った」と伝えていたので、真理佳は出迎えてくれた看護婦さんに検査や治療のために連れていかれ、残された僕は処置室に案内されて腕などの治療を受けながら、同席の警察官から状況を聞かされる。

「部活に来ていた生徒が君たちを見ているのに、始業時間前から姿が見えない。そこで教職員の間で騒ぎとなって警察への通報となったが、捜査を始めたものの五三名もの生徒の行方がつかめない。集団誘拐などの事件性が濃厚になったので、公開捜査の判断を待っていたところなのだよ」


 ならば神隠しにでもしてしまえと、次のように事情を話す。

  ・教室に居たところ外の風景が一変し、敷地の外は山や森が広がっていた

  ・気が付くと男子生徒の数が減っている

  ・もしかすると敷地外へ出て行ってしまったのかもしれない

  ・今朝になって化け物が現れて、残っていた人を襲い始めた

  ・化け物が逃げた後に景色が戻っていたので、恐る恐る外に向かった

 半信半疑で聞いていただろう警察官も、中庭の遺体を見ていたためか何時から雨が降ったかを聞いてきた。

「昨晩から降りはじめて、結構な強さでした。そう言えば、いつ止んだのか定かではないですね」

 どうやら、こちらでは雨が降ってはいなかった様で、中庭に残る雨の跡はさぞかし不思議なものだったに違いない。治療が終わったところで聴取も切り上げてくれて、後日の呼び出しに応じてもらいたいと念押しされて処置室を出る。


 そこには警察からの連絡を受けたのか、両親が心配そうな表情を浮かべて立っていた。

「ただいま。心配をかけて、真理佳に怪我をさせてしまって、ごめん」

「真理佳がいないようだが、怪我はひどいのか」

 謝罪の言葉に頷くと、僕の腕を心配そうに見た父が不安そうに問いかけてくる。

「傷はそうでもなかったけど、真理佳は頭を強く打っているから検査中のはずだよ」

 強く突き飛ばされて頭を強打した、と救急車の中で話してあるので、MRIでも撮っているだろうから時間がかかるかもしれない。


 そうしていると、奥から看護婦に付き添われた真理佳がこちらに歩いてくる。

 それまで黙っていた母が慌てて駆けて行き、真理佳を抱きしめて「怪我は大丈夫なの」と優しく問いかけると、気丈に話し始めた真理佳は最後には涙声になって答えた。

「お兄ちゃんが守ってくれたから、大丈夫だったよ。――でも、怖かった」

 僕は真理佳との件で後ろめたい事も有って、父には苦笑いを返すことしかできなかったが、それでも父はポンと肩をたたいて称えてくれる。

「二人とも無事でよかった。真理佳を守ってくれてありがとう」

 どこか複雑そうな父の表情とその労いの言葉に、なぜか引っかかるものを感じていた。


 父も母も気さくに何でも話せる陽気な人達なのだが、家に向かう車内も帰り着いてからも、一言もしゃべらずにいる。それだけ心配していたとも思えるのだが、寡黙とは違う、何かを話しあぐねている様な雰囲気に居心地の悪さを感じる。

 更には僕らも誓い合ったことを隠していて、どう両親に接して良いのか解らない状況なので、リビングが重苦しい空気に包まれてしまったが、その沈黙を破ったのは父だった。

「本当はもう少し先、翔真が成人したら話そうと思っていたんだが……。今回のような事で話さないままになるのも心残りになるのでな」

 どうやら僕に対して話しにくい話題があるようだ。


 姿勢を正して話を聞く準備をすると、母が一枚の写真を取り出しテーブルに置く。そこには制服姿の母と女性がもう一人写っていた。

「ママが高校生の頃の写真? 一緒に写っている人は、友達?」

 なぜか真理佳が受け取り、代弁して母に問いかける。

「えぇ、ママの親友だった人よ。そして、――翔真のお母さんよ」

「えっ? パパの浮気相手、とか?」

 どうしてそこに行きついたのかは『昼ドラの見過ぎだ』と突っ込みたくなったが、つい僕も疑いの目で父を見てしまう。


「その発想が出て来るのは悲しいが。まぁ、母さんの話を最後まで聞きなさい」

 溜め息まじりで答える父は、話の続きも母に委ねるようだった。

「翔真は私たちの本当の子ではないの。訳あって養子に迎えて双子として育ててきたの」

 母は懐かしむような、それでいて寂しそうな表情を浮かべ話始める。


 真理佳の髪が母譲りであるように、ハーフの母も子供の頃は茶色い髪の事でいじめられていて、それでも幼馴染である写真の彼女が常に支え続けてくれたおかげで、悲観する事も無く乗り切れたのだそうだ。

 その幼馴染とは、小中高と同じ学校へ通い友情を育んだけれど、母の就職を切っ掛けに疎遠となってしまう。もっとも喧嘩別れしたとかではなく、母が就職を機に引っ越した先が遠かったことと、直ぐ恋人(今の父)が出来たのが原因のようだったが。


 母は数年後には結婚して、直ぐに妊娠したのもあって会社を退職する。

 当時から父は海外出張が多くて、出産の時期に日本に居るかどうかも判らなかった。それで母は実家で出産する事になり、久しぶりに帰郷して産院でばったり再会を果たす。

 再会したその幼馴染は、当時の面影が無いくらいやつれていたそうだ。

 やっとの事で聞きだしたその理由は、ご主人との事故による死別だったそうで、彼女も事故の後遺症を抱え出産に不安を持っていたのだと言う。

 子供の頃の恩返しにと、母が彼女を元気づけたかいもあり、出産近くになる頃には元気を取り戻して、子供の名前を考えたり産後の為の買い物をしたりと、共に過ごしていたという。


 そして、母は元気な女の子を無事に出産した。

 しかし幼馴染は、同じ日に男の子を産んで『翔真』と名付けたものの、翌日に亡くなってしまったそうだ。

 彼女の肉親とも連絡が取れず、引き取り手の無い赤子は施設に入るところだったが、母が父を説得して引取って双子の兄妹として育てた。


「だから、翔真と私たちには血のつながりが無いのよ」

 僕自身、話を聞いて衝撃を受けてはいた。本当の両親と死に別れていたなどと、いきなり聞かされれば驚きもする。それでも、それより血のつながりが無いことに衝撃を受けたのだ。それは嬉しさ故のものだった。

「――かわいそう。ママの幼馴染もお兄ちゃんも」

「いや、僕は分け隔てなく育ってもらったから、かわいそうではないと思うよ」

 そんなだから、真理佳の言葉にも冷静に突っ込みを入れる。真理佳は気付いていないのだろうか、僕たちにも血のつながりは無いことを。だからこそ、あの誓いを違えずに踏み出せるのだということを。

 それでも、『血の繋がりが無いとの話を聞いた直ぐに、こんな話をしてしまって理解されるのだろうか』とか、『いや、時間をおいてしまって言い出せなくは成らないか』とか考えてしまって、深刻な顔になっていたのだろう。


 ふと見た両親は暗い顔をして、僕をうかがい見る様にしている。もしかすると一時期荒れていた原因の一つとして、『実の子供では無い事に気付いていた』が含まれていると思っているのかもしれない。

「父さん母さん、話してくれてありがとう。その、二人にお願いが有るんだけど……。聞いてもらえますか」

 少し悩んだ末、打ち明ける事を決断して話し始めると、両親は顔を見合わせた後に覚悟を決めたような硬い表情でこちらに頷く。


 横目で真理佳を見るが、一人だけ場違いな程のほほんとしている。テーブルの下で足を突っつくが、小首を傾げてこちらを見るだけに留まっている。これから話すことを察してもらいたかったのだが、無理そうなので話はじめる。

「今回の事件では真理佳の存在に救われたんだ。記憶を奪われても『この子だけは守るんだ』って心が揺らがなかったから、こうして二人で帰って来る事が出来たんだと思う。だから、口外するつもりは無かった秘密を持った」

 すると、真理佳が慌てたように顔を赤くして姿勢を正す。

「それでも今の話を聞いて、踏み出す勇気が湧いたから聞いてほしい」

 不安から怪訝な表情に変わった両親に、僕はテーブルに額が付くほど深く頭を下げる。

「僕らは以前からお互いに片思いをしていて、深く愛し合っている事が確認できた。だから、結婚を前提に付き合う事を許してください」

「お、おねがいします」

 真理佳も頭を下げたので、沈黙と重い空気が流れる。


 その沈黙を破ったのは、今度は母だった。

「――それは、『すでに人に言えない様な関係を持ってしまった』と言うことかしら」

「いやいやいや。それは無いから。ってか、ストレートすぎるから!」

「兄妹のままだったら、どういった付き合い方をしていくつもりだったの」

「当然、兄妹としての関係を超えることは無いよ。互いを思う気持ちだけを持ち続けるだろうから、彼氏や彼女が出来る事も無いだろうし、結婚だってしなかったと思うよ」


 困った顔の母と悟ったような顔でいる父に、ものすごいアウェイ感を持つ。それは、真理佳が不思議そうな顔で会話に入ってこない事にも原因がある。

 変な汗が額を伝うと、やっと父が口を開く。

「まぁ、一つ屋根の下に居て気持ちを抑えておけ、って言うのは無理もありそうだし。結婚に関しても法に触れる訳ではないから、反対する理由は特段無いかな。母さんは、どうだい?」

「え、あ、ふつつかな娘ですが……。て、こんな娘で後悔しないのかの方が心配なんですけど」

「ちょっとママ、なんてこと言うのよ!」

「だって、ねぇ。翔真ならしっかりした娘を連れて来るかと、楽しみにしていたのに」

 おどけた感じで父の方を見る母に、苦笑いで答えた父が僕を見る。


「ところで、『結婚を前提に付き合う』ってのは、具体的にはどうなんだ」

「もちろん、学生でいる間は節度を守るし、学校でも兄妹として今まで通りにするけど」

「そうか。ところで翔真、いつから好きだったんだ」

 顔がほてってくるのを抑えられずに、それでも誤魔化さずに答える。

「いつとは言えないけど、意識したのは去年の秋だよ。でも叶わないと思っていたから、吹っ切らなきゃって無理をしていた」

「それで成績が落ちたのか。まぁ気持ちが解らなくもないが、許したら気を引き締めてくれるのだろうね、跡取り殿。娘を幸せにできない男には嫁がすつもりは無いよ」

 結婚を前提にと言ったのは僕なのだが、父も母もその言葉をちゃんと受け止めて、それでも堅苦しくならない様に答えてくれている。そして、どうやら父は許してくれそうだ。


「真理佳はどうなの?」

「わ、私は中学のころからかな。その前から特別な人だったけど、理想の彼氏って聞かれて浮かぶのはお兄ちゃんだったし。デートの想像とかしても隣にいるのはお兄ちゃんだった。友達が『翔真君って良いよね』って言っていると、誇らしくもあったけどモヤモヤするものもあったし、現実には無理だと思うと悲しくって……」

 最後は涙声になって話す真理佳の肩を、そっと抱いてあげる。母はそんな様子に笑顔で一つ頷くと、僕らの関係を許してくれる。

「じゃあ、お兄ちゃんを取られない様に、真理佳も頑張らないとね」


「よかったな、許してもらえて」

 そう口にすると、真理佳は嬉しそうに笑うと抱き付いてきた。

『『『おいおい』』』

 言ったそばからコレかと、三人して先が思いやられると苦笑いをこぼす。真理佳にはもう少し我慢を覚えてもらわないといけないのだろうな。

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