第69話 祖の名は悪原響 4

「あのアタッシュケースの中身は悪は絶対許さないマンの装備だ。レゾナギアだけは君が持っているが。それを今更返して欲しいというのは、もしかして悪は絶対許さないマンに戻る気になったのかな?」



「違いますよ。……まぁでも、あながち間違いってわけでもないです」



「と、言うのは?」



「悪は絶対許さないマンとして会わなければいかない相手がいる。そのためにアレは必要だ」



「……橘あまねか」



「あれ? 知ってるんですか?」



「当たり前だ。君がこの間閲覧したデータは誰が集めたものだと思っている。君が橘姉妹のことを調べたことはとっくにお見通しさ。大方なんらかの方法で彼女と知り合ったものの、勘違いや誤解が行き来して嫌われたとかそんなところだろう?」



「ほとんど正解です。どうやらあまねはあやねを殺したのを俺だと思ってるみたいだ」



 悪原は顎に手を当て、瞬間考え事をした。だがすぐに暮斗に向き直り、話を再開する。



 その思考の速さは流石と言わざるを得なかった。



「暮斗くん。これはあくまで私の推測だが、橘あまねは何かを吹き込まれている」



「……やっぱりですか?」



「こう考えるのは当然だろう? 現に君も同じ考えに至っている。それ以外に選択肢はないはずだ」



 それもそうだった。認識の違いがある以上、どこかであまねに嘘を吹き込んだ『元凶』がいるはずだ。



「橘あやねは怪人連盟の中でもかなりの実力者だった。それがあんな死に方をしたと広く知られてしまっては連盟の士気に関わってくる。更に言うと、橘あまねは橘あやねの妹だ。あれほどの力を持った者の妹なんだから、姉にも負けないほどの才能を開花させる可能性もあるだろう。しかし才能を開花させる前に怪人連盟からいなくなられてはどうしようもない。だから連盟は橘あまねを縛りつける・・・・・必要があったんだ。姉を殺したのは悪は絶対許さないマンだ、という嘘をついて復讐心を煽るために」



「……アイツらはあまねをなんだと思ってんだ」



「上手く扱えることが出来たらめっけものだと考えているんじゃないかな? 多分私ならそうするしね」



 悪原はコーヒーを啜る。



「ああそれとだが、今言った連盟の考えは多分放棄されると思うよ。おそらく近いうちにね」



「……どういうことだ?」



「そのまんまだよ。橘あまねは君の手引きで一度連盟を裏切っている。そこで連盟に戻ったところで、裏切り者の妹・・・・・・はやはり裏切り者・・・・・・・・という烙印を押されるだろう。手綱を握れないなら、と連盟は橘あまねを処刑しようとするだろう。会うなら早めにして誤解を解いておくのが吉だと思うがね」



 裏切り者の妹。



 あまねの状況を説明するのにこれ以上的確な言葉はなかった。



 そして、裏切り者の妹はやはり裏切り者という言葉もまた今の状況を説明するのに非常に的確な言葉だった。



「……ま、そうだな。確かにあいつ『ら』は裏切り者ってことになるよな」



「二人とも君のせいでね。さ、どうする? 君はここに来た時、悪は絶対許さないマンとして話すことがあると言っていたが」



「……勿論、その結論は変わらない」



 暮斗は椅子から立ち上がり、数年前預けたアタッシュケースを探し始めた。



「ちょっと待ちたまえ。勝手に部屋を荒らすな」



「元々荒れてんだろ……」



「これ以上荒らすなと言っているんだ。ほら」



 部屋をめちゃくちゃにされそうになった悪原は、余裕ぶりながらも多少焦ってアタッシュケースを机の下から取り出した。



「そんなとこにあったのかよ」



「私の最高傑作だ。君が所持していない以上、肌身離さず持っておきたかったんだよ。ほら持っていけ」



「助かります。……先生は俺のこと嫌いなんですよね? それにしては案外優しいですけど」



「大っ嫌いさ。力を持ちながらそれを持て余す奴はね。だが、それでも君は私の最高傑作だ。それと、私のことを訪ねてくるのはもう君ぐらいなもんだからね。話し相手がいないと少し寂しいんだよ」



「……そうですか。それじゃあ行ってきます。また来ます」



「ああ。また来たまえ。君の求める正義を君自身の手で示してこい。今度は最悪の科学者悪原響と最強のヒーロー悪は絶対許さないマンとしてではなく、友人の悪原響と御門暮斗として会おう」

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