フロイト「性理論のための3篇」第2篇:幼児性欲

性の欲動に関する通俗的な意見に、幼児期には性の欲動は欠けていて思春期になって初めて目覚めるもの、という主張がある。これは単純な間違いであるだけでなく、性生活の基本的事情についての私たちの無知もこの間違いに由来するものである。


新生児は、性欲の萌芽を既に携えて生まれてくる。その性欲とは、しばらくの間はそのまま発達するのだが、次第に強くなる抑圧に屈するようになる。この抑圧そのものも、性的発達という発達の規則にかなった力により中絶されたり、個人の特異性によってはねられることもある。こうした二極性及び法則性、周期性に関しては確かなことはまだ知られていない。だが幼児の性生活は2歳、3歳となると観察可能な形として表されるようになるだろう。


幼児性欲の現れには様々あるが、まずは「おしゃぶり」を取り上げる。おしゃぶりについてはハンガリーの小児科医リントナーが優れた研究を行っている。おしゃぶりや舐めることは乳幼児の時期に始まり成熟期まで続くが、一生に渡って続くことがある。これは口を使って吸いながらリズミカルな反復を行う接触を指す。吸い心地の良さは対象に向けた関心を食い尽くし、眠りに至るか、一種のオルガスムスへと至る場合がある。リントナー自身はおしゃぶりという行為を性的なものであるとはっきりと認めている。


だがこの性的活動(おしゃぶり)は欲動が他人には向けられていないことに、大きな特徴がある。フロイトはこれを、「自体性愛的な欲動」と名付けた。口唇による性的活動の大元は母親の乳房を吸う行為にある。それは子どもの活動の最初のものであり、生命を維持するために重要なものである。子どもはこうした経験を通しておしゃぶりに慣れ親しむのである。

ここで口唇は、性源域のような振る舞いをしているといえる。

口唇領域での性源的な意味合いが消えずに残ると、大人になってキスを好んだり男性であれば飲酒や喫煙へと走る理由になったりもする。一方で、抑圧が働いた場合は食べることへの嫌悪、ヒステリー性の嘔吐を起こしたりする。口唇領域という共通性があるため、接触欲動にまで及ぶのだ。

おしゃぶりという行為から、幼児性欲の本質的特徴が3つ確認することができる。幼児性欲の現れは、第一に生命を維持する上で重要な身体機能の一つに依託しながら生じる。第二に、まだ性的対象を知らず自体性愛的である。第三に性目標は性源域の支配下にあるということだ。


幼児期の欲動が目指す性目標は、本質的に様々な経緯で選ばれた性源域にふさわしい刺激を与えて満足を呼び起こす点に特徴がある。こうした欲求は、あらかじめ体験されたものから行われる。

口唇領域とはまた別に、性欲とは別の身体機能に依託させるのに適している領域は肛門である。この領域が持つ性源域的な意味は非常に大きい。子供が肛門領域における性源上の刺激を利用していることは、肛門の粘膜に強い刺激を与えるようになるまで排便を我慢している、という事実から理解できる。それは苦痛とともに官能的快楽も生じさせているのではあるまいか。


子供の身体の性源域の中には、将来重要なものとなるべく定められている箇所がある。それは排尿と関連づけられている領域である。(亀頭と陰核がこれに当たる)

男子ではこの性源域は早い時期から排尿時の刺激によって、性的興奮が生じ刺激に欠くことはない。実際の性器の一部である性源域の性的活動こそは「正常な性生活」の始まりとなる。


幼児期の性生活の特徴として、本質的に自体性愛的なものであり、部分欲動なそれぞれお互いに結びつきを持っておらず、それぞれが独立したままである。そして快を得ることを目標とした追求を行う。この発達の最終形態は、大人の性生活であるが、快を得ることが生殖という機能のために有利に働くようになり、部分欲動は自分以外の対象を性対象として性目標を達成させるためにたった一つの性源域の元で堅固な編成を作りあげていく。

性器領域がまだ主流を占めていない性生活の編成を「性器期前の編成」とフロイトは名付ける。こうした性器期前の編成として、最初のものは口唇的編成(食人的編成)と呼ぶ。次の性器期前の編成は、サディズム肛門的な編成と呼ぶ。ここでは性生活全体を貫くことになる対立せいがすでに形成されている。だがまだ男性性-女性性と名付けられるような対立にはなっておらず、能動的-受動的と呼ばれるようなものである。


子供の性的興奮の源泉について概観すると、それは未だに謎深いものである。だが性的興奮が働き始めるためには、そのための手段が多く用意されているだろう。そして、刺激を感受するための器官も同じように用意されている。


だがここである推測へとたどり着くことができる。他の機能から性欲へと通じているような連絡路は全て逆方向に辿ることもできるのだ。例えば食べ物を摂取する際に性的満足も生じるという理由が、共通して口唇領域にあるという点に求められるとすればここに存在する性源的機能が障害されるとき摂食の障害が生じることを理解する助けにもなる。これまで説明のできなかった作用も、性的興奮が生み出される所の様々な影響の反対物に過ぎないとすれば、それほど不可解なものとはならなくなるだろう。

また性欲の障害がそれ以外の身体機能にまで飛び火して行くのならば、同じように性欲が性的なものではないまた別の目標へと向かっていることもあり得るだろう。つまり、性欲の昇華が起こっているということだ。このような通路は確実に存在しており、両方向的に往来可能なものであろう。

だがこういった通路に関して、確実なことはまだほとんど解明されていないのである。

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