第五十一話:守り人と謎の少女
1
木の枝から枝へと飛び移る。暗闇ではあるが、隠密任務に長けたシーフの私にとって、これぐらいは造作もないこと。
逃げるだけなら、パーティで行動するより一人の方が都合が良い。
でも…。
周囲の気配を探る。
相変わらず、こちらに迫る影を感じる。
はぁ…しつこい奴等。
初手でゴブリン一体を殺し、敵の出鼻をくじいてやったが、それで怯んだわけではないようだ。
確かに数的優位と地理の利は向こうにあるとは言え、ここまでしぶといと撒くのは苦労するかもしれない。
ラトとシュカは上手く敵を撒いただろうか。
まあ、あの二人なら問題無いだろう。こんなところで死ぬことはないと思う。
確証は無いけど、そう信じたい…。
グギャア、ギャギャ。
見つかった。
暗闇の中、弓矢が飛んでくる。
木の陰に身を隠す。
武器は棍棒だけかと思ったが、アーチャーもいるようだ。
厄介。
…それに、私の居場所を正確に追ってくる。
なぜ。
ゴブリン以外のモンスターがいる…?
いや、いたとして、奴らが共闘するなんてことはあるのだろうか。
もしかして、ゴブリンキャスターか…?
敵の攻撃の手は止まない。その間も距離を詰められる。
その時、異変に気付いた。
敵の数が…、増えている…!?
最初、索敵した際には10体ぐらいだったはずだが、それが倍になっている…。
しかも、小柄なゴブリンに交じって、違った気配を感じ取れる。
ホブゴブリンか…?上位種がこの群れを率いていた?
冷や汗が額を流れる。
このままラトたちと合流するのは、マズイかな…。
敵の戦力が今のところ読めない。
それに…。
シュカの不安と恐怖に満ちた顔を思い出す。
私がなんとかしないと。
目を閉じる。深呼吸。
緑の臭いに交じって血なまぐさい香りが鼻腔にへばりつく。
「私が敵を引き付ける。この状況なら、暗視スキルがあるシーフの出番」
私はそう言い切った。
大丈夫。正面から向き合わないなら、私だってなんとか戦える。
生き延びてみせる。
2
はあ、はあ…。
テントから数100m走っただろうか。
距離感を正確にはつかめない。
シュカの手を引きながら、その場から一旦退避した。
ミラが敵を引き付けてくれたおかげで、敵を分断させ、その戦力も多少削ることができた。
シュカの息が荒い。
敵の奇襲。ミラの囮役。立て続けの戦闘。
シュカは現状、精神的にも非常に不安定な状態にあると思う。
俺も冒険者になった当時は、いつ死ぬか分からない不安で押し潰されそうになっていた。状況が状況だ。無理もない。
「シュカ、ほら回復用ポーションだ。飲んどけ」
「…は、はい、ありがとうございます」
それで良い。少しでも気を紛らわす。
多少は落ち着いたようだ。
「大丈夫か?」
「はい。でも、ミラさんが…」
「ああ」
「…殺したい」
「え…?」
「ゴブリンです…。あいつらみんな殺したいです」
「…ん、分かってる」
怯えていたと思ったら、急に攻勢に転じたか。
病気的な気の変わりようだ。さっきまでの不安は何だったのか。
とはいえ、ミラを助けにいかなくてはならないことに変わりは無い。
この状況で誰かに頼るのは無理だ。
今この森でミラを助けられるのは、俺とシュカしかいない。
パーティメンバを死なせるわけにはいかない。
だが、どうすれば良い?
ミラと合流できても、敵の戦力を見誤れば、元も子もない。
パーティが全滅。
最悪の事態は回避する。
「ラトさん、霧が!周りが…」
霧が一層深くなってきたようだ。これでは暗視スキルにも支障が出るか。
「動けるか?」
「すみません。私…」
霧で空気がひんやりしているだけではない。
何かの気配を感じた。
「シュカ!」
「…何か、来ます!」
異様な気配を感じた。
ゴブリンではない。もっと別な何かだ。
「
若干晴れた霧の隙間に、何かがいることは確認した。
ノイズのようなその声は静寂を打ち消した。
3
『
モンスター、獣の皮を身に纏った何かは語りかけてくる。
『冒険者が迷いの霧を抜けてくるなんてね。驚きだ。何年振りだろうか』
声は…女だろうか。顔が見えないので性別までは判別できない。
『アレに遭わなかったのかい?幸運だね君たち』
何を言っているんだ。はっきりと聞こえなかった。
「君は…何者なんだ?」
思わず言葉が漏れる。
甲高い声で笑う。
『そんなの、決まっている。我々は守り人。神聖な領域を犯さんとするものを排除する者。この森は代々、我々守り人により引き継がれてきた聖なるもの。ヒトがこの森を土足で踏みにじることは決してあってはならないこと。そして、この代償は計り知れない』
…敵なのか。数秒考える時間も無い。一体、どうすれば…。
『森に仇なす侵略者よ。今すぐここで死ね。
手に持った棒切れを振り回そうとしてくる。
戦闘は避けられない。
「痛っ!!!」
突如。そいつは悲鳴を上げる。
「止めなさいよ!この馬鹿」
誰かに頭を殴られたようだ。
「な、なにするんだよ姉さん…!」
先ほどとは打って変わり、弱弱しい声に変わる。その毛皮の後ろに現れたのは、ボアの皮を身に纏う少女。
首からは植物を紐代わりに骨を結んだ、アクセサリーをぶら下げている。
頭にはモンスターのものとみられる頭部?ノラ街でさえ見かけることの無い風貌だ。
「ごめんな。あんたら見たところ冒険者なんだろ?」
ニコッと笑みを見せながら、陽気な雰囲気でこちらに詫びを入れる。
剣から手を離す。敵意は感じられない。
「君は一体誰なんだ?この者は?」
姉さんと呼ばれるその少女?に尋ねる。
「そいつはね、敵意は無いんだ。少し臆病なんだよ。許してやっておくれ」
少女と見たが、言葉遣いは大人びているようにも感じる。何者なのか。
「おいでよ。歓迎する、
「俺はラトっていいます」
「わ、わたしはシュカです…!」
名を聞くより先に歩き出している。
「良い名だ。さあ、こちらへ、ラト、シュカ。アードたちは変わり者が多いからね。君たちはついてるよ」
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