どうして僕は……
そして、夏休みが終わろうとする頃、母親がおずおずと切り出した。
「あのね。啓太。田代先生2学期から別の学校に移るんですって。新しい担任の先生になるみたいなんだけど、学校へ行ってみない?」
いずれは学校にまたいかなくちゃいけない、いつまでも休んでいるわけにはいかない、とはぼんやりと思っていたものの、俺の窮地をうれしそうに見ていたあの顔を思い出すと胸の動悸が速くなり、汗が浮かんできてどうしようもなかった。その田代先生に会わないで済むと思うと正直ほっとした。そうか、いなくなったんだ。なら、もう大丈夫かもしれない。しばらくして返事をする。
「それじゃあ、頑張ってみるよ」
「あら、そう。無理はしなくていいのよ」
そう言った母親だが、あきらかにほっとしている。そして、そのことを聞いたのだろう、志穂が来て言った。
「お兄ちゃん、学校行くならしょーがないね。お迎えはお母さんでいい。志穂ね。お家で待ってるから、帰ったら遊んでね」
9月1日に登校すると、職員室に連れていかれた。そこでは、校長と副校長、見知らぬ若い男の先生が待っていた。3人とも笑みを浮かべている。
「榊原くん、新しい担任の松木先生だ」
「よろしくな。榊原くん。なにか困ったことがあれば私にすぐ言いなさい。それじゃ、教室に行こうか」
教室にはいると意外なことに拍手が起こる。
「榊原くんが、また学校に来てくれるようになった。みんな仲良くな」
うつむいていた顔を上げた俺は、クラスメートの顔を見る。その顔は無言でこう言っていた。
「お前なんかもう学校に来なければいいのに」
松木先生を振り仰ぐ。その顔の笑顔は本物ではなかった。作り物の笑い。本当の感情、それが何かまでは分からなかったが、それを隠すための笑顔だということは分かった。今思えば、あれは媚びと僅かの恐怖だったのだろう。クラスメートはその点ある意味正直だった。仕方ないから、そうしろと言われたから、やらないと怒られるから、お前の相手はしてやるよ。
不登校の時期の授業内容は、放課後に補修が組まれ、間もなく追いつくことができた。学習面でついていけないということはなかったが、クラスのなかで浮いている感じはささくれのように俺の心に痛みを与えた。7月に行った日光の移動教室の話が休み時間に出ても当然その輪に俺は入れない。その姿を見た松木先生は、学校で移動教室の話をすることを禁止した。そのせいで、教室に白けた雰囲気がますます広がる。先生に別に気にしていないと言っても相手にされなかった。
「無理はしなくていい。仲間外れにするようなことは良くないからね」
クラスのほとんどはよそよそしいだけだったが、田中美里だけは俺に対するつっけんどんな態度を隠そうともしなかった。いつも俺のことを睨みつけ、その眼には憎しみがこもっていた。
綱渡りのような学校生活は2カ月続いた。楽しくはなかったがなんとか我慢できる。家に帰れば、志穂が飛びついてきたし、夜になれば、”ヨッシー”さん達と楽しく遊ぶことができたからだ。朝晩は冷えこむようになったそんなある日のこと、ログインするとギルドチャットは盛大な言い争いの真っ最中だった。
<だからさ、あのうざいPK野郎ども、うちの数名追放したらもう手を出してこないって言ってんだよ>
<いや、そんなの口だけだろ>
<分かんねーよ。だいたい、あんな微妙な戦力追い出したって、たいして問題ないだろ>
<いや、問題あるね。そもそも粘着してるのが居るってのは伝えてたと思うけど>
<まさかあんなにしつこいとは思わねーよ>
”ヨッシー”さんと最近加入した重課金者の”マックス”さんだ。かなり強いがその分鼻息も荒い。
<マックスさんなら、戦力的にそんなに脅威でもないよね>
<ソロで油断してたらやられたよ>
<ああ、それはドンマイ>
”ないとめあ”グループがちょっかいを出してきて被害を受けた”マックス”さんがキレてるのか。とりあえず挨拶する。
<こんばんは>
<sbkさん、こんばんは~>
<sbkさんよ、ないとめあ達と揉めてるのはあんたが原因らしいじゃん。そのせいで俺が被害受けてんだけど>
ちょうどいいところに来たとばかり、”マックス”さんに怒りをぶつけられ、思わず謝る。
<すみません>
<すみませんじゃねーよ。あんたがいなくなれば丸く収まるんだからさ。ここから出ていきなよ>
そんな……。僕が何をしたと言うんだ。
<黙ってないで、なんか言えよ>
そこに”ヨッシー”さんが割り込む。
<分かった。マックスさんの主張はsbkさん他のメンバーを追放しろってことでいいかな?>
<ああ、なんだ。分かってるんじゃねーか>
<じゃ、その答えはノーだ>
<なんだと>
<マックスさん、八つ当たりはやめなよ。いい大人がみっともない。悪いけど、このギルドの方針と合わないようなので他所に行くことを勧めるよ>
<本気で言ってんのか?俺の方が圧倒的に強いんだぞ>
<本気も本気。確かにマックスさんは強いよ。でも、そーいうやり方は好きじゃないんだ。楽しくない>
<ゲームは遊びじゃねーんだ。そんなんじゃ勝てねーぞ>
<ゲームは遊びだよ。だから、真剣に遊ぶ。でも、楽しくなくちゃね。別にマックスさんのやり方を否定するつもりはないんだ。ただ、考え方が違うだけ。だからマックスさんと同じ考えのところに行った方がお互い幸せだと思う>
<後悔してもしらねーぞ>
<うん。それじゃ、自発的に抜けてもらっていいかな。今までありがとね>
呆然とする僕の前で話は終わった。チャットウインドウが点滅する。指名チャットだ。
<ちょっといいかな。いつものチャットルームに来てほしい。ここじゃ長文打てないから>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます