「ネガティヴ・ケイパビリティ」


ネガティヴ・ケイパビリティという言葉を知っているだろうか?

直訳では、「負の能力・陰性能力」となり、「答えの出ない、対処のしようのない事態に耐える能力」を指す。あるいは、性急に証明や理由を求めずに、不確実さ不思議さ懐疑さの中にいることができる能力のことである。

「ネガティヴ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」の著者である帚木蓬生は、とある医学論文の要約にネガティヴ・ケイパビリティに当たる部分を見つける。その時の衝撃を簡単に彼は書いているが、その医学論文の要約部分にはこのようにある。


「人はどのようにして、他の人の内なる体験に接近し始められるだろうか。共感を持った探索をするには、探求者が結論を棚上げにする創造的な能力を持っていなければならない」


これは従来の医学界に対する強烈な反証でもある。なぜなら、医師はとかくエビデンスに基づいた診断を下し疾患を分類し患者に当てはめる。こうした物事をはっきりと白黒つけ、管理し明確な結論を出すことをポジティヴ・ケイパビリティと呼ぶ。医学のみならず私たちの身の回りはその大半がポジティヴ・ケイパビリティで占められている。

ネガティヴ・ケイパビリティについて初めて言及したのは詩人であったジョン・キーツである。彼ははっきりとネガティヴ・ケイパビリティという言葉を使ったわけではないが、その基礎的な概念となるべきものについて既に書いている。


「それは事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや、不思議さ、懐疑の中にいられる能力」


キーツはここに、詩人としての能力、つまり「アイデンティティを求めながらも至らず……詩人はなにも持たない、アイデンティティがない……自己というものがない」とを重ね合わせている。

アイデンティティがないがゆえに、詩人とは物事の本質へと至れるのだ。それは裏返せば、そうした宙ぶらりんの状態をひたすら耐える能力にもなる。キーツは史上初めてこの能力に言及をした人物である。



さて、このネガティヴ・ケイパビリティを初めて言及したキーツとはいかなる人物であったのだろうか?

彼は1795年にロンドンで生まれ、1821年にローマで客死している。26歳という若さであった。

キーツは母親の飲酒習慣のお陰で、胎児性アルコール症候群であり、通常この障害は知能の低下も伴うがキーツの場合はむしろ知能レベルは高かった。だが小さな頭と突き出た唇は彼が胎児性アルコール症候群であることの証左となった。キーツは弟とともに有名なクラークス・アカデミーに入学し、そこでの7年間がキーツの教養を確かなものにした。

だがアカデミーに入学した翌年には父が落馬によって急死し、そのわずか2ヶ月後に29歳だった母親は再婚する。これはキーツにとって大きな影響を与え、彼の面倒を見るのは祖父母となっていく。この頃キーツの母親は両親と絶縁し、子供たちも捨て、重篤なアルコール依存症になったのちは消息不明となった。

キーツが13歳の頃に祖母と母親は和解し、5年の空白期間を経て家に帰ってくる。

キーツはこの母親に熱心に尽くすが、1810年に35歳の若さで亡くなってしまう。父の死から6年後のことであった。

キーツはその後医師を目指し、ハモンド医師の元で丁稚奉公をはじめる。しかしハモンド医師との折り合いは悪く、2つの病院で授業を受ける。またこの頃同時に詩作もはじめる。

1816年にはついに自作の詩がJ.Kのイニシャルで掲載され、同時に医師免許試験にも合格し、研修医の資格も得る。キーツはこの日を境に詩作に打ち込むようになっていく。そして、翌年には処女作が出版される。各新聞でも絶賛された処女作ではあったが収入にはならず、キーツの生活は次第に追い込まれていく。こうした苦しみの中で生み出された概念が「受身的能力」である。キーツはこれをさらに「共感的・客観的想像力」とよんだ。キーツはこうした能力の源泉をシェイクスピアとその登場人物に求める。「感じないことを感じる」というこの概念こそが、のちにネガティヴ・ケイパビリティに結実していく。

またキーツはこの頃「真の才能は個性を持たず、決まった性格も持たない」と手紙の中で書いている。この能力こそが他人を思いやる想像力へと至るのだ。

キーツは度々詩集を出版するが、結核にかかり転地療養のためローマへと訪れる。だが容態は悪化し、その地でそのまま亡くなった。キーツは友人に墓に刻んで欲しい言葉を口述する。

それは「ここに、その名前が水に書かれた人が眠る」というものだった。それはキーツ自身が自らの名前が後世まで残るとは思っていなかったことの証左である。

キーツの提唱したネガティヴ・ケイパビリティの概念は、約170年後に精神科医のビオンによって再発見・評価される。



ネガティヴ・ケイパビリティとは、拙速な理解ではなく、謎を謎として興味を抱いたままどうしようもない状態を耐え抜く力だ。その先にはさらに深い理解があると確信して、耐えていく持続力を生み出していく。

ネガティヴ・ケイパビリティを再発見したビオンは、後年「答えは好奇心を殺す」とまで言っている。拙速な答えとは、好奇心にとって不幸であり、病気なのだ。

セネガルの諺には、「人の病の最良の薬は人である」というものがある。興味深い研究があって、うつ病の患者に精神薬と信頼する医師の処方する偽薬のどちらが効果があるかを調べると、それは信頼する医師による偽薬が最も効果的であったそうだ。これも「人が薬」を地でいくようなものではないか。



私たちが常日頃に接するポジティヴ・ケイパビリティは人生の中においてほんの一部分でしかない。問題設定が容易で解答の出るような事柄は実はそんなに多くない。ネガティヴ・ケイパビリティを持つには記憶、理解、欲望が邪魔をするとビオンは語っている。現代教育ではポジティヴ・ケイパビリティの詰め込み型教育に終始し、これではネガティヴ・ケイパビリティが育つ余地はない。

ネガティヴ・ケイパビリティを初めて提唱したキーツの人生を見ても分かるように、生きている中で不条理なこと、不合理なことはたくさんある。だがそれに対して私たちがなにがしかの意味や意義、価値というものを与えられるような次元に至るまでには長い時間を要する。こうした不条理さに耐える能力がネガティヴ・ケイパビリティであり、これはポジティヴ・ケイパビリティよりも現代において必要とされるものではないか。

人は通常、理解できないもの管理できないもの、偶発的なものを嫌う。現代において奨励されている知的能力(ポジティヴ・ケイパビリティ)は、分類と管理のために使われるものだ。

だが人の生とは、実に不安定で宙ぶらりんなものである。その意味で精神疾患とは人の生の奥底の部分の意図せざる表出か、この社会に対する防衛本能としての病理なのかもしれない。ネガティヴ・ケイパビリティは、そのまま人の「生きる力」となるのだ。

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