第19話 怪人でいる理由

「だー! 疲れた! やりきった!」



 それから二時間。



 いくら好きなものとはいえ、流石に集中力に限界がきたあまねは四肢を投げ出して床に転がり込んだ。



 あまねがゲームを中断したことで集中が切れたのか、コントローラーをテーブルに置いた。



 うあー、と声にならない珍妙な声のほかは、ゲームのBGMのみが流れる部屋の中。窓から差し込むオレンジ色をした日差しが大きな影を作っていた。



 ちらりと夕日を見ると、なんだかノスタルジックな感覚に包まれる。感情の変化で熱狂した時間が冷め、心の中に小さな空白とそれを補って余りある多大な満足感が生まれた。



 ここまで刺激のある時間を過ごしたのは久しぶりのことである。佳奈と愛梨沙との時間も悪くないが、当たり前、お馴染みと化したそれがもたらすものは絶対的な居心地の良さのみで、害をなすかはたまた良と転じるかわからないスパイスは求められそうにないのだ。



 あまねは不意に暮斗を見た。



 目頭を押さえて疲れを癒している暮斗に、不思議な感情を抱く。



 目の前の男はヒーローであり、敵である。



 だというのに、この居心地の良さはなんなんだろう? 暮斗といると、自分の立場や相手の立場などすべてを忘却の彼方へ捨て去ってしまいそうだった。



 そんなあまねの考えを察したかのように、暮斗は声をかける。



「どうした? 俺の顔に酔いしれたか?」



 茶化して言うが、見透かされていることはわかっていた。何故だか、そう思った。



「そんなんじゃないわよ。ほんとはわかってるくせに」



「――だな。別にいいんじゃねーの? 怪人だろうがヒーローだろうが。俺は来るものは拒まんよ」



「あたしがそう思えないのよ。……今なら言ってもいいけど、あたし、ほんとはヒーロー大っ嫌いなのよ。別に一般人相手に暴れたいとかじゃないけど、ヒーローが大っ嫌いってだけで怪人連盟にいるくらい」



「初耳だな。なんでそんなに嫌いなんだ? ヒーロー側の俺が言うことじゃないけど、社会的地位と正当性、あとは民衆の支持はヒーローに偏ってる。いわゆる正義の味方だ。正義の味方になるためにはイメージが大切でなぁ。小さな不祥事で積み上げてきたものが一気に瓦解することもままあるし、一般人だったお前が恨むほどの悪事をした奴ヒーローを続けられてるとも考えられないけどな」



「あたし、お姉ちゃんがいたの」



「……お姉ちゃん?」



 急に話を変えてきたあまねに、暮斗は困惑の色を見せた。話の方向が掴めず、しばらく黙ってあまねの話を聞くことにした。



「そう。お姉ちゃん。この戦士ファイターも昔よくお姉ちゃんとやってたんだ。あたし、お姉ちゃんのことが大好きだった。親がいなかったからお姉ちゃんが親代わりみたいなもので、ずっとべったりだったの」



 あまねは後ろ髪を指でくるくると弄んだ。



「この髪型も、お姉ちゃんが可愛いって言ってくれたんだ。そのことがとっても嬉しかった。でもね」



「でも……?」



「お姉ちゃんは怪人連盟の一員だったの。そして、ヒーローに殺されちゃったわ」



「……そうか」



 暮斗はその一言以外何も言えなかった。



「うん。直接見たわけじゃないけど、あたしが昨日電話してた上司の人が教えてくれたの。お姉ちゃんの同僚だったんだって。ほんの二年ほど前かなぁ。もうそんなに経つのね」



 あまねは懐かしむようにそう言い、きゅっと小さく体を丸めた。思い出を逃さないように。



「だからあたしはヒーローが大っ嫌いなの。あたしの全部だったお姉ちゃんを奪ったそのヒーローが許せないの。だからね、あたしはそのヒーローを倒すために怪人連盟にいるの。そのヒーローさえ倒せればあとはどうだっていいわ」



 暮斗は固く口を閉じた。



 お気楽そうな少女の内には激情が秘められていた。



「だから困ってるのよ。あんたはヒーローなのに予想外にいい奴で。あたしの中のヒーロー観をどうしてくれるのよ」



「ど、どうしようもないだろ。俺が変わり者だったってだけだ」



「あはは。感謝してるわよ。ありがとね、助けてくれて」



「……おう」



 暮斗はどう返事してよいかわからず、そう短く返した。



「でも、あたしがそのヒーローを倒した時は、本当にあんたと敵対しちゃう時なんでしょうね。そう考えると、なんだか今から寂しくなるわね」



「……流石に人命を奪ったら、俺も動かないわけにはいかないからな。だから、出来れば復讐はやめてほしい」



「……まぁそう言うと思ってたわ。でも、今は止まらないわよ」



「じゃあ、それを止めるのが俺の役目だな。ぶっちゃけ俺の中で、もう割とお前はかけがえのない存在に変わりつつある」



「な、何言ってんのよあんた」



「マジのマジだ。ここ数年、人とこうやって触れ合ってなかったし、こんな居心地のいい時間を過ごしたこともなかった。こうやってワイワイゲームなんかしたのは、思い返せば子供の時以来なもんだ。しかも、どこかお前を他人とは思えないような、そんな感覚もある。そんな相手を失いたくはない」



「……やめてよ。ちょっと決意鈍るじゃない」



「鈍っちまえ。それに、平和的に解決出来るならそのヒーローを探す手伝いだってしてやる。それで晴れて楽しい日々に戻ろうぜ」



「……手伝いっても何すんのよ」



「実は、俺の知り合いに偉い奴がいてな。そいつに聞いてみる」



「ほんと? いいの?」



「構わん構わん。ただ、平和的にってのが条件だけどな」



「……それはまだわかんない。けど、それは考えながら決めるわ」



 考えながら決めるという曖昧な表現ながら、暮斗はあまねを信じることにした。



 出会ってたったの二日ながら、彼女の純朴さは身にしみてわかっていた。その彼女を信じたい。



「……わかった。じゃあ会いに行くか」



「会いに行くって誰によ」



「俺の知り合い、ヒーロー五位のマイティ・ガイにだ」

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