第3話 繰り返す幸福と悲しみ

 私の髪は脱色したように茶色く、その事で幼い頃はいじめられる事が多かった。そうしていじめられていると、翔真がいつも駆け付けてきて助けてくれた。  

 私はいじめの原因であるこの髪を、嫌いにはなれなかった。ハーフである母の髪と同じ色であった事も理由の一つだけれど、翔真が「綺麗な髪色で、僕は好きだよ」と言ってくれた事が一番の理由たったと思う。


 翔真はいつもそばにいてくれて、私を守ってくれる。私だけのヒーローであり、憧れであり、最も近い異性であり、幼い事からずっとずっと特別な人だった。

 私は勉強が苦手だったので、高校からは別々の学校に行くと思っていたけれど、付きりで勉強を教えてくれて、コースは違ったけれど同じ高校に通う事も叶った。だから、お礼も兼ねて毎日お弁当を作ってあげた。それが私に出来る唯一の事だったからなのだけれど、嬉しそうに受け取ってくれて美味しかったと残さず食べてくれることに、充実感や言い表せない程の幸せを感じていた。


 翔真は中学に上がってから剣道を始めた。理由は教えてくれなかったけれど、私を守るために必要だと感じたのだと思う。だって私が過保護だと感じる程、大切にしてくれていたのだもの。

 そんな翔真は直ぐに才能を開花させて、二年生から主要メンバーとして大会に臨み、部長も務める程の人望と実力を持っていた。それもあって、いつもそばに居る私はいつの頃からか、いじめられる事が無くなっていた。


 いつからだろう、特別だった翔真の特別に成りたいと思うようになったのは。そう自覚してから、その思いを抑えきれなくなるのに時間はかからず、最近ではその思いを持て余す様になっていた。


 決して私では翔真の横には立てないと判っているのに……。


 そして私は大きな失敗をしてしまい、その失敗は取り返しのつかない結果をもたらす。

 高二の文化祭でのこと。クラスの女子に呼び出されて向かった場所には、翔真と仲の良い剣道部の男の子がいた。もっとも、私との接点なんてクラスが同じだけだったのだけれど、思いもかけず告白を受けてしまう。

 私が翔真の横には立てない事は判っているけれど、それでもこの気持ちは変えられるものではなくって、翔真にとっては迷惑な話だけど、秘めた思いを貫きたいと強く願った。

 だから私は「好きな人がいるので、受けられません」と即答して、逃げる様にその場を後にした。


 その日はクラスの打ち上げがあったのに、体調が悪いと断ってしまう。それを聞きつけた翔真は自分の打ち上げも断ってしまって、私を支える様に学校を後にする。

 そんなだったから、歩きながら告白された事を話したのだった。なぜなら翔真には隠し事をしたくないし、変な噂として伝わっても困ると思ったから。それでも、断った理由だけは誤魔化してしまった。翔真が好きだからなんて言えるわけがないのだから。


 その話を聞いた翔真はひどく衝撃を受けた表情を浮かべると、なにを話しかけてもうわの空で、それから後は私と二人きりになる事を避けるようになってしまった。

 今までと同じように笑顔を向けてくれるし、困ったことが有れば助けてくれるけれど、二人きりになると見えない壁が出来たように距離を感じて、『二人だけで居られる幸せな時間』は戻って来る事はなかった。取り返しのつかない大失敗だった。

 そんな微妙な関係の中で、今回の異変に巻き込まれてしまった。


 今日も翔真と一緒に登校はしたものの、補習科目の多い私は別の教室に入った。そこで先生が来るのを待っていたのだけど、急に廊下が騒がしくなって悲鳴まで聞こえて来る。悲鳴に混じって聞こえてきた「翔真」の声に、慌てて廊下に飛び出してみると、翔真が仰向けに倒れているのが目に入る。

 激しい動悸を抑え込んで駆け寄ると、頭を動かさない様に呼びかけるが返事が無くって涙が出そうになる。近くで立ちすくむ子に理由を尋ねると、「変な女に胸を刺されて倒れた」と訳の解らない事を言いだす。傷も出血も無いのに、それでも誰もが否定しない事から、考えられない事態に巻き込まれた事だけは理解した。

 同じクラスの男子がいたので、翔真を保健室まで運んでもらうように頼みこむ。救急車を呼ぼうとスマホを取り出したけれど、圏外になっていて役に立たない。


 ベッドに寝かせるとベルトを緩めてタオルケットを掛ける。その間に男子達は保健室を出て行ってしまい、二人だけが残される形になってしまったが、不思議と不安が無いのは久しぶりの距離感だからかもしれない。

 はしたないとは思ったけれど、人目が無いので眠る翔真の胸に顔を埋めて抱きしめる。

 温かい、嬉しい、離したくない。そうワガママに成って行く自分が怖くなって、カーテンを閉めて距離を取った。


 二時間ほどして目を覚ました翔真の、第一声に目を見張ってしまう。

「君は? 僕はどうして保健室なんかに?」

 心臓が止まるほどの衝撃だった。そんなにも忘れてしまいたかったのか、それほどまでに嫌われていたのかと、自分のこれまでの行いを激しく悔いた。

 忘れてしまったのは私の事だけではない様で、ひどく混乱しているみたいだったけど、それでも私の髪色の事は、好きだと言ってくれたこの髪の事は忘れてはいなかった。


 とっても嬉しかった。だから私は、名前を偽ってしまう。

 嫌われていた自分の事を思い出させないように、やり直すチャンスだとささやく私の中の悪魔に従った。それが偽りの関係であり、それぞれの為にはならないと解ってはいたけれど、弱い私は従わらざるを得なかった。


 日が暮れるまでの時間を昔のような距離感で過ごせて幸せだったのに、翔真がその分を苦しみとして受け取る様に、魔女に再び襲われ倒れようとしている。このままでは危険だと頑張って音楽準備室まで運び込めたけれど、そこで力尽きてしまった。


   ◇ ◇ ◇ ◇


 目を覚ますと楽器ケースが目に入る。固い床の感触から音楽準備室の床に寝かされているのは理解したが、思いのほか不快感は無い。頭に感じる柔らかな感触は、どうも膝枕をされているようだ。

 そっと頭を動かして上を見ると、長い髪をポニーテールに結んだ可愛い女の子が静かに寝息を立てていた。その顔には見覚えが無いのだが、月明かりに光る綺麗な髪には覚えがあり、触れたい衝動を抑えきれない。

 髪に触れると、懐かしさが込み上げてくると同時に、耐え難い痛みが胸を突く。


 髪に触れられたことで目が覚めたのだろう、その子と目が合う。

「私が、わかる?」

 寂しげな表情で尋ねられたが、「ごめん」としか答えられなかった。その事が強く僕を責めたてて、胸の痛みが増してくる。

 それでも体を起こすと、彼女は用意しておいたペットボトルの水を差し出してくれる。ありがたく受け取り一口飲むと、彼女は亜里沙と名乗り、幼馴染の様な関係だと説明してくれた。


「――こんなやり取りをした記憶が微かに有るけど、それは最初に襲われた後かな?」

 襲われた記憶は鮮明に残っているが、その途中の記憶がひどく曖昧だったのでそう聞いてみた。

「えぇ、あのときは保健室だったわ。ごめんなさい、固い床の上に寝かせてしまって」

「いや、お礼は僕の方が言うべきだよ。ここまで運んでくれた上に、その、膝枕までしてくれてありがとう。おかげで目覚めは良かったよ」

 恥ずかしそうに頬を染める彼女に、いくつか質問をして状況を整理する。


 先ほど襲われた状況を考えると、隠れている意味が無い気もする。なぜなら魔女は、気配も感じさせずに真後ろに突然現れたのだから。それでも電気を付ける勇気は無く、日が昇るまで肩を寄せ合って隠れて過ごした。不釣り合いな幸福感を抱いたままで。

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