第30話 あまねの選択 4

 気をつけるべき存在と、それを駆除する側が。



 人間は怪人に対して甘くない。命を脅かす危険な存在なのだ。当然である。



 辛辣になるのも当たり前のことだった。益をもたらさない傍迷惑なだけの存在に誰が温情をかけるものか。



 佳奈と愛梨沙の態度もなるべくしてなったものだ。しかも、あまねが怪人などと考えるはずもない。



 だがその当たり前を理解していなかったあまねは、その事実に胸を痛めた。



 自分は嫌悪されるべき存在なのだ、と思い知らされた。



 それが嫌なら怪人をやめる他道はないのだが、それは選べない。



「……そう……かぁ」



 あまねはポツリ、と独り言を漏らした。



 ――やがて、どちらかが言うまでもなく、先へ向けて歩き始めた。帰宅かあるいはどこへ行くのか、まだわからなかったが。



 どれほど歩いただろうか。五分か十分か、それほどの大差のない時間。



 その間無言を貫いていた二人だったが、突如暮斗が口を開いた。



「……あー、そうだ。さっき俺が言いかけたことだけどさ……」



 それは、佳奈と愛梨沙に遮られた、続きの言葉だった。暮斗はそれをまた紡ごうとしている。



 対するあまねの台詞は、冷めたものだった。



「……いいわよ。あんたの言いたいこと、大体わかった」



「……そう、か」



「あんたはこう言いたいのよね。仇を討つって選択肢をとったら、正真正銘怪人になるって選択肢を選んだら、佳奈と愛梨沙も切り捨てなきゃいけなくなるぞ、って言いたいのよね。……そりゃそうよね。ヒーローと怪人なんて話だけなんかで済むはずないわよね。あたしがしようとしてることをすると、今の生活全部を投げ捨てなきゃいけないんだ」



「……だな。怪人がヒーローを殺したら、すぐにリストアップされてお前に追っ手がかかる。そうなったらこんな生活はしてられないだろうな。怪人として社会に潜伏して、自分が殺されないように相手を殺すんだ。それが怪人になるってことだ」



「……あーあ、甘く考えてたわ。復讐鬼ってよく言うけど、まさに『鬼』になってるのよね。人間とは違う存在になるから鬼なのかな」



 あまねは群青色の空を仰いだ。空の大きさが自分のちっぽけさを教えてくれる。矛盾だらけの自分の存在が、空虚に感じられる。



「……嫌よ。あたし、この生活は捨てたくない。佳奈と愛梨沙がいて、あんたがいて。それで、間さんの文句を言いつつも目的に突き進むっていう生活、捨てたくない。でも、お姉ちゃんを殺したヒーローが許せないの……。そのためならこんな生活捨てたっていい、って思ってる自分もいるわ。大好きだったのよ? あたしを守ってくれたお姉ちゃんが、可愛くて、かっこよくて、強くて、優しくて、すごくて……そんなあたしの中で一番だったお姉ちゃんを奪ったヒーローが許せないの。……ねぇ暮斗、あたしどうしたらいいのかな」



 憂う瞳の奥で滲む涙があった。年端もいかぬ少女の涙である。



「……あまね。俺は復讐をやめろとは言わない。なにかをしたらなにかを失う、整合性のとれてるのがこの世界だ。誰かの愛する者を奪ったら、その誰かに恨まれる。当然だ。憎しみの連鎖が止まらないからって、相手は好きなようにしたのに、お前はそれを我慢しろ、なんて理不尽なことは俺は言えない。俺だって…………」



「……暮斗?」



「いや、なんでもない。でも復讐にだっていろんな形はあるはずだ。殺した相手を殺すだけじゃなく、殺した相手に罪を認識させるとか、償いをさせるとか、そういう方法が。相手を許さなくたっていい。ずっと罵声を浴びせ続けたっていい……ダメだな。これじゃあ連鎖をお前で止めろって言ってるみたいなもんだ。悪いな、俺はアドバイスが下手なんだ」



「……ううん、だいぶ楽になったわ。あんたも本当変わってるわよね。普通復讐なんて聞いたら止めるかなにかするわよ」



「――まぁ、俺にも思うところがあるってこった。特に復讐関連にはな」



 あまねはなにかあったのか、と聞きそうになったが、今は人の心配をしている時ではなかった。



 今聞いても、確実にはぐらかされるという変な自信すらある。



 なにより自分のことで手一杯である。別の問題に伸ばせる手など、今はない。



 一度邪推を断ち切ったあまねは、再び自身の問題に照準を合わせた。



 一体、どうすればいいのか。



 考えても答えが出ることはない。もしかすると、考えることから逃避していたから余計な考えが生まれたのかもしれない。



 結局、悩んだところで答えが出ることもなく、あまねの頭の中はしっちゃかめっちゃかになったままだった。



「……分かんないなぁ」



「ゆっくり考えるといい――って言いたいところだけどさ」



 暮斗は話の途中でトーンを変えた。その話し方から、おちおち考えている暇などないということが垣間見えた。



 じっと息を呑んで見守る中、暮斗は間を置いてゆっくりと口を開いた。



「今度、ヒーロー協会と怪人連盟で大きなぶつかり合いがあるらしい。前の戦いと同規模になるかもしれないってさ。つまり街を一つ潰す勢いだ。ガイが今、少しずつ準備を進めてるって言ってた。多分一般市民にもある程度被害が出るような、デカイ戦いだ」

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