第19話 チキンエスカロップとリトルプレス『millefeuille ミルフィーユ』
パンからはみだすほどたっぷりのコールスローサラダと、ハニーマスタードポークソテーにリンゴのソースをはさんで、スエナガさんはサンドイッチにかぶりついた。
パン屑も、はさんである具もいっさいこぼさずに、スエナガさんは品よく大きなひと口をおなかにおさめた。
私は、そんなにうまく食べる自信がなかったので、カトラリーケースからナイフとフォークを取り出して、アカシア材のカットプレートの上でハニーマスタードポークサンドをひと口サイズにカットした。
いくつかカットして、ブランケットの中央に「みなさん、どうぞ」と置いた。
「おいしそうですね。いただきます」
フルモリさんが一つ自分の皿にとった。
「フィッシュサンドをいただいたら、いただくわ」
ネコヤヤさんが言った。
私は、美味しそうだけれども、しっかりお肉のサンドイッチは、いきなり食べると胃が疲れてしまいそうなので、まずは、野菜たっぷりのケークサレで胃をあたためようと思った。
ケークサレは野菜から出た水分がしっとりと生地になじんでいて、キッシュのフィリングのような味わいだった。
ピクニックブランケットに並んだ食事の美味しさに、しばし皆口数が少なくなり、話し合いというよりも、試食会のようになってしまった。
そう、オリオンさんの料理を前にしたら、いつでも無言の食事会になってしまう。
その様子をうかがうように見ていたネコヤヤさんが、そろそろかな、といった風に話を始めた。
「個展の宣伝をするにしても、それこそ星の数ほど毎日あちこちで展覧会ってやってるのよね。美術館はもちろんのこと、ギャラリーだって、数えきれないほどあるもの。それこそ、カフェの壁面を使った展示だってあるし。どうやったら、足を運んでもらえるのかは、思案のしどころよ」
ネコヤヤさんは言い終えると、ふかふかの白パンに、フィッシュフライとチャイブのみじん切り入りのタルタルソース、それにスモークカマンベールチーズをはさんで「いただくわ」と言って食べ始めた。
スモークカマンベールチーズは、ネコヤヤさんの持参品だった。
「オリオンさんのタルタルソースは絶品ね。フライだけではなくて、ムニエルや、チキンのエスカロップのフィリングにしたのも美味しかった」
ネコヤヤさんは、ほおばったサンドイッチを飲み込むと、美味しさを思い出すように言った。
「エスカロップ?」
私には聞きなれない料理の名前だった。
「エスカロップは、薄切り肉を使ったお料理よ。ローカルフードだと、ライスの上にカツレツをのせてデミグラソースをかけたもののことを言うみたいだけれど」
「そうなんですね。オリオンさんが作るのは、どんなエスカロップなんですか」
「そう、それはね、」
ネコヤヤさんは、食べかけのフィッシュサンドを置くと、胸を軽くたたいて、ミネラルボトルからカップにお水を注いだ。
それから、カップを両手で持つとコクコクとひと息に飲み干した。
「エスカロップは調理法のことだから、お肉は何を使ってもいいのだけれど、オリオンさんは、とり胸肉を使うわね。チキンエスカロップ」
「とり胸肉、さっぱりしたところですね」
ネコヤヤさんはうなずくと、話を続ける。
「まず、ミートハンマーでたたいて
「ずいぶん詳しいんですね」
「ハーバルスターがオープンした時に取材したのよ。あ、これ、私が作ってるリトルプレス。よろしかったらどうぞ」
ネコヤヤさんは自分のバッグから薄い冊子を取り出した。
数種類の質感の紙が重なり合った中綴じの冊子だった。
表紙はマットコートの少し厚手の紙でそこに印字されているのは、「millefeuille《ミルフィーユ》」。
タイトルの下には、チャービルと卵のサラダを黒パンと白パンと雑穀パンで三段重ねにしたサンドイッチの写真。
その下にvol.1。
「millefeuille――ミルフィーユ? お菓子よね。クリームをはさんだパイやケーキについて書いてある本なのかな。でも、写真はサンドイッチみたいだけど」
不思議に思いながら開いてみると、見開きは、ハーバルスターのある界隈のイラスト地図だった。
その地図を背景に、目次が記されている。
地図が見にくくならないように、文字の配置は工夫されている。
『millefeuille』
CONTENTS
特集 街のハーブ散歩
一皿の窓 ハーブと卵
shop紹介 カフェ ハーバルスター
exhibition ハーブアレンジメント展
プレゼント カフェ ハーバルスター ランチサービスチケット
細いサインペンでさらさらっと記したような文字が並んでいる。
「これは、まったく個人的に作ってるの。カフェハーバルスターオープンに合わせて作り始めたの。オリオンさんからは、季節のメニューを紹介するフリーペーパーの作成の受注があって、そちらは仕事でやってるわ」
ネコヤヤさんが言った。
「ミルフィーユ菓子の本ではなく、本のつくりがミルフィーユなのだよ」
スエナガさんが続けた。
「あ、なるほど。紙質が違ってる、遊び紙まではさまってる」
私は、ページをくりながら指で紙質を確かめた。
「ミルフィーユは、お菓子ばかりじゃないのよ。はさむ側の種類や、はさむフィリングによってオードブルにも、メインにも、デリにもなるの」
ネコヤヤさんはそう言うと、写真を数枚ブランケットの上に並べて見せた。
「トマトとバジルとモッツァレラチーズをどんどん重ねていけばカプレーゼ風ミルフィーユ、シート状のパスタにミートソースとホワイトソース、それからミックスチーズをサンドすればラザニア風ミルフィーユ、トルティーヤにアボガドディップ、ボイルドシュリンプ、サルサで作ればタコス風ミルフィーユ」
一枚ずつ指さしながら、ネコヤヤさんが説明してくれた。
話をきいていると、どんな料理でもミルフィーユになってしまいそうだ。
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