第57話 白雪姫は永遠に眠る 10
「ありゃりゃ、やらないんだ、参ったなー」
ティムとアリシアが作戦を断念し、撤収しようと動き始める途中。
それを俯瞰する魔女は、呟いた。
誰にも姿を悟られないように一瞬の隙をついて、魔女は火を放った。
「・・・ごめんね、私達には時間が無いんだ、だから運命の針を、進めさせてもらうよ」
魔女は爆発を見守ると、死人が出ないように周囲に治癒と防護の魔法をかけた。
その日も、レヴォルと白雪姫は一つの棺に一緒になって眠っていた。
お互いに向き合って眠っている姿は恋人と幼い兄妹の中間のようでいて、お互いに無垢で純粋な心を持っていたからこそ静謐だった。
そして
目を覚ましたレヴォルは即座に周囲を観察し、逃げ道がない事を悟る。
寝起きの白雪姫は、半分微睡みの中にいて、自身の身に起こっている惨状についてはまだ気づいていない。
燃焼したガスの匂いから、呼吸をすれば喉が焼けると悟ったレヴォルは呼吸を止めるが、白雪姫はまだ気づいておらず、穏やかな顔で微睡んでいる。
レヴォルは、考えるより先に白雪姫に覆い被さると、押し倒すような形で白雪姫の唇を塞いで循環呼吸を行う。
息を送り込み、吸い出す。
その単純で基本的な動作に全ての意識を集中させた。
崩れた天井がレヴォルの背中や頭を焼くが、その激痛を堪えながら、レヴォルは呼吸に集中した。
レヴォルはその瞬間を、永遠のような地獄で天使に触れる感覚で、高鳴る鼓動を刻む。
その瞬間だけレヴォルは。
ノインやツヴェルクの安否も、ティムやアリシアの事も、エレナの事も何も考えずに。
ただ、白雪姫に生きて欲しいという一念の元に、白雪姫を守った。
白雪姫のキスは微睡みの中に行われる。
白雪姫にとって、自分が眠っている間に行われたキスなんて行為に、なんの意味があるのかすら理解出来きずに生きてきたけれど。
初めて、起きている最中に唇を奪われて。
そして、燃え盛る炎の中で、自分に空気を分けてくれる命の
白雪姫は知った。
それこそが、人間の持つ、偽りの無い愛の形だと言う事を。
物語におけるキスは魔法である。
呪いを解く魔法の力が、キスには宿っている。
そして、その資格を持つのは、純粋な心を持った王子様とお姫様。
空白の書の持ち主だが、レヴォルは誰よりも、その資格のある存在だ。
だからこそ、この渡り鳥の想区においては、レヴォルにもその資格を与えられていた。
白雪姫は目覚めたのであった。
ーーー本来の自分に。
「許さないって、どうするつもりなのかしら」
王妃は動じる事無く白雪姫を挑発した。
白雪姫に自分に歯向かう気概なんてないと知っていたから。
だが。
「・・・今ここで、私がお義母さんを倒す、もう許さない、お義母さんのせいで皆が傷つかないように、私がこの手で、お義母さんをやっつける」
白雪姫は剣を構えると斬撃を放った。
ノインの放つ物と比べれば格段に見劣りするが、それでも本気の殺意を込めた鋭い一撃である事に変わりは無い。
それを美女と野獣の野獣ベットに接続したティムが盾で受け止める。
アリシアもガリヴァーに接続してこちらを威嚇する。
「ここは俺達に任せて王妃様、お逃げください!」
「・・・本気なのね、いいわ、城で待つ、そこで全ての決着をつけましょう」
白雪姫の覚醒を悟った王妃は自身の終末の時が来たのだと、最後の役割に向けて白雪姫を招待し、姿を眩ませた。
レヴォル達にそれ以上の交戦の意思が無いのを見たアリシアとティムも、接続を解かないまま闇へと消えていった。
「お義母さん・・・、こんなの、どうやっても許せないよ・・・、ねぇ渡り鳥さん、許す事が愛なのなら、お義母さんを許せない私は愛が無いのかな・・・」
白雪姫は涙を滲ませながら拳を震わせるが。
「・・・許すのは、別に今じゃなくてもいいんだ、白雪姫が許せるようになったら、王妃の事を許せばいい、俺は王妃を許せない白雪姫を、許すよ」
そう言ってレヴォルは白雪姫を優しく抱き締めてあげた。
他人の事を許せない自分を許せなくなる葛藤。
そんな経験をレヴォルもしていたから。
だからレヴォルには、白雪姫を許してあげる事ができた。
「・・・ねぇ、渡り鳥さん」
抱き締められながら白雪姫は、至近距離でレヴォルを見つめた。
「なんだ?」
その瞳に吸い込まれそうになりながら、レヴォルは白雪姫の揺れる心を覗いた。
「白雪に、・・・もう一度キスをして」
「え?」
「そしたらきっと、本当の愛が知れる、もう少しで分かりそうなの、だから」
真剣で、焦っていて、どこか熱に浮かれているような、白雪姫の
白雪姫は多分、恋になりかけている状態だ。
もしもキスすれば、それは恋に変わるのだろうか。
そして、レヴォルのどこまでも冷めていて、恋にはならない愛情も伝わるのだろうか。
この恋は最初から終わっている。
自分が
だから白雪姫に恋を教えてしまっては、それは悲恋になってしまう。
それを分かっていて白雪姫にキスをしてしまっていいのだろうか。
「・・・分かっているのか?俺は旅人で、君とは一緒になれない、これが最初で最後のキスになるんだぞ」
「・・・分かってるよ、渡り鳥さんは、白雪の一度きりの王子さまだって事を、だからこそ渡り鳥さんは本当の王子様が教えてくれない事を、白雪が知らない事を教えてくれるって、だから、・・・お願いします」
それでもレヴォルは迷ったけれど、三度目の正直である。
今更こちらが意識する方が、かえって遺恨が残るかもしれないと、恋にはならない感傷を投げ捨てる。
「じゃあ目を瞑っているから、三回目は君からしてくれ」
レヴォルは目を閉じて思案した。
本当にこれでよかったのかと。
心の中の
ーーーそしてエレナは。
鼻腔をくすぐるマーガレットの香りがするりと流れていき。
震える唇の感触が下から撫でるように触れて。
少女の
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