資本主義とゲイ・アイデンティティ

最近、私の中での主要テーマの一つは「セクシュアリティ」であると感じている。それは生きることの一側面である。ゲイのみでもレズビアンのみでも、もちろんヘテロセクシュアルのみで人は生きるのではない。(ふふ、聖書の中でもキリストは言っていた。人はパンのみで生きるのではない)

人の生(性)を包括的に捉えるために、セクシュアリティは存在している。だがこの「セクシュアリティ」とは社会の中においてどのような存在なのだろう。その輪郭は容易には捉えがたい。

この点について、やはりセクシュアリティとは個人的なことであると同時に社会的なもの政治的なものでもあると蒙を開かれたものがあったので、ざっとまとめて紹介したい。

表題にある通り、「資本主義とゲイ・アイデンティティ」についてである。



ジョン・デミリオは「資本主義とゲイ・アイデンティティ」の中で、18世紀以来の産業資本主義の発展とゲイ・アイデンティティについて、以下の論点を提示している。

1.家族構造と機能

2.家族生活のイデオロギー

3.異性愛関係の意味の変化

これら3つの論点が資本の拡大と賃労働の出現がいかに変化させてきたのかを述べている。


「ゲイ男性とレズビアンは歴史によって作り出されたものであり、そして特定の歴史的時期に存在し始めたのだ。ゲイ男性とレズビアンの歴史的登場は資本主義的関係と結びついている。つまり、20世紀後半において、多くの女たちや男たちに自分たちをレズビアン/ゲイと呼び、自分たちに似た女や男たちからなるコミュニティの一員だと自覚し、同性愛というアイデンティティを基礎に置いた政治的組織化を行うことを可能にしたのは、資本主義と歴史的発達、より特定していえばその自由労働者システムである」


「賃労働が拡がり生産が社会化されたことによって、性が生殖への『義務』から自由になることが可能になった。家庭から経済的独立性を奪い、生殖と性との分離を促進することにより、資本主義は一部の男たちや女たちが同性への性愛的/情緒的関心を元に個人生活を作り上げていくことを可能にする諸条件を創出した。このことは都市部でのレズビアン/ゲイ・コミュニティの形成を、そしてより近年のものとしては、性的アイデンティティを基盤とした政治行動を可能にしたのである」


デミリオは資本主義がゲイやレズビアンのアイデンティティの原因であるとは言っていない。だが、資本主義と自由労働の拡大は一つの契機となったのである。こうした文脈において、ゲイやレズビアンのアイデンティティは歴史的条件によって、歴史的に生み出されたとしたのだ。


そもそも資本主義とは基本的には差異を生み出し、その差異に基づいて様々な集団及び階級を敵対、対抗させる。その結果劣位に位置付けられた集団から利益を得るようなシステムであると考えられている。そしてそうしたシステムは家父長制というもう一つのシステムとも共謀し、男性を公的領域、女性を私的領域に配置しそれぞれに有償労働と無償労働という差異化された労働形態を強制もした。そのような資本主義体制の拡大において、異性愛体制の元、異性愛者から差異化され、一つのアイデンティティとして生み出されたことは必然的なものと理解できる。


だが資本主義体制下において、同性愛者が異性愛家族の生活から離れて自ら生計を営む自由は確かに可能になったのだが、それはあくまで自らのセクシュアリティを隠しておく場合にのみ限られたことであった。公表すること、つまりカミングアウトすることによって職業上の隔離や差別によって経済的状況が悪化することもあったのである。多くの性的少数者が自分のセクシュアリティをオープンにすることと、経済的な安定性との間で選択を強いられていたのである。資本主義は一方では非異性愛者のアイデンティティの出現を可能にしているが、他方ではそうした人々の経済的物質的基盤の獲得と安定を阻むような存在としても機能しているのである。

クイア・アイデンティティの出現はこのような資本主義の発展と関連づけられている。19世紀には賃金労働が支配的となり、それまで生産単位として機能していた家族は家計経済の負担から解放されていく。こうした変化の中にあって、家族は「個人生活」と「消費」の中心となっていくのである。セクシュアリティに関していえば、家計を支える労働力としての子どもを持つことに重要性が置かれなくなっていくことで、セクシュアリティは生殖からも分離されていく。それは完全に分離されたわけではないが、家族は個人のアイデンティティ形成にとっては重要な基盤ではなくなったのである。

だがこのような変化、具体的には家族の解体及び生活の基盤となる共同体における社会的紐帯が弱体化していくことに対する不安が人々の間で募っていく。このような時に、ある種のセクシュアリティが病理化され、それに対処する学問として性科学ーが誕生したのだ。

そこで同性愛者という個人は医学的レッテルを貼られ、同性間の性行動は研究対象となり、定義の対象ともなったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る