第18話 ハチミツディッシュとピクニックブランケット
それから、次のスエナガさんの個展の話し合いの集いまでに、少し休憩を入れることになった。
誰ともなく、言い出したことだった。
次の集いまでの間にも、カフェへは顔を出していた。
カフェメニューの美味しさに変わりはなかったけれど、料理を全て食べ終わった時や、コーヒーカップの底が見えた時などに、すっと忍び込む空っぽの気配が、もの寂しかった。
そして、二週間後、再び、集いの日がやってきた。
その日、新しいメンバーが加わった。
リトルプレスなどを専門に扱っている印刷会社
ネコヤヤさんは、オリオンさんの古い友人だそうだ。
年齢不詳で、眠そうな眼差しの女の人。
くるぶし丈の生成り色のスモックワンピースに、くしゃっとした同系色のストールを首にぐるぐる巻いていて、木のボタンが付いているまるっこい靴をはいている。
ウエーブがかった薄茶の髪を頭のてっぺんにおだんごにしている。
木の大きなバレッタで留めているけれど、後れ毛が、うなじをふわふわ漂っている。
タウン誌、ZINE、リトルプレスなどを発行しているとのことで、広報活動の参考意見をきけるのではと、オリオンさんが声をかけたとのことだった。
気分を変えて、外で話し合うのもいいのでは、との提案は、このネコヤヤさんからだった。
「こちらが、特注のピクニックセットになります」
「バスケットと食器類は、後ほどお戻しください」
フェザリオンとティアリオンが、大きな蓋付きバスケットを、美美に手渡した。
「いってらっしゃいませ」
「よいひと時を」
二人の挨拶と、オリオンさんの笑顔に見送られて、皆は歩き出した。
大きなバスケットに、特別誂えのピクニックセット。
そういえば、ずいぶん前に、街の美術館のカフェで、ピクニックセットのようなメニューがあったのを思い出した。
ランチボックスって言ってたかな。
同じメニューでも、青空のもと、そよ風を頬に感じながらの食事は、いつもの何倍も美味しかった。
その時は、いとこのお姉さんといっしょだった。
少し背伸びして、お姉さんの現代美術館巡りにくっついていったのだ。
現代美術は面白かったけれど、子どもの自分が受け止めるのには作品のエネルギーが大きすぎて、すっかり疲れてしまっていた私を気づかって、お姉さんはピクニックランチを頼んでくれたのだ。
ミュージアムカフェから屋外のカフェスペースへ出て、ランチボックスを広げた。
一口サイズのサンドイッチと、フィッシュアンドチップスと、焼菓子が入っていた。
ドリンクは、お姉さんは白ワインを、私はライムジュースのソーダ割りを。
ライムジュースに浮かんでいるミントを一緒に口に含んだら、口の中いっぱいに清涼感が広がって、目の奥まですーっと涼風が駆け抜けていった。
思わず見上げた空が、どこまでも青く抜けていくのにくらくらした。
お姉さんは、遠くに引越ししてしまって、もう何年も会っていない。
カフェからゆっくり歩いて10分ほどのところにあるなだらかな丘の上に、
公園からは、遠くに港が、近くに砂浜や岩場が見える。
海の匂いはさほどきつくはないが、潮風が心地いい。
公園の中にあるピクニックスペースは、芝生が敷き詰められている。
ベンチやテーブルも置かれているが、たいていの人はブランケットを敷いて、靴を脱ぎすてて足を伸ばしている。
スエナガさん、フルモリさん、ネコヤヤさん、そして私の四人は、ピクニックブランケットに思い思いの座り方をして、バスケットから料理を取り出した。
まずは、ミニトマト、イエローパプリカ、グリーンピース、コーン、ズッキーニが断面をにぎやかに彩るベジタブルケークサレ。
ケークサレは、見た目は塩味のパウンドケーキでおかず風な存在だ。
デリ・ケーキというのがぴったりくる。
生地にパルメザンチーズがたっぷり入っていて、それがとろけて野菜のうま味と相まったまだ温かな匂いがたちのぼってくる。
メインは、蜂蜜と粒マスタードに漬け込んでこんがり焼いたポークソテー。
仕上げにグリーンペッパーをすり潰して入れてあるので生の胡椒の香りが鼻腔をくすぐる。
ポークと相性のいいのリンゴのソースのミニカップ添えて。
ハニーマスタードポークソテーは、ザワークラウト風の酸味のあるコールスローと一緒に、ゴマ、ケシの実、ヒマワリの種、カボチャの種などがトッピングされたライ麦ブレンドのパンにはさんで食べると、穀物の甘みや滋養分とポークソテーの肉汁の自然な甘みとがあいまって満足感のある一品になる。
お魚のメインは、フィッシュアンドチップス、私の思い出の一品。
おつまみには、蜂蜜漬けのレーズンとヘーゼルナッツ、グリーンオリーブ、それにゴーダチーズをスクエアにカットしてピックに連ねたピンチョス。
デザートは2種類。
プラムとプルーンのコンポートの瓶詰には、ホイップクリームが別添えになっている。
スクエアキューブのターキッシュ・ディライトは、粉糖とコーンスターチを混ぜ合わせた白粉化粧をまとっていて、切り口のレモンイエロー、ピスタチオグリーン、グレープパープル、ローズピンクがひきたてられている。
ローズピンクのはコアントロー入りの大人の味、とメモが入っていた。
ポットドリンクは、濃くいれた紅茶。
アイスドリンクは、レモンスカッシュ。
あと、なだらかなラインのガラス瓶のミネラル水。
ネコヤヤさんは、一人で瓶を抱え込んで、ミネラル水をごくごく飲んでいる。
「お魚はないのかしら」
「フィッシュフライとチップスがあります」
ネコヤヤさんは、鼻をひくりと動かすと、
「まずまずね」
と、つぶやいた。
「では、宇宙へとつながる空の下で良い案が出るように、ここに集いし我らに、乾杯!」
スエナガさんが、いつものように音頭をとって、美味しい話し合いが始まった。
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