ⅩⅩⅢ ウチの夢 わたしの夢
「彗、今日は大丈夫だった?」
インターンのエントリーボタンを押した後、澄からLINEがきた。
「え?なにが?」
「いや、今日ずっと悩んでるような顔してたから、少し心配になって……。」
ウチは今日一日のことを頭に巡らせる。そういえば、インターンのこととか、凪に話を聞いてもらった戦ってるときのこととか、結構考え込んじゃってるものが多かったかも……。
「大丈夫よ。ありがとう。」
ウチがLINEを返すと、澄からすぐに返信がきた。
「ううん。なにか悩み事があるんだったら、遠慮しないで相談してね。」
「うん!」
ウチは澄にLINEを返して、スマホを机を上に置いた。
でもこのときは、まさかあんなことになるなんて、誰も想像もしてなかったんだ───
7月も後半に差し掛かってきて、もうすぐ夏休みっていう雰囲気も漂ってきた。でも、大学生はこの時期が正念場。なんてったって、自分たちの単位がかかったテストが待ち構えているんだから。
「じゃあ、テストの話するぞー。」
倫理学の先生が、そう言ってプリントを配り始めた。周りの雰囲気が急にピリッと引き締まる。そして、先生はプリントを読みながらテストの説明を始めた。倫理学のテストは毎年ペーパー試験で、必ず加点要素の自由記述があるって聞いたんだけど……。すると、先生がチョークを持って黒板に大きく問題を書き始めた。
あなたにとっての幸せはなにかを論じなさい
「この黒板に書いた問題が、今年の加点対象になる自由記述の問題だ。公開問題だから、ある程度事前に考えてくるように。」
問題を写したあと、ウチは顎に手を置いた。ウチにとっての幸せって何だろう……?
「はぁぁ……。」
昼休み、ウチはみんなの前で大きなため息をついてから、机に突っ伏した。
「どうしたの?」
隣にいた珀が、ウチに話しかけてくる。ウチは頬を膨らませて、顔を上げた。
「いや、ウチにとっての幸せってなんだろう?ってずっと考えてて……。」
「あー、あれでしょ?倫理学の記述問題。なんか、すごい話題になってるよ。いざそう言われてみると、なかなか難しいよね。」
霞が首を縦に振りながら話してくる。ウチは、その話を聞いてもう一度大きなため息をついた。
「でも、幸せって人それぞれ違うし、なかなか相談しても答えられないこともあるよな。」
「そうですね……。」
焔と楽の話で、ウチはゆっくり頷くしかなかった。
やはり、あいつには残っている。たとえ力を持ったとしても、過去に対する闇の心が……。
空きコマ、ウチは珍しく一人でベンチに座っていた。大きく息を吸いながら、体を伸ばす。爽やかな風が、ウチの頬を撫でていく感じがした。たまには、こういう時間もいいかも……。ウチは一度目を閉じて、そんなことを考えていた。
「やぁ、こんなところで何をやっているんだい?」
男の人の声がする。ウチは目を開けた。
「フ、フリケティブ!?」
ウチは体を縮こませる。そして、フリケティブのことをじっと睨んだ。
「そんなに臨戦態勢をとらないでくれよ。今日はそんな話をしに来たわけじゃないんだ。」
フリケティブの話を聞いて、ウチの体から力が少し抜ける。え、ウチを襲いに来たわけじゃないの?ウチの反応を見て、フリケティブがフッと笑った。
「中学1年生で吹奏楽部に入部。そこでクラリネットを始める。3年間部活動を続け、高校ではマーチングバンド部に入部。」
え、なに急に。ウチの経歴がスラスラとフリケティブの口から出てくる。ウチは、動揺で目を丸くした。フリケティブは気にせず続けていく。
「11月にソロを吹くはずだった3年生の先輩が指を負傷し、大会に出場できなくなる。オーディションでソリスト(本番でソロを吹く人)に任命され、多くの人からマーチングの天才少女と注目を浴びる。」
ウチは唾をごくりと飲んだ。だめ、その先は……
「それがきっかけで、先輩たちからいじめられた。見返そうと練習しても空回り。最後、右手首に腱鞘炎を発症し、2年生の夏に部活動を退部した。」
フリケティブが、ウチのことを見つめてくる。
「な、何が言いたいわけ?」
ウチは震えた声でこう言った。
「オレの仲間にならないか?こんな、自分に辛い思いをさせてきた世界、壊してしまえばいい。そうは、思わないか?」
ウチは拳をギュッと握りしめる。そして、大きく息を吸い込んで、フリケティブの質問の答えを叫んだ。
ディソナンスが出たっていう連絡を受けて、わたしは外へ飛び出した。でも、彗の姿がない。
「「「「「「「グラマー 」」」」」」」
オー!ルーメン!フー!トネール!
アイレ!トーン・スピア!エスパシオ!
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「「「「「「「きらめく音はみんなの力!伝われ、Ensemble!」」」」」」」
「現れたな、Ensemble。」
目の前にはフリケティブの姿がある。その後ろには、傷だらけになった変身後の彗の姿があった。
「す、彗、なんで……?」
「お前らは引っ込んでろ!」
フリケティブがわたしたちに手のひらを向けて、少しずつグググと後ろに押されていく。目の前に透明な壁ができて、それがわたしたちのことを押していくみたい。わたしたちも懸命に押そうとするけれど、どうしても太刀打ちできない……。すると、彗がゆっくりと立ち上がった。そして、何も言わずにディソナンスへ立ち向かっていく。
「まだ諦めないのか。こんな世界なんて、お前にとっては絶望でしかないだろ?」
「分からない。ウチはどう思っているかなんて。でも、ウチはここで止まりたくない。このまま目の前で壊されていくのを見ていられない!」
彗は下に着地して、呪文を唱えた。
「ハピネス クオーレ!」
彗がタクトを構える。すると、フリケティブが待ち構えていたかのように話し始めた。
「本当にそうか?どうせお前は幸せなんて感じてないくせに。」
「え?」
彗が目を見開く。
「お前は幸せを感じていない。そう言ったんだ。なにが自分の幸せなのか、周りの人に聞かないと分からないくらいにね。」
すると、彗のタクトが黒く変色し、ポロポロと砂が崩れるように消えてなくなった。そして、胸のところについたリボンを中心に、服が少しずつ黒くなっていく……。
「彗!」
わたしは声を裏返させながら、彗の名前を叫ぶ。周りで、みんなも同じように彗のことを呼んでる。でも、聞こえていないのか何も反応がない。どうしよう?このままだとフリケティブの仲間になっちゃう。わたしは、目の前にある透明な壁を叩いた。この壁が、これさえなければ、彗のところへ行けるのに。こうしてる間にも、彗の服は桃色から黒に染まっていく。
「わたしは、諦めない!」
そう言って、わたしは壁を押し始めた。もしかしたら、壊れてくれるかもしれない。助けに行けるかもしれない。そんなことを考えていると、今までの彗との思い出が頭の中に浮かんできた。戦う女の子が大好きで、負けず嫌いで、努力家で、わたしが迷ってたらいつも手を差し伸べてくれて、誰に何を言われても自分のやってることを曲げたり辞めたりしない。彗の良いところたくさん知ってる。そんな彗が、敵になるなんて嫌だ。
「ヴァァァァァァァ!」
ピシッという音が聞こえて、一筋のヒビが入った。そして、そのヒビがどんどん広がっていく。わたしはチャンスだと力を込めて壁を押していった。ガッシャーンという音を立てて、壁が砕け散っていく。わたしはバランスを崩しながらも、一生懸命、彗のもとへ向かっていった。すると、ふと体が軽くなって、彗の方へスーッと滑っていくような感覚がする────
ウチは幸せを感じていない。そっか、だから分からなかったんだ。自分の幸せは何かって。膝から崩れ落ちて、ウチの心がなにかに染まっていく。心の奥底にずっと潜んで、隠してきた何かに。でも、これでいいのかもしれない。そんなウチなんて、生きてる意味ないし、こんな世界なんて……
「ダメー!」
鼓膜が張り裂けそうなくらいに叫びながら、ウチの前に滑り込んでくる。そして両手を広げて、息を上げながらウチの前に立ちはだかった。
「彗、よく聞いてほしい。」
ウチのことを真っ直ぐ見つめて、澄が話しかけてくる。
「彗は、今まで逃げ出しそうなくらい辛くて、苦しいって思ってた出来事がたくさんあったと思う。でも、彗は戦う女の子が大好きで、負けず嫌いで、努力家で、わたしが迷ってたらいつも手を差し伸べてくれて、誰に何を言われても自分のやってることを曲げたり辞めたりしない。あなたはそんな人。わたしの大切な親友だし、わたしの憧れ。今は、幸せを感じてないかもしれない。けどさ、彗には夢ってないの?」
そう言って、澄はフリケティブの方へ向き直った。
「わたしの夢は、〝彗にもう一度クラリネットを吹いてもらうこと〟自分の吹きたいように吹いてる姿を見たい!」
そう言って、澄が剣を握りしめてフリケティブの方へ向かっていく。その姿を見て、胸がドキッとした。ウチは思わず胸を押さえる。澄がそんなことを思っていたなんて……。ウチは目から涙がこぼれそうになった。涙を拭いてから、ウチはその場でゆっくりと立ち上がる。
「そうだね。澄、ありがとう。少し、自分を見失いかけてたかも。」
ウチはフリケティブの方を真っ直ぐ向いた。いつの間にか、黒に染まっていた自分の服が桃色に戻ってる。
「ウチの夢は、〝もう一度マーチングをやること〟周りからの恐怖や不安から開放されること。もう一度、楽しくクラリネットを吹きたい!」
すると、突然胸のところにあるリボンが光り始めた。あまりの眩しさに、ウチは目をつぶる。目を薄く開けると、そこには銀色に光る1メートルくらいの細長い棒が現れていた。棒の周りには、クルクルと桃色の紐が巻かれて、先には丸い球のようなものがついている。
「これって、シグナルバトン!?」
バトンを持つと、急に力が湧いてきた。ウチは、澄の方を見てみる。すると、フリケティブをディソナンスの方へ追い詰めているのが見えた。
「澄、離れて!」
ウチはこう叫んで、バトンを構えた。
「響け!幸せを導く夢のハーモニー!」
桃色に光るバトンの先で、ウチはハートを描いていく。すると、ウチの描いたハートが膜に包まれた。ウチは、そのハートを突きながら、呪文を唱える。
「トラオム!エール・クオーレ!」
フリケティブが苦い顔をしながら素早く逃げる。そして、ディソナンスは攻撃を受けて弾けるように消えていった。
変身したままのみんなが、ウチのところに駆け寄ってくる。
「さっきの、すごいかっこよかった!」
霞が興奮して、手を叩きながら話しかけてくる。ウチは、それを見てぷぷぷと笑った。
「でも、それってあんまり見たことないけど……。」
澄がバトンを指差しながら首を傾げている。ウチはみんなに説明することにした。マーチングをやってない人はなかなか見る機会がないもんね。
「これは、シグナルバトンっていうの。吹奏楽でいう指揮棒みたいな役割をするもの。」
みんなが興味津々にウチのバトンを見ている。ウチはゆっくりとそのバトンを握りしめた。
これは、ウチの夢の結晶
まだ分からない、自分の幸せに導くもの
~Seguito~
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