第25話 another dish 3 点心風スチームマフィン

 ポレンタを堪能した翌日、私は風邪をひいて寝込んでしまった。

 からだの中から温まったから薄着でも大丈夫と思ったのか、上着をうっかり置き忘れてしまったのだ。


 風邪薬を飲んで、暖房をつけっぱなしにして、その日はひたすら眠った。

 途中、携帯が鳴ったのにも、熱に浮かされてむにゃむにゃと答えたきりで、そのまま寝入ってしまった。


 西日がカーテンの隙間から射してきた頃、のどがからからになって、私は目を覚ました。

 微熱があるらしく、起きるのもだるくて、ふとんの中から手をだしてラジオをつけた。

 ボリュームを絞って、しばらくまたうつらうつらしていたら、ドアフォンが鳴った。

 

「注文してた本かな 」


 宅配便かと思いもそもそと起き出して、ウールストールをはおってモニターを確認した。

 外はもう暗くなっていた。


 モニターに映ったのは、蓋付きバスケットと紙袋を持った女性だった。

 特別配送便です、と、流星マークのキャップをかぶった女性が言った。


「特別配送便? 」


 送り主はカフェ・ハーバルスター様です、と彼女は言った。

 

 そういえば、イベントの案内状などの連絡先をゲストノートに書いて、何かの時はお知らせお願いしますとオリオンさんに言ったのを思い出した。

 

 彼女の話によると、上着の忘れものを預かっているとの連絡を入れたところ、電話口での様子がおかしかったので心配になって、急遽、流星マークの特別配送便が手配されたとのことだった。

 流星マークの特別配送便は、カフェ・ハーバルスター御用達とのことだ。


 私は受取にサインをすると、バスケットと紙袋を受け取った。

 彼女は、確かにお届けしましたと一礼して、帰っていった。


 紙袋から上着を取り出すとクローゼットにかけた。

 それから、キッチンのテーブルに腰かけて、バスケットのふたをあけた。

 バスケットの中には、竹製の丸い蒸籠せいろが大小二個収まっていた。

 蒸籠のふたをとると、たった今蒸しあがりましたとばかりに、もわもわっとした湯気が顔を包んだ。


「蒸しパンかな。ふわっとしてて、これだったら、食べられそう」


 少し元気が出てきて、私は御土産でもらってそのまま飲みそびれていたジャスミン茶を入れて、本日初めての食事にとりかかった。


 蒸籠に鎮座していたのは、星の形に切り抜かれた経木を敷いた、蒸しパンというより、スチームマフィンと言いたくなるような、かわいらしいものだった。


 人参のすりおろしを練り込んだ生地にズッキーニやミニトマトの角切りがのぞいていたり、外見は何の変哲もない小麦色なのに、割ってみると溢れんばかりのコーンがチーズマヨネーズで和えられてぎゅっと詰まっていたり、どうやって作るのかマーブル模様の生地の中には、甜面醤てんめんじゃんで味付けされたひき肉餡に包まれた烏龍茶で煮たうずら卵がころんと入っていたり、いずれも、点心風マフィンの楽しさだ。


 バスケットには、小ぶりの蒸籠も入っていて、そちらは、バナナの葉に包んで蒸した白玉とバナナとドライアプリコットのちまき風スイーツだった。

 

 バスケットの底に、ちょっとふくらんだ封筒があった。

 中には、「おだいじに」とひと言記された、カフェ・ハーバルスターのロゴマークの入ったカードと、しょうがの砂糖漬けの包みが入っていた。

 風邪の時にいいですよ、と、そういえば誰かが言っていた。



 じんわりと、やさしさが、沁みてくる。

 

 

 美味しさとやさしをいただいて、翌日には、ずいぶん回復した。



 けれど、平らげた後の空っぽのお皿に、なんとなく淋しさを感じた。

 早く集いの日がくるといいな、と、私は思った。





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