第7話 ヒーローと怪人と橘あまね 5

「クソッ、往生際が悪い……!」



 ヒーロー達がいた方向を予測し、その反対へと一目散に駆け出した。ヒーロー達を撒かなければ、クビと信頼と出世と命の全てを失うことになる。それだけは勘弁だ。



 煙幕はいい風に作用しているようで、ヒーロー達は目標を失いウロウロしているようだった。



 ……やった!



 案外上手くいくのではないか? と甘い考えを頭に浮かべた瞬間、それをバッサリ遮断されるかのように、あまねは自分も煙幕で前が見えづらかったこともあり、ベンチに躓いてこけた。



「あだっ!」



「声がした! 向こうだ!」



 そして、つい声を出していまい、敵に位置情報を自ら提供するという、浅はかな策略は無残すぎる結果に終わった。



 だが、目の前に敵がいるという絶体絶命のピンチから、逃走中というところまではなんとかこぎつけたのだ。このまま逃げ切ってやる、と息巻き走り続けた。



 その際、パーカーを下っ端仕様の黒色から白に変化させ、擬態を図る。



 更に最低限の勉強道具しか入っていない鞄の中を漁る。中にはごちゃごちゃと変装グッズが山ほど。



 もとより髪型を変えたり伊達眼鏡をかけてみたりなど、細かなお洒落は大好きだったため変装には事欠かない。意図して持ってきたわけではないが怪我の功名といったところだった。



「ひぃ……! ひぃ……! あたしの完璧な計画が……」



 どこからどう見ても穴だらけの計画である。



 しかし、撒いてしまえばこちらのものである。あまねは走っている最中に、頭を無茶苦茶に振って髪型のセットを崩した。



 そして曲がり角に差し掛かり、追っ手の死角に入った瞬間神がかった速さでもみあげと後ろ髪に薄い青色のエクステを装着。分け目をピンで変更。ワックスでさっと髪を立てる。最後に伊達眼鏡をかけて変装を完了した。



 時間にしてわすが十秒ほどのことだった。



 バレないでよ、と内心ドキドキしながら背後で聞こえる慌ただしい足音を聞いていた。人通りは割と多く、なんとか誤魔化せるといいのだが。



 縋るような思いでどんどん近づいてくるヒーロー達の足音を聞いていた。



 ――しかし、やがて耳に届いた会話を聞いて心が踊った。



「クソ、見失った!」



「そう遠くは行っていない筈だ!」



 ……勝った。



 あまねはそう確信した。



 最初はどうなることかと思ったが、作戦が始まってしまえばこんなもんよ。さぁ、さっさと待ち合わせ場所に行って、速やかに任務を完了しよう。



 そう考えた時である。



「すみません、今この辺りを黒いパーカーを着た女が通りませんでしたか?」



 ……話しかけられた。



 ヒーロー達はあまねが曲がり角を通ったのは目撃している。そこで見失ったとなれば、聞き込みを始めるのは至極当然である。



 だが、それを全く予想していなかったあまねは、焦りで全身から汗が噴き出した。



 いや、落ち着け。あたしなら出来る。



 あまねは自分にそう言い聞かせ、自分とは正反対のキャラクター、クールなキャラを演じるため、頭に愛梨沙のことを思い浮かべた。



 ありがとう佳奈、愛梨沙。性格の話をしてくれたお陰で、自分の性格を知ることが出来た。



「……あら、ヒーローさん。お勤めご苦労様です。黒いパーカーの女、ですか。そのような怪人は見ていないですね。お力になれず、すみません」



 ――決まった。



 あまねは今口にしたことが、本当に自分の口から発せられたものかすら疑うほど完璧にこなしたと自負した。



 自分で聞く限り、声の調子もいつもよりトーンを落としていたため、クールに聞こえている筈だ。



 いつも天真爛漫な笑顔も控えめにし、微笑程度に抑えることで更にあいまっているだろう。



 あまねは追加攻撃で「ふふ」と微笑を浮かべた。考えうる限り最強のコンボだ。



 効き具体を確かめる為ちら、とヒーローの顔を伺うと、そこにはあまねが期待した顔とは百八十度違った、猜疑心が擬人化したような顔が待っていた。



 ……おかしい。



「……あ、あの?」



「おい、俺は自分の正体を話してないし、追いかけている女が怪人だとも言ってない。自ら墓穴を掘ったな」



「え? ……あっ」



 あまねは口元を押さえ、つい間抜けな声を漏らした。



 上手くいきかけていた作戦を、また失敗させてしまったことに流石のあまねも絶句した。



 ――まずい。



 これは非常にまずい。もう切れるカードは全て切ってしまった。後ろ盾となるものがなくなったあまねから先ほどまで多少持っていた余裕が全て滑り落ちた。



 まずい。まずいまずいまずいまずい!



 自分の口の軽さと考えの浅さを今更になって猛省した。そして、直近に迫った掛け値無しの死に震えた。



 死にたくないという感情が渦巻く。口の中がカラカラに干からび、喉の奥から声にならない短い悲鳴が何度も漏れる。



「くぅ……!」



 まずい。非常にまずい!



 あまねは再び三人に囲まれた。もうタネは切れ、意表をつくことすらできない。今になってようやく認識したが、これは最大最悪のピンチなのではないだろうか。



「怪人連盟なんかに加担するような残念な頭しか持っていないことはわかっていたが、まさかこれ程とはな。哀れにすら思えてきたな」



「ば、馬鹿にして……!」



「フン、馬鹿にして何が悪い。社会のゴミを処分するのは当然のことだろうが」



「ご、ゴミなんかじゃないわよ!」



 そう反論するが、ヒーローは聞く耳持たないようだった。



「ゴミだろ。怪人が社会に益をもたらしたことがあるか? 誰かが貴様達を必要としたことがあるか? 誰が貴様達を求めた? 紛れも無い悪を断捨離するのは力を持つ者として、ヒーローとして当然のことだ」



 ヒーローは吐き捨てるようにそう言うと、いい加減勝負を決めるつもりなのか、懐から剣のつかと、なにやらエンブレムが象られた小さな刃を取り出した。



 あまねはそれの正体をよく知っていた。怪人達が自らの体を改造しレゾナンスを使いこなすのならば、ヒーローはその真逆。自らの体を使うのではなく、外付けのデバイスを用いることでレゾナンスの力を使うのだ。



 それに則り、ヒーローは刃型のデバイスを起動させた。



 その名も知っていた。デバイスの総称はレゾナイデア。体を改造することなくレゾナンスの力を使うため物質化された異常の力である。



 武器の名前はレゾナギア。ギアとイデア、二つが揃ってようやくヒーローはレゾナンスを発動できるのだ。



『スタンバイ、スレイアップ』



 スレイアップ。それが認識かに置くため名称されたヒーローのレゾナンスの名だった。



 ヒーローは柄のスリットに出っ張りに設けられているスリットに刃を挿入した。



「これが悪を滅する力だ」



『オールコレクト。スレイアップ、ウェイク』

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