そんなこともできるんですね

 部活が終わって着替えを済ませ、外に出てくると片倉さんが武道棟の入口に立っていた。

「兄がさ、一緒に帰るから待ってろって」

 溜息をつきながら言う。

「あの事件のこと知ってから、当面一人じゃ出歩くなって。まだ犯人捕まっていないし気持ちは分かるんだけどね。あ、そうだ。この間頼まれていた本、3冊用意してみたから読んでみて」

「ああ、もう選んでくれたんだ。忙しいのに悪い」

「頼まれたからね」

「試験前なのに、なんか申し訳ない」

「試験勉強してるとついつい現実逃避で読んじゃうから同じかな。感想は期末試験後でいいから聞かせてね」

「そうするよ」

「もうすぐ、兄が出てくると思うんだけど、駅まで一緒に帰る?」

 ぶんぶん力いっぱい首を横に振る。

「せっかくだけどやめておくよ。心臓に悪い。それじゃありがと」

「じゃあね」


 部活の練習は期末試験のため今週末で一旦お休みになる。休みの前に木村主将に合宿に参加することを伝えた。合宿は8月の第1週に3泊4日で長野に行くらしい。合宿までに射場に立てるように試験休み中も部活に参加するようにと言われた。


 1週間の試験期間が終わる。試験前日に詰め込んだおかげで出来は悪くなかったはずだ。その分ゲームをやる時間がまったくとれず、土日はゲーム三昧で過ごす。俺がログインしてない間に大型アップデートが行われ、副職システムが追加されていた。副職システムとは早い話が2つ目の職業が選択でき、その恩恵がメインの職業の半分程度加算されるものだ。後衛職の体力の伸びが悪すぎて、高レベル向けのコンテンツでは瞬殺されることに対して不満が出ていたのを解消するためのものらしい。

<こんばんは。ヨッシーさん何取ったんですか?>

<久しぶりだな。俺は斧闘士にした>

<また、随分とマニアックですね。壁職の重ね掛けですか>

<まあな。おかげで体力すげーことになってる>

<魔法とか回復取るとは思わなかったですけど、本当に筋肉もりもりですね>

<ああ、これで大抵の相手ならしばらく回復なしで耐えられそうだぞ。で、sbkさんはどうするんだ?>

<支援魔法使える聖戦士か回復できる神官戦士あたりかと思ってます。まあ、攻撃力高い聖戦士ですかね>


 2日間は副職の育成の出遅れを取り戻すために”ヨッシー”さん達と育成に励んだ。そして、明日以降は部活なので夜メインになることを告げる。ログインしっぱなしにしておけば、一緒に連れ回して育成しておくというので、”ヨッシー”さんにお願いする。そして、寝る支度を始めたときに何かを忘れていたことに気づく。そうだ、本を借りていたんだっけ。まずい。非常にまずい。幸いまだ22時台だ。とりあえず1冊だけ読んで寝よう。


 試験休みの部活は午前・午後の長丁場で、普段の日の2倍以上の練習時間が取れる。熱心に通ったおかげで金曜日には射場に立つお許しが出た。それは良かったのだが、片倉さんと話をする時間がなかなか取れないのには参った。練習中に話をする時間がないわけではないが、部活のこと以外を話せる雰囲気ではない。

 お昼は女子と男子で自然と別れて食べるのでやはり無理。では、帰りはというとボディガードが来るまでの間のわずかな時間しか話せない。ということで、ほとんど話ができないまま、あまり長く借りているのも悪いので、借りていた本は返すことになった。

 

 いつもの妹のスイミングの帰りの道すがら志穂が聞いてくる。

「お兄ちゃん部活の調子はどうなの?」

「来週からは的に向かって弓を引いていいってさ」

「ふーん。良く分かんないけどうまくはなってるんだ」

「そうみたいだな」

「それでさ、うまくいってるの?」

「だから上達はしてるみたいだよ」

「そうじゃなくて、片倉さんとは」

「別に」

「あーもう、お兄ちゃん。折角いっしょのクラブ入ったんでしょ」

「え、なんで同じ部活って知ってるんだ?」

「何言ってんの。この間3人でお昼食べたとき、片倉さんが弓道部だって言ってたもん」

 あれ?そんな話がでてたのか。しかし、金曜日のお迎えが段々精神的にきつくなってきたな。尋問受けてるみたいだ。


「この間、部活の道具買いに行った時も、一緒だったんでしょ?」

「なんでだよ」

「新しい服着ていそいそ出かけていくんだから分かるに決まってんじゃない。帰って来てもぼーっとしてるしさ」

「志穂。お前さ、探偵になったらいいんじゃないか」

「えー、お兄ちゃん何それ。話そらさないでよ」

「いや、別にそらすつもりはないんだけど」

「とにかく、もうすぐ夏休みだよ。早くしないといい人できちゃっても知らないからね」

「はいはい、分かりました」


「うん、そりゃ、お前が悪い」

「えー、ヨッシーさんまでそんなこと言うの?」

「だって、お前。前回一緒に出かけてからもう2週間だろ」

「部活の道具買いに行っただけじゃん」

「いや、話を聞く限り、昼飯食べて買い物して、相手の行きたいとこ行ってお茶して帰ったんだろ。まんまデートじゃねえか」

「いや、でも……」

「くう。おりゃー情けないよ」


 顔をしかめて”ヨッシー”さんがいう。思わず声がでかくなり、

「だったら、どうすりゃ良かったんだよ。今週はずっと部活……」

 その時、部屋のドアをノックする音がしたと思ったら、母親が部屋の中に首を突っ込んできた。まったくノックしたら返事をするまで待てよ。プライバシーの侵害じゃねーか。というか、部屋で大きな声で一人でしゃべってるの見られちゃったかも。すると、

「あら、電話中だったのごめんなさい」

 と言って、母親は部屋を出て行った。


 ふう、危ねえ、危ねえ。頭がおかしくなったかと思われるところだった。ん?電話中?スマートフォンはデスクに置いてあるのに?

「あんまり大きな声出すなよ」

 やれやれと言った表情で”ヨッシー”さんが言う。

「とっさに俺が対応したから良かったものの、お前のお袋さんが心配するとこだぞ。子供が壁に向かって一人で話してるって」

 そういうことか、俺が電話しているように見せかけてくれたんだ。


「すいません」

「ああ、今後気をつけろよ」

「ヨッシーさん。母さんには別の映像見せたってことだよね?」

「まあな。お前が片手で電話持って、もう片方の手で電話を指さして怒った顔を見せた」

「すごいな。そんなことできるんだ」

「いや、目で見ている映像の一部を上書きするだけだからそれほど難しくない。部屋の様子とかは見てるそのまんまだからな。仮想現実というよりは拡張現実って感じだな」

「そうなんだ。これって一度に何人に別々のもの見せられるの?」

「別々の映像を2人以上に見せるのはきついな。同じものなら複数人にも見せられるが。さっきもお袋さんに気を取られている間は俺の姿は消えていたんだぜ」

「気が付かなかった。それじゃさ、何でも見せることができるの?」

「そうだな。見せたい相手が見たことない物は厳しいな。組み合わせたり、加工したりならできるけどな。そうだな、ちょっとやってみるか。大きな声出すなよ」


 ”ヨッシー”さんの顔が崩れ、眼窩から目が落ち、ところどころ皮膚の下の赤い肉がむき出しになる。うわっ、気持ち悪い。と思ったら、元の姿になった。

「お前の中のゾンビのイメージを俺の顔に投影することで、俺がゾンビ化したように見せることができる。だが、ゾンビを知らない相手にいまのような映像を見せるのは難しいんだ」

「なるほどね」

「まあ、相手の心理状態や体調によっても条件は変わってくるんだけどね。つーか、何の話をしてたんだっけ。ああ、お袋さんの邪魔が入ったのか。また入ると面倒だから用件聞いて来いよ」


 

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