恋争い・13
「ラウル?」
エリザが恐る恐る声を掛けてくる。
もう二度とラウルとは会いたくない……。そう言って泣いていたのは、ほんの少し前だった。
だが、エリザは、もうそのことをおぼえていないのか、普段の彼女に戻っていた。
しかも、頬をまるで紅玉のように染めながら。
おそらく、一日中落ち込んでいたはずなのに……。
それが、最高神官の慰めのせいだと思うと、ラウルは口も聞けない。
ましてや……。
――先ほどの話。
ラウルの盗み聞きが正しいとすれば、エリザは霊山に戻ってしまう。
それは、いったいどういうことだろう?
最高神官の仕え人?
ならば、エリザの一生はここで終わったようなものだ。
最高神官の愛人?
聞いたことがない。ムテ人は愛人など作らない。聖職が聞いてあきれる話だ。
「エリザ、ごめん。今日は帰る。後日、また改めて……」
「ラウル?」
「明日か、明後日……。必ず、宝玉の編み方を教える。だから……」
一方、サリサのほうは。
まるで冷静に対処したかのようだったが、彼は自己嫌悪で怒りまくっていた。
はじめ、エリザの話を聞いている時、サリサはラウルの存在に気がついていなかった。だが、エリザがサリサの名を呼んだとたん、壁ひとつ隔てたラウルの気が動転して、サリサに伝わった。
その瞬間、サリサも我に返り、エリザに無意識に掛けていた暗示に気がついたのだ。
――それが、ジュエルにとって一番いい方法……。
確かに、エリザは精神的に追いつめられていた。
だから、サリサの提案も、またひとつの解決方法である。だが、サリサは、有無も言わさず『それが一番に思いなさい』と、エリザに働きかけていたのだ。
サリサの意思が働いている暗示ならともかく、無意識なお願い程度のものなのだから効果は薄い。しかも、サリサの場合、エリザとは違って、この力を掌握しているのだ。暴走することはない。
だが、サリサにとって、暗示が効く・効かないよりも、暗示を掛けて縛ろうとしたことのほうが、問題だった。
力が強い者は、力で押さえ込む。権力ある者は、権力で押さえ込む。
サリサは常にエリザの自由を奪おうとしてしまう。
最高神官としての地位を利用したり、持っている能力を使ったりして。
エリザは苦しんで、霊山を下りる道を選んだ。その決心の深さは、サリサがよく知っている。
本当にエリザのことを思うならば、霊山以外の選択肢だって、指し示してあげるべきなのに。
しかも、その後だ。
ラウルに対する嫉妬心たっぷりで、どうしようもなかった。
だから、ラウルに対して、いかにも最高神官である……という態度をとってみせたのだ。
星の下で、エリザと手をつないで眠ったなんて、許せない。
だから、エリザに口づけし、彼に見せつけてやったのだ。
それにあの石――。
サリサが何度も愛でた首筋を、分断して輝く石たち。
力があるのはわかる。エリザのためにもなっている。
だからこそ、許しがたかった。
二人だけの短い時間に、何と差し出がましい石なのだろう?
しかし、あからさまに外せとは言えない。最高神官として、外して欲しい理由が全くないのだ。
「他の男から贈られた物を身につけて欲しくない」
そう言いたかったのに。
エリザには、何とも苦しい見栄を張った。
その見栄は、ラウル対しては快感になった。
エリザの首飾りなんて、何も思っていない。ラウルなど、はなから敵ではない。相手になど、していない。
お礼の言葉さえ添えてあげた。
エリザは、最高神官の手のうちにある。
最高神官の力を見せつけてやり、足下にも及ばないと教えてあげた。
所詮、ラウルのことなども、最高神官の手のうちにあること。
ラウルの動揺が、サリサには楽しかった。
だが、何とも後味が悪かった。
結局、最高神官という地位を利用して、自分を大きく見せたに過ぎないのだ。
「我ながら……ガキ」
足早に山道を上りながらも、独り言が飛び出していた。
自分の部屋に戻る頃、サリサは寂しい気持ちに襲われた。
山を下るエリザを見送った時、ラウルのような人と出会って結婚し、幸せになるエリザの姿を想像した。
その姿を見たくない……と思いつつ、ジュエルのこともあって一の村にエリザを呼び寄せた。
その時から、このようなことが起きると予知していたことだ。それを、耐えなければ……と思っていたことだ。
なのに。
ラウルが誠実でエリザにぴったりだと思えば思うほど、サリサは我慢ができなかった。あの男には、絶対にエリザを渡したくはなかった。
――エリザの幸せの芽を摘んだかも知れない。
サリサは、すっかり落ち込みながらも、自分で自分を慰めた。
「でも……エオルだって言っていた。それで負けるような男にエリザはやれないって。だから……いいんだ。これで」
ところが、ラウルはそれで負ける男ではなかった。
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