祈りの儀式・7


 祈りの儀式が終わって数日後、一の村に湿った雪が落ちてきた。

 かすかに残っていた木々の枯葉は、水気を含んだ雪の重みに耐えかねて、すべて落ちてしまった。

 これから寒く凍った冬が来る。

 だが、エリザの体調は、祈りの儀式の日以来、徐々に回復していった。気力も充実し、元気な日々を送るようになっていた。

 癒しの巫女として、神官の子供として、村の人びとがエリザとジュエルを認めたせいもあるのだろう。ラタの実で作った石けんが、思いのほか好評で、エリザの努力が報われたこともある。

 でも、最高神官が手紙通りにジュエルを認めてくれたことが、何よりもうれしかったのだ。エリザがあれほどまでに逃げ腰だったにもかかわらず、である。


 言葉はほんの少しだった……。


 なのに、この時の祈りの儀式は、なぜか、エリザに苦いものよりもときめきを思い出させた。

 最高神官サリサ・メルは、触れがたいほど神々しく見え、エリザに巫女姫の存在を忘れさせた。ミキアや銀の少女、サラの子の事も、クール・ベヌの意地悪さえも忘れ、汚れた自分が浄化されたような気分になる。

 湯浴みをすれば、サリサとはじめて会った日の思い出に、浸ることができる。

 作業の時は、どろどろと汚い感覚しか与えなかったラタの実の石けんも、今は気持ちよくエリザの体を泡で包んでくれる。

 妄想だと思う。でも、妄想だって、たまにいいと思う。

 邪な思いに、時々恐れをなすのは相変わらずだが、人に隠れて悪い遊びをするかのように、エリザは妄想を楽しんだ。

 お風呂から上がり、ほかほかした体のまま、エリザは手紙を読む。ますます、肌が桃色に染まる。

 最高神官からの手紙は、儀式の時の神々しさから想像ができないほど優しく、温かく、親しみがあった。

 エリザは眠る前に返事を書き、朝一番で祈り所に届けるのだった。

 返事は、また、すぐに来る。

 そんな日々が続いて、エリザに新たな力を与えてくれる。


 

 この冬、エリザとサリサの間で交わされた手紙の数は、膨大だった。もっとも文通が盛んだった時期である。

 内容はたわいもないことばかりだったが、後々読み返せば微笑ましいものばかりだっただろう。

 その後、二人はぞれぞれにこの手紙の山を燃してしまった。

 微笑ましい内容も、状況がが変われば持っていることも辛く切ない内容となる。

 エリザは、冬のある日に暖炉にすべてくべて燃やした。サリサは、春の風が吹くある日にマール・ヴェールの祠で焼いた。

 だから、この手紙の数々を読み返し、微笑む者は誰もいない。




=祈りの儀式/終わり=

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