三十六計逃げるにしかず

 なんか釈然としないが、話が進まないのはその通りだ。今日あったことを説明する。あごを手に考えていた”ヨッシー”さんが言う。

「で、どうしたい?」

「それが良く分からないんだ。ただ、情けなくて、悔しくて。なんとかしなくちゃいけないと思うんだけど、どうしたらいいか分からないよ。ヨッシーさんはどう思う?あ、最上さんて呼んだ方がいい?」

「ヨッシーでOK。そうだな、不甲斐ない兄をもったがために苦しむ妹をなんとかしたい、と。そういうことでいいかな?」

 不甲斐ないか。その通りだけど容赦がないな。


「まず、そこが間違いだな」

「間違いって?」

「sbkさん、この間の俺の話、ちゃんと理解してる?いまのsbkさんの状況についてはsbkさんの責任はないってこの間話したよね」

「でも」

「大人の理不尽な仕打ちに苦しめられてるだけで、sbkさんは被害者でしょ。まだ生まれて10年ちょっとのヒヨッコが何十年も生きてる大人に敵わなくったって、別に恥ずかしいことでもなんでもない」


「だけど、僕がもうちょっとしっかりしていれば……」

「どうもならないよ。経験値が違いすぎるし、相手の土俵で勝負してるんだからさ。相手の方が立場が強いのに、それにしばらくは耐えたわけだろ」

「そうだけど、最後は耐えきれなかったんだし」

「当然じゃない。勝ち目がないのに正面からぶつかって玉砕したってただのアホ。逃げれるときは逃げればいいんだよ」

「武士が逃げていいなんて、なんかちょっとイメージが違うかも」

「そりゃな、死ぬことで別のものを生かすことはあるし、その時は潔く死ねばいい。でも、sbkさんの場合、逃げなかったとしても何も得るものはないね。ちっぽけなプライドを守って死んで誰が喜ぶ?」

 厳しい顔で僕の顔を見つめる”ヨッシー”さんの言葉を胸で反芻する。


 そして、”ヨッシー”さんの顔がフッとほころぶ。

「でも、それが分からんから、子供なんだよな。ここは人生の大先輩の言葉を素直に聞いておけ。それよりも妹さんだ。大事な妹をどう守るか、そっちの方が大切だ」

「そうだね」

「よし、いいぞ。だいぶまともな顔つきになった。それで、どうするかだが……」


「なんかいい考えある?」

「ここから逃げるんだな」

「逃げる?」

「そう、引っ越しするんだよ。今までだって、多かったんだろ。あと1回ぐらい増えたってたいしたことないじゃないか」

「それはそうだけど」

「自分たちは悪くないのに悔しいってか?」

「うん」

「じゃあ、他に方法あるか?一旦できあがった環境を穏便な方法で覆すのは難しいぞ。この時代じゃ、その妹さんに嫌がらせをする相手を実力で排除するわけにもいかないだろうしな」

「実力で排除って?」

「この世からオサラバしてもらうってことだよ。どうしてもっていうなら協力してやらんでもないが」

「え?そんなことができるの?」


「手間はかかるけどできなくはない」

「さすがにそれはやりすぎだと思う」

「そうか。じゃ、あきらめろ。他人を変えるのは難しい。だから、自分を変えるしかないな。この場合は環境を変えるのが一番だ。妹さんは来年から小学校か?」

「うん、そうだけど」

「で、sbkさんも来年から中学校だろ。だったらタイミングとしてばっちりだ。人間関係リセットするいい時期だ。なんつーかさ、この土地はsbkさん達に合わなかったんだよ。生まれてずっと育った場所でもないんだろ?そこにこだわることはない」


「でも、どうやって?」

「んなもん、両親に泣きつけ。あんな連中とはもう一緒にいたくないってな」

「そんなんで聞いてもらえるかな?」

「聞いてもらえるまで何でもやりゃいいだろ。それで、妹を守れるんだ。安いもんだろ」

 じっくりと言われたことを考える。そうだ。たぶん”ヨッシー”さんの言うことは正しいのだろう。


「分かったよ。やってみる。どうもありがとう」

「お役に立てたなら光栄だ。sbkさんがうまくいくように応援してるぞ」

「うん。そうだ、さんづけはやめてよ。なんかすごく年上の人に言われるとムズムズする」

「まあ、いいじゃないか。親しき中にも礼儀ありだ。じゃ、俺帰るわ」

 すーっと姿が薄くなる。何だか夢みたいだ。しばらくぼーっとしているとメッセージが届く。


<ヨッシー:吉報を期待してる。大丈夫、sbkさんならできるって>

<sbk:ありがとう。頑張ってみるよ>

 気づくともう24時近くだ。リビングでは何やら話し声が聞こえる。どうやら父さんが帰っているらしい。よし、善は急げだ。というか、この勢いで話をしないとずっと話をできない気がする。パソコンの電源を切り、自室を出てリビングに向かった。


 両親はなにかのノートを見ながらテーブルで話をしているところだった。母さんが俺に気づき、ノートを閉じながら言う。

「あら、まだ起きてたの?」

「ああ。ちょっと大事な話がある」

 声が強張る。父さんと母さんが顔を見合わせる。


「もう、ここには住みたくない。ここは僕たちには合わないよ。どこでもいい、どこか他の場所に引っ越ししたい」

 沈黙がおりる。しばらくして、父さんが僕の方を向き、口を開く。

「そうか、分かった」

 え?耳にしたことが信じられない。父さんとの口論を予測して身構えていた僕は拍子抜けした。


「近いうちに引っ越しをする。準備をしておきなさい。ただ、今日はもう遅い。詳しい話はまた今度にしよう。もう寝なさい」

 そう言って、父さんは僕に背を向けた。母さんも言う。

「聞いたでしょ。今日は、もうお休みなさい」

 期待していた通りの答えをもらって満足すべきなのだろうが、あまりの急展開に理解がついていかない。今日は驚くことばかりだ。母さんの目線に促されて、ゆっくりと自室に戻る。期待と不安の入り混じった気持ちを抱えながら眠りについた。




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