私は劉備?!
「おタバコはお吸いになりますか?」
「禁煙で」
席に案内され、メニューに目を通す。俺は季節のマンゴーパフェ、片倉さんはレギュラーメニューのチョコパフェを注文する。
「私たちって成人に見えるのかな?」
「たばこ?どうかな。単にマニュアル接客なんじゃない」
「そうだよね。ちょっと驚いちゃった」
間を持たせるどーでもいいような話をする。
「さっきはみっともないところ見せちゃった」
みっともなくはないですが、びっくりしました。急に腕に抱きつかれたら驚きます。でも聞きたいのはそういうことじゃないですよね。
「別に、それほどでも。実際失礼なおじさんだったしね。俺だって自分の好きなもの貶されたら頭にくるよ」
「そうなんだけどさ」
「で、片倉さんはそれが不快だということとやめるように言っただけじゃない。何も問題あるとは思えないけど」
「問題と言うか……。普通さ、本屋で赤の他人に親しげに声をかけてくるなんてないでしょう。なんか私って隙があるのかな」
「違うんじゃない。あのおじさん、たぶんあそこに巣くってるエロ蜘蛛おじさんなんだよ。若い子がくると声かけまくってるんだと思う」
「なんでそう思うの?」
「スケベそうな顔してた」
「外見で人を判断するのは良くないよ」
「いやいや、あれぐらいの年になると人生が顔に出るんだって。昔なんとかって偉い人が言っていたという話を聞いたことがある」
「なんかいい加減」
「まあね。でもさ世の中には色んな人がいるわけで、中には変な人もいるんじゃない?まともに取り合っても疲れるだけでしょ」
「そうね」
ちょうど注文した品が運ばれてくる。早速スプーンを手に取りてっぺんのシャーベットを一口すくう。マンゴーのねっとりとした甘さに脳がしびれそうだ。ふう、思わず吐息が漏れる。それを見て片倉さんが噴き出す。
「ちょっと大げさじゃない」
そう言いながら自分もスプーンでチョコアイスを食べる。
「んー、でもそうでもないかも」
「でしょ。今日は結構湿度があるしさ。こういう日にはぴったりだと思う」
数口食べ進むうちに、片倉さんに残っていた刺々しさの欠片も消えていく。ビバ・スイーツ。まあ取りすぎは良くないがたまにはいいだろう。
「でさ、榊原くんは何か面白そうな本見つかった?」
「あまりなかったかな」
「歴史小説が好きなの?」
「というわけでもない。いわゆる男の子が好きそうな児童文学から入って、割と手あたり次第に読んでる感じ」
「三国志とか?」
「うん」
「兄も読んでた。バトルが好きな男の子向けって感じだよね」
「だね。義に厚く武芸に長けた関羽とか憧れたなあ」
「私は劉備に肩入れして読んだよ」
「やっぱり主人公だから?」
「というか、私劉備だったから」
片倉さんてそういう系?私は前世が分かるのってか?固まった俺を見て、慌てて話を続ける。
「あのね。兄が三国志にはまっちゃってさ。うちの家の庭に桃の木があるんだけど、桃園の誓いごっこやるって言いだして。でね、兄が5年生の時に満開の時期に両親に頼んでテーブル出して、ごちそう並べて。詩織、お前は劉備だって言われて。同年同月同日に生まれざるとも、同年同月同日に死なん、って兄と唱和したの。ちょっとおかしいでしょ?」
「いや、それうらやましい。俺もやって見たかったな。それで、張飛はどうしたの?」
「フェイにやらせたの。うちで飼ってるゴールデン・レトリバー。ちゃんと唱和するときにワンってやったわよ。私はそのときはなんだか良く分からなくて、ちょっと変わったピクニック気分だったんだけど、もうちょっと大きくなって本で読んで、ああこれの事だったのかと分かって」
「なるほどね。それで劉備なわけだ」
「そう。だから私の三国志は劉備が亡くなっておしまい。仮に関羽と張飛の復讐ができたとしても劉備はそれ以上生きられなかったと思うの。物語としてはそれで良いんじゃないかなって。一つ間違えるとアレだけど、こういう生き様・死に様ってステキだと思わない?」
俺は深く頷く。こういう関係を築いて何十年も維持できるってとても幸せだと思う。
帰りの電車に乗る。下りの電車はそこそこの人が乗車しており座れない。吊革につかまりながら小声で話をしていると片倉さんの最寄り駅が近づいてくる。
「んー。今日は楽しかった。色んな本の話ができたし。桃ちゃんとは違うジャンルの話もできたしね」
「桃ちゃん?」
「うちのクラスの相沢桃子さん。読む本の趣味があってさ、良くお話してるんだ。前に榊原くんにゴミ置き場の前で話しかけられたとき一緒にいた子。覚えてない?」
「ああ、割と大人しそうな感じの?」
「そうそう。色んなことも良く知っているんだよ。榊原くんとも話が合うんじゃないかな。あ、次の駅だね。今日はありがとね」
「いや、それはこっちのせりふ。道具選び手伝ってもらって助かったよ。矢は月曜日に道場に持ってくのでいい?」
「じゃあ、お願いしていい?むき出しで持ち歩くのも変だから」
「うん」
電車が駅に止まる。ホームに降りた片倉さんは電車が動き出すまで立っていて、手を振ってくれた。じゃあね。口の動きがそう告げる。
家に帰るともう17時だった。片倉さんと一緒だった時間はあっと言う間に感じられたけど5時間以上一緒にいたことになる。これが相対性理論てやつか。夕飯のときに母親が聞く。
「今日は道具買いにいっただけにしては随分遅かったわね」
「ちょっと本屋によってきた」
「荷物をもったまま?」
「ああ、ちょっと英語の参考書を見てた。あ、そうだ。おつり返してなかった。ごちそうさま」
母親の質問が煩わしく、お釣りとレシートを置き、慌ただしく席を立つ。志穂は口をムズムズさせていたが一応黙っていた。余計なこと言ったら許さんからな。風呂からあがるとリビングのテレビでニュースをやっている。……10代と見られる若い女性の遺体が発見されました。警察では身元の確認を急ぐとともに……。ドキンとする。慌てて自室に行き、スマートフォンを握りしめ、電話をかける。
「もしもし榊原くん?」
ああ、良かった。矢も楯もたまらず電話したが、若い女性なんて何万人もいるのに俺は何をしているんだろうと思うと急に恥ずかしくなった。
「こ、こんばんは」
「今日は楽しかったね。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
「どうしたの?」
えーと、えーと。何かいい口実を考えないと。
「あのさ。なんか片倉さんの話聞いていたらクリスティ読みたくなって、今度お勧めの貸してもらってもいいかな?」
「うん。じゃあ月曜日何冊かマイベスト持ってくよ」
「ありがとう。楽しみにしてる。それじゃ」
「じゃーね」
絶対不審に思っただろうな。わざわざ電話する話じゃないし。うわ、恥ずかしい。
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