アカウント乗っ取り

<これはアカウント乗っ取られたんだろうな>

 ”ヨッシー”さんが言う。

<え?乗っ取り?>

<そう、例のPKパーティの誰かにさ>

 襲撃を受けたのだし、あの連中が1枚かんでいるのは分かる。


<乗っ取りって、そう簡単にできるものなの?>

<場合によっちゃあな。ほれ、先週、誕生日だー、とか叫んでたろ>

<ありましたね>

<これは想像なんだがな。ちょっと長くなるぞ>


 ”ヨッシー”さんが説明する。

<このゲームは、運営会社でゲーム専用のアカウントを作成してもいいが、短文投稿アプリGuessWhat’sのアカウントをそのまま使ってプレイできる。そして、GuessWhat’sで”LOC”を含んだ短文投稿をするとプレゼントもらえる企画があったよな。なので、検索をかければ、LOCをプレイしているアカウントのリストはすぐ作成できる>


<一方、パスワードなんだが、生年月日だったんだろうな。パスワードって8桁以上という条件のことが多いから、生年月日を使う人はかなりの数でいる。仮にプレイヤーのリストが千人分だったとしても、組み合わせるパスワードは1通りで、たいした手間じゃない。順に試していって、ビンゴとなれば、そのアカウントでプレイ可能だ。あとは好き放題さ>


<本物の”騎士クラウド”さんどうなっちゃうんだろう?>

<もうどうしようもないだろうね。パスワードも変更されているだろうし、もう本物の”騎士クラウド”さんはログオンすらできないだろう>

<乗っ取られたことをゲーム会社に言ってもダメなの?>

<無理。どっちが本物かの証明なんて簡単じゃない。仮に取り戻せてもその頃には装備も売り払われてズタボロの状態にされてるはずさ>

<ひどい>


<まあな。ただ、”騎士クラウド”さんも身から出た錆な面はある。自分で余計な個人情報をばらまいたんだし、安直なパスワードを使っていたんだからな。自分から困難に飛び込んでるようなもんだ>

<でも、悪いのは乗っ取った犯人でしょ>

<そう。誰が悪いかでいえばそいつだ。でも、きちんとしていれば守れる自分をわざわざ危険にさらすようなまねをするのは褒められたことじゃない>

<でも>

<自らまいた種は自ら刈り取るしかない。あまり同情はできないな。だいたい、そのせいでsbkさんも巻き込んでるわけだろ>

<そうだけど>


<お人よしだなあ。しかし、手の込んだことをする割りにPK連中も存外頭が良くないな>

<そうかな。でもこんなことを思いつくんだよ>

<だってさ、”騎士クラウド”さんとsbkさんがパーティ組んだ状態で襲えば、sbkさんきっと最後まで逃げなかっただろ?>

<な、小賢しいくせに分かっちゃいないのさ。まあ、それよりもだな、今後の心配しようぜ>

<どういうこと?>

<あの連中、わざわざsbkさんを待ち伏せしたんだろ。完全に逆恨みされてるぞ。今後も狙われるかもしれないな>

 なんかメンドクサイのに絡まれちゃったなあ。ていうか、その原因の一端を作ったのは……。


<よし。もうこうなったら、俺のギルドに来い。どーせ狙われてるなら一緒だ>

<え?>

<だって、前のギルド追い出されたんだろ。ギルド加入の特典無いときついんじゃないか?>


 確かにギルドに入っているとキャラクターの数値が強化されたり、アイテムの購入価格が割引されたり、死亡時の復活待機時間が短縮されたりするなど様々な特典がある。しかも、ギルドにはいくつかの施設があり、その施設への投資が大きくなればなるほど、恩恵の割合も大きくなる。中堅どころとはいえ、数カ月育ててきたギルドが無くなった挙句、一から作るとなるとその手間は大変だ。画面にはギルド”ほげほげ”があなたを招待していますのメッセージ。


<ほげほげ?>

<そうそう、そいつだ>

 OKを押して、ギルド情報を見て驚いた。前のギルドと遜色ないどころか、大手並みに整っている。これだけ充実していればギルド一覧で上位に表示されてもおかしくない。

<すごい。これだけそろってるところがあったんですね>

<今まで見たことなくて不思議か?>

<そうですね。ヨッシーさん自体も今まで知らなかったし>

<ああ、アルファから移ってきたからな。ギルドは募集停止してたし>


 そうか。このサーバーは4つ目のデルタ。開設時期はほぼ同じとはいえ、最初にできたところからの移籍者なのか。道理で知らないはずだ。

<ヨッシーさん、他の人も誘っていいですか>

<ああ、前のところ追い出された人で行く当てがない人呼んでも構わないよ>


 ログインして呆然とする旧ギルドメンバーに声をかけるとほぼ全員が”ほげほげ”に加入した。名前はどうかと思うけど、他の大手と違い、長時間の拘束や課金額の縛りがない。その割にはそれなりの恩恵を受けられるというので、その後の加入希望者も多く、あっという間にトップ3ギルドの一角を占めていた。


 こんな感じで、”ヨッシー”さんとは、かなりの時間を一緒にゲームをすることになり、週1回のメンテナンス中は誘われてチャットルームでしゃべるようになった。そうこうするうちに、22時になると”ヨッシー”さんがオートで放置するのに合わせて、自分も一緒にオートにして寝るようになる。それまでは日をまたいで深夜というか、早朝まで遊んでいたのだが、”ヨッシー”さんがいないと、なんとなくつまらなくなってやめてしまうのだった。

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