二人でお買い物

 少し話はさかのぼるが、俺は弓道部に入って1週間弱ゴム弓で練習をさせられた。すぐに使わなくなるということで片倉さんのお下がりだ。2,000円程度とはいえ節約できるのはありがたいし、まあ、なんだ、片倉さんの頬が触れたと思うと練習にも励みがでるというものじゃないか。服はジャージで練習していたが、いよいよ、本格的に練習をするというので、道着その他を買いに行くことになった。


 中学3年間を帰宅部で通したことをやいのやいの言っていた母親は、部活をするというと諸手を挙げて賛成し、必要な費用を渡してくれたので費用の面は問題ない。弓具店の場所も父親が好きで何度か連れていかれた老舗蕎麦屋の近くであることが分かった。ちなみに父親は昨年から海外赴任で外国に行っていて家にはいない。買いそろえるもののリストも渡され、具体の品はお店の人に相談すればいいということだった。


「では、週末に買いに行ってきます」

 そう言った日の帰り道、片倉さんが声をかける。

「あのさ。榊原くんと一緒に行ってもいいかな。この間1本矢筈に当てちゃって壊しちゃったんだ。いい機会だから買い足しておこうと思って」

 内心、一抹の不安を抱えていた俺にとっては渡りに船。気を遣ってくれているのがものすごくうれしい。

「いいの?先輩のアドバイスがもらえるなんて助かります」

「うん。ついでだし。先輩に任せておきなさい。たった3カ月だけど」

 そう言って、胸を叩く真似をして笑う。

「今日は急いで帰るんだよね。後で連絡するね」

「それじゃ」


 自転車をぶっ飛ばし、駅前のスポーツセンターに急ぐ。駐輪場に自転車を止め時計を見ると志穂が出てくるまでには、まだちょっと余裕があった。CHAINで片倉さんにメッセージを送る。

<明日時間は何時がいいですか?>

<11時以降になっちゃうけどいい?朝はちょっと勉強しておきたいの>

<期末テスト対策?>

<うん>

<なんか勉強の邪魔をするのは悪いなあ>

<朝の時間に集中してやるから大丈夫。気分転換にもなるし気にしないで>

<それじゃ、よろしく>

<じゃあ、明日>

 ここまでやり取りしていると志穂の声がした。


「お兄ちゃんお待たせ」

「ああ。それじゃ帰るか」

「本当にもういいのに」

「まあ、いいじゃないか。ちょっと自転車見てて」

 近くのコンビニエンスストアに入り、アイスを2本買ってくる。妹を黙らすにはこれが一番。

「ありがとう」

 少々行儀が悪いがアイスを食べながら家路につく。妹が何と言おうが、スイミングスクールの帰り道の付き添いはできる限りやっている。何かあったときに悔やまないようにという自分の為の行為かもしれない。ただ、志穂が来るな、というまでは続けようと思う。


 俺の家の最寄り駅から2つ都心よりの駅に向かう。今日の待ち合わせ場所だ。改札のところで待っていると片倉さんがやってくる。今日は白のフリルブラウスに濃紺の腰高ロングスカートだ。スラリとして姿勢の良い彼女に良く似合っている。ズキューン。心臓撃ち抜かれて即死です、はい。


「お待たせ」

「俺も今さっき来たところ」

 階段を上り下りし、ホームに向かう。さりげなく常に片倉さんの下側になるようにエスコート。しかし、これじゃあお嬢様と下僕だよなと自分の服を見て思う。志穂にダサいとこき下ろされて、先週買いに行った服は、以前と比べれば子供っぽさはないと思うが、相手がこれじゃあなあ……。


 電車に乗り込むとあまり混んでおらず、2人並んで座れる。さて、ここからが問題だ。ずっと黙っているというのも変だし、何か当たり障りのない軽めの話題を振らないといけないが、一体何を話せばいいんだろう。困っていると片倉さんから話を切り出してくれた。


「先週さ、ホームズ読むって言ってたじゃない。どの話が一番好き?」

 話題ができたことにほっとするが、これはこれで難問だ。あまり有名な話を選んでも底が浅いと思われるし、知ったかぶりをしてもバレたら恥をかくだけだしな。

「うーんと、そうだなあ。3人ガリデブかな?」

「どうして?」

「あの話ってワトソンが怪我をしてホームズが気遣うシーンがあるじゃない。冷淡なホームズが唯一熱くなるところがね」

「そっか~。榊原くんの感動ポイントはそこかあ。確かにいいシーンだよね」

 うんうんとうなずいている。


「推理ものとしては、他の話でも使っているプロットの使い回しの話だけど……」

 そこから片倉さんの話が止まらなくなった。同系統の話は何か知ってるかという質問から始まり、キャラクター造形が巧みだとか、最初期の推理小説なのにトリックの種類が豊富だとか、次から次へと話が出てくる。好きなものを語る片倉さんの目はキラキラ輝いている。俺は楽しく拝聴した。


 途中、新宿駅から多くの人が乗ってきた。目の前に立った女性のバッグに目を止め、片倉さんがアラといった表情をして話をやめる。ピンク色の丸いタグがバッグについていた。腰を浮かしかけた片倉さんを止め、代わりに席を立って譲る。正面から片倉さんを見下ろす形になり、これはこれで素晴らしい。横に座ってると全身見れないからね。


 目的地の駅で降りる。

「片倉さん、お昼は食べてきた?」

「ううん。まだ。そうだね。先にお昼にしようか。何か食べたいものある?」

「えーと、おそばは平気?」

「アレルギー?大丈夫だよ」

「でもなあ」

「なーに?」

「洋服白いじゃない。汚したら悪いなと思って」

「こぼさなきゃ大丈夫だし」

「この間の定食屋さんほどの衝撃はないよ」

「それでも榊原くんのお勧めなんでしょう?」

「何度か来たことがあるだけ。まあ、おいしいとは思うけど」

「じゃ、そこに決定!」

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