薬草採り・6


 ラウルとエリザは、夕方戻ってきた。

 ララァの家の薬草精製所に袋を運び込み、簡単なよりわけ作業をラウルに手伝ってもらった。

 そして、夕飯をララァにごちそうになり、楽しく過ごした。だが、その間、ラウルは少しだけ元気がなかった。


(私が泣いてばかりだから?)


 エリザは、ちらりちらりと、ラウルのほうに視線を送ったが、彼は黙々と食事するだけだった。

「ちょっとぉ、疲れているの? ラウルったらぁ」

 その様子に気がついたララァが声をかける。

「疲れちゃいないよ!」

 吐き捨てるように、ラウルが言った。


(ああ、二つも荷物を持たせてしまって……きっと疲れちゃったんだわ)


 エリザは、申し訳なく思った。

「ごめんなさいね、ラウル。荷物運びさせちゃって。つきあわせてしまって……」

「そんなことじゃなくって! ま、またつきあうさ、何度でも!」

 ラウルはあわてて叫んだ。

 エリザは、目をぱちくりさせていた。


(じゃあ、やっぱり私の泣き虫ぶりにあきれたのかしら?)


 そのエリザの様子を、今度はララァが見てため息をついた。


(……エリザって、どうも普通の人よりも鈍感なのよね?)


 ジュエルのような不思議な子供を自分の子供だと思い込んでいること自体、やはり変わっているというか、鈍感というか……。


(でも、可愛い娘だし、性格もいいし、ラウルにぴったりじゃない?)


 勝手に色々想像して、ララァはニマニマ笑った。

 その横で、ララァいわく『鈍感なところがたまにきず』の夫・ロンが、気持ち悪そうに妻の顔をじろじろ見ていた。

「お前、何か悪いものでも食ったか?」

 


 すっかりおねむのジュエルを抱きかかえ、エリザがララァの家を後にしたのは、かなり遅くなってからだった。

 いいというのに、ラウルが「帰り道だから」と言って、送ってくれた。

 月明かりに白い壁が光輝き、夜も美しい村だった。

 エリザは、祈り所に閉じ込められた時の事や、霊山での苦労を忘れて、この村がどうにか好きになりかけていた。

 並んで歩いているのに、ラウルは相変わらず無口だった。とうとうエリザの家の前まで来た。

「ラウル、今日は本当にありがとう……」

 エリザは、再びお礼を言った。ラウルは、うつむいたまま。だが、扉を閉めようとした時、ラウルの手が扉に掛かった。

「あの……エリザ」

 やっと、重たい口を開いた。

 エリザはジュエルを抱いたまま、ラウルが何を言い出すのか? と思い、きょとんとした顔を向けた。

「あの……。僕は疲れても困っても何でもないんだ」

「え?」

「ただ……その、力になりたいっていうか……。僕の知らない理由で泣かせたくないっていうか……」

 どうやら、やはり泣き虫が嫌だったらしい。エリザは、小さく謝った。

「ごめんなさいね。もう泣かないから……」

「そうじゃなくて!」

 急に声を荒げられて、エリザはびっくりした。ジュエルに至っては、泣き出した。

「……あ、ごめん」

 必死に二人であやしたせいか、それとも眠たかったせいか、ジュエルはすぐにおとなしくなった。そのわずかな間に、エリザはラウルと息がかかるほど近づいていたことに気がついた。

 少し熱を帯びたラウルの視線を感じ、エリザは顔をあげた。

 目と目があった瞬間、ラウルは言った。

「あの……頼りにして欲しいんだ」

 エリザは、思わず後ずさりした。


 ――どうぞ、頼ってください。


 それは、サリサが何かあるたびにエリザに言った言葉だ。

 何度も何度も繰り返し、抱きしめて耳元で言ってくれた言葉だ。


「……え? た、頼りすぎているくらい、頼ってしまっていると思いますけれど?」

 エリザは動揺しながらも答えた。

「でも……何かがあなたを泣かせている」

 ラウルは純朴な青年だが、どこか強引なところもあった。有無を言わせない迫力が、彼にはある。


 ――見透かされてしまう!

 エリザは、なぜか恐ろしく感じた。


「ま……まだ、故郷に未練があって……。で、でも、ララァやあなたがよくしてくれるから、すぐに慣れると思う……」

 自分の中に潜むよからぬ想い――最高神官への度を超した依存は、ラウルに悟られたくなかった。

 故郷と口にしたとたん、エリザの目が潤んだ。そのせいか、ラウルの態度は控えめになった。

「ごめん。そうだよな。故郷を後にしたばかりで……。当然だ」

 ラウルは、エリザの言葉を自分に言い聞かせるように、何度も繰り返した。


 ――そうだよ、そうだ。そうに決まっている。


 その言葉を聞きながら、エリザは心が消えて無くなってしまいそうな、不思議な感覚に陥っていた。

「困ったことがあったら、僕を頼ってくれ。何でも力になるから」

「……ありがとう。本当に……頼りにしている」

 急にエリザの口から、ぽろぽろと言葉が漏れた。

「私、山を下った時から、ラウルに頼ってばかりだったわ。最初に親切にしてくれたの、ラウルだし……。家の引っ越しだって、今回のことだって……」

 その言葉に、何一つ嘘はなかった。だが、感謝の気持ちというよりも、何か不安な想いが、エリザを雄弁にしていた。

「私、本当にラウルがいなかったら、困って途方に暮れていたわ。ラウルのおかげで、この村にも住めそう……」

 そこまで言って、エリザははっとした。ラウルの視線が、エリザの胸元に釘づけになっていたからだ。

 リューマ族の男に襲われたことを思い出し、エリザは思わず胸元を手で覆った。

「また石を贈ったら……受け取ってくれる?」

 ラウルは照れくさそうに言った。

 エリザが手を当てた場所には、なくさなければラウルの紫水晶が輝いていたはずだった。

 ムテ人の純粋な気持ちに触れて、エリザは自分が抱いた疑いが恥ずかしく、下品に思われて赤面した。

 慌ててコクコクと何度もうなずいた。

 その瞬間、ラウルは久しぶりに明るい笑顔を見せた。

 エリザの方は、逆に何だかとんでもないことをしでかしたのでは? と、不安になった。

「あの石よりもあなたに似合う物を贈るから。楽しみに待っていてくれ」

 そう言うと、ラウルは手を振りながら帰って行った。

 エリザは……というと、なぜか沸き上がる罪悪感に苛まれながら、呆然とラウルを見送ったのだった。



=薬草採り/終わり=

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