第19話 抜剣
肩に灼熱感が来て、それから、目の前が真っ赤になった。
斬られた、と気付くよりさきに、身体が動いていた。四肢の
斬撃だけでは終わらなかった。半身に構えをとるみかんの周囲、大気が赤熱する。悲鳴に呼吸しようとする大気が、炎へ変じたようだった。みかんは常時展開される
再度打ち込まれる赤の光を、今度は察知して
視界のいろが戻った。
涙をぼろぼろと流し、咳き込み、なんども瞬きをしながら、背筋だけは曲げずに。みかんは相手のすがたを確かめようとする。それから周りの様子を。みかんと女王がやりあっていたせいで、さいわい、まわりの人は引けている。巻き込む心配はない。からだをひねり、半歩を踏み、左拳を突き出す姿勢。震脚。
「どうしてですかッ!」
答えはなく、そのかわりに
肘の内側に激痛。ぼやけた視界に赤い色がしぶく。
疑惑が確信に変わる。体を守る
「っぅああッ!」
吠えて、後ろに倒れつつ
あかぐろい傷跡、削げ落ちた肉の面を、即座に黒い蒸着が覆う。血が止まる。痛覚が更に抑えこまれる。確かめると、左を軽く握ることはできた。人体のはたらきはむろん、破壊されている。
その機動兵器めいた大出力の、それも反射的に放った渾身の蹴りを受けて、しかし若草色の外套は、事もなげに立ち上がった。
巨大照明のしろい光に、銀色の剣がぎらりと輝く。簡素すぎて、いっそ奇妙な
あれが、みかんの肉を抉り取った凶器だ。つばを飲み込むことは、できた。まだ、喉の機能は生きている。
声を絞り出す。
「ご、ごめんなさいッ。怪我はないですかッ」
「なるほど、失礼しました」
「話の通じる方ですね。
ごくおだやかな調子だ。踏み込もうとはしないけれど、剣を納めようともしない。みかんの速度でも、
「あの、私……そういうのじゃないんです。誤解です」
「いいですね。聞きましょう。誤解があるのは好ましくない」
学校の寮監さんに怒られてるときみたいだ、と、みかんは思う。笑顔で、丁寧で、物腰はやわらかいけれど、絶対に揺るがない結論をすでに持っている。
えぐれた左腕が、かすかに痛んだ。
「私、この世界をどうにかしたいとか、そういうのはないです」
「なるほど。いいですね。続けてください」
「それであの、さっきの子。女王、カララちゃん、あの子はたぶんそうじゃなくて」
ハリオはひとつ、頷いた。
「世界に野心を持っている?」
「そういうのですッ!」
話が通じている。なんとかなるかもしれない。
「ハイドラ、っていう、ええと、ものすごい、
「本郷みかんさん。あなたはもともと、それと戦っていたということですね?」
「そうですッ」
みかんは勢い込んで答えた。からだじゅうに鈍くある痛みが、
「なるほど。道理は通っています。確かに彼女は、その力があったようだ」
「わかるんですかッ?」
「ええ。原版異法、つまりあなたがたの持つ特異な力の理解は、
ハリオは剣を持たない左手で、指を折った。
「大まかに、種を問わぬ
「はい。だから……」
「いいですか。ですが」
遮るように、穏やかに、しかし断固とした口調が割り込んだ。
「いまの彼女は、その力のほとんど全てを使えません」
「え……ッ」
ハリオは胸元の大徽章に左手を添え、はっきりと続ける。
「取り戻す見込みもない。対話の聖域に誓って、これは真実です」
みかんがその意味を飲み込むのに、少し時間がかかった。
もし、ハリオが嘘を言っていないなら。そんな理由はどこにも思いつかない嘘を、きっと名誉あるひとが言う理由なんて、どこにもないはずだとわかってしまって。
心臓が大きく不揃いにはやく脈を打つ。ずきりと、傷の痛みが追いついてくる。
──私は、カララちゃんに何をした?
「そして、本郷みかんさん。いいですか」
ハリオは一歩を踏み出した。みかんは動かない。
いろいろの痛みが、動くことをゆるしてくれない。
「あなたの持つ血族を絶滅させる力と、他人を己の一部と化して支配する力は、この百万の庭にとって、明らかな毒となるものです」
ですから、ここで大人しく死んでいただきたい。
ハリオは美術の教科書のような笑顔のまま、そう宣言した。
一振りで首が飛ぶ間合いだ。けれど、みかんは動けずにいた。
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